生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第555話 沈黙の意味

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 ダンジョン最深部の一歩手前、玉座の間。
 正式な名前は知らないが、玉座が置かれているからという理由なだけで、勝手にそう呼んでいるだけの部屋。
 天を突くような石柱が規則正しく並び立ち、玉座へと続く真紅のカーペットは薄暗さも相まって、鮮血を塗り広げたようにも見える。
 案内役のゴブリンを先頭に、そこへと入って来たのはスタッグ王国の第4王女リリー。
 その格好は前回同様、小さな騎士を思わせる出で立ち。
 王女専用だろうハーフプレートの鎧は武骨とは真逆。実用性よりもデザイン性を重視した作りで、リリーでも扱える重量を意識しているからか、純粋な防御力は心もとない。
 そもそもリリーは騎士ではなく魔術師だ。恐らく、それでの戦闘は想定されていない。あくまで祭事や公の場に出る為の装備と見て、間違いはないだろう。

「話に聞いてはいましたが、これほどまでに広い空間だったとは……」

 魔法学院の試験で1度足を踏み入れてはいるが、その時は地下7層まで。
 目新しさ故に、きょろきょろと落ち着きのなさを見せてはいるが、緊張感までは隠せていない。
 それもそのはず、部屋の両脇にズラリと並んでいるのはデスナイト。今にも動き出しそうなそれは、リリーの恐怖心を煽る為だけに配置したもの。
 単純に死を連想させるだけでいい。今の俺は昔の俺とは違うのだと思わせ、来訪を後悔させることができれば、安易に追い返せるだろう。
 勿論、魔法書は置いていってもらう。その結果、王宮内でのリリーの立場が悪くなろうと、俺の知った事ではない。

「ギギッ!」

 リリーを連れたゴブリンが、俺の座る玉座の前で立ち止まると、リリーを置いて去って行く。
 俺へと向けられるリリーの視線。そこから感じ取れる大部分の感情は、不安だ。
 魔法書の返還を餌に、何を求めてくるのかは見ものではあるが、お手並み拝見といこうではないか。

「ようこそ、俺のダンジョンへ。それとも魔王の地下迷宮とでも公言した方が、お前達の意に沿う形になって満足か?」

「そんなことありません! 九条が魔王と呼ばれていることに関しては、私も憤りを覚えて……」

「やめろ。お前のお気持ち表明なんかに興味はない。そんなことを言いに、わざわざ訪ねてきたのか?」

「いえ……。そういうわけでは……」

「俺が話し合いに応じるのは、魔法書の為だ。それ以上でもそれ以下でもない。その中にはバルザックもいるんだ。この意味はわかるだろ?」

「はい……」

 リリーは知っているはずだ。その魔法書の中には、俺の支えになってくれる多くの仲間達が存在していることを。
 俺以外の者にとっては、ただ珍しいだけの魔法書に過ぎない。しかし、俺にとってはそれ以上に大切な物。
 こんなこと言ったらエルザに殺されかねないが、最悪中身だけでも返してくんねーかな……? というのが、本音ではある。

「それで? 王宮で大人しく王女をやっていればよかったものを、お転婆王女様は俺に何を望む? 先に言っておくが、魔法書を奪ったのはそっちだ。法的に見ても所有権はこちらにある。その上で条件を提示しろ。俺に対する要求が余りにも度を越していると判断すれば、有無を言わさずに奪い返すから、そのつもりで慎重に答えた方が身のためだ」

 俺からの視線に耐え兼ねたのか、それとも魔法書返還の条件を考えているのか、リリーは無言のまま視線を落とすと沈んだ表情が更に翳りを見せる。

 ……それを待つこと数分。流石に沈黙が長すぎる。
 待っているこっちが、逆に気まずくなってしまうくらいだ。

「おい、まだ決まらないのか? 無償での返却ならいつでも受け付けるが?」

「……それは出来ません……」

「なら、早く条件を言え。こっちが譲歩してやっているのがわからないのか?」

「……カガリを……。カガリを呼んでいただけますか?」

「それが、魔法書返還の条件でいいのか?」

「いえ、そうではなく……」

「なら、ダメだ」

 カガリを呼んで何になる? リリーの真意など今更どうでもいい。
 アルバートに従い、俺を殺しに来たというならそれも仕方のない事だろう。相手は実兄であり国王。逆らえない事情も汲み取れる。
 逆に、俺に対して謝罪する為に来たのなら、魔法書を返せばいいだけの話。
 しかし、その条件を口にしないのはどうしてだ? 圧が強すぎたか……?
 どちらにせよ、このままでは埒が明かない。

「もういい。時間切れだ」

「待って下さい! まだ話は……」

「もう十分待った。まだ、何かあるというなら――そうだな……。裸になって許しを乞え。それが出来なきゃ話は終わり。お帰り願おう」

 ここまで言えば流石に諦め、帰路に就くことだろう。
 リリーを傷付けることなく諦めさせるには、無理難題を吹っかければいいだけだ。
 王族がやたら無暗に肌を露出するわけがなく、更に言うなら頭を下げるという行為にも、抵抗を覚えるはずである。
 謝罪とは法的な責任を認めるという事にも繋がる。それは、相手に付け入る隙を与えているのと同じこと……。

 ――だが、俺の考えは甘かったらしい。

 リリーが悩む素振りを見せたのは、一瞬だった。
 プレートの鎧が合わさる留め金に手を掛けたかと思うと、それはすぐに支えを無くし落下した。
 ガチャンという金属音が辺りに響いた時、既にリリーは左手のガントレットを外しにかかっていたのだ。

 どうせ強がりに決まっている。途中で俺が止めるとでも思っているのだろう。
 その証拠に、リリーの指先は目に見えて震えていた。

 纏った鎧が全て脱ぎ捨てられると、次は衣服に手を掛ける。
 明らかに周囲を気にし始めたリリー。それ故か、脱衣の速度が極端に落ちる。
 上手く外せないボタンは、時間を稼いでいるようにも見えた。
 リリーの指先が布地に触れるたび、その肌が少しずつ露になっていく。それは、薄暗い夜にゆっくりと開花する月下美人よう。
 その花弁の最後の1枚が白い肌から滑り落ちた瞬間、静かな部屋に響いたのは俺の舌打ちだった。

「何故そこまでする!?」

 そこに立っているのは、恥じらいつつも一糸まとわぬリリー。
 隠さなければならないところは隠しているが、まさかそこまでするとは思わなかった。
 そこまでしてリリーが得るであろうメリットは、なんだ!?

「……」

 やはり返事は返ってこない。
 リリーに怒鳴っても、何にもならない事はわかっている。しかし、そうせずにはいられなかった。
 リリーの行動に、自分の理解が追い付かないのだ。

 1人で訪ねてきたのは、ネストやバイスが人質として取られているからだろう。
 魔法書は、俺を誘い出す為の罠だ。それを甘んじて受け入れたというのに、次の一手を出してこない。
 リリーは陽動。俺の気を引いている隙に、他の部隊が村に手を出すのかとも考えたが、その気配も全くない。
 かと言って、持って来た魔法書を返そうともしないのは、どういう了見なのか……。

 最早痛い目を見なければ、わからないのかと手を出す事も考えた、その時だ。
 拳を握り、歯を食いしばれと言おうとした――その自分の行動に、既視感を覚えた。

 何時だったか同じセリフを吐いた……。それはミアに止められ、不発に終わったんだ……。
 俺の記憶が確かなら、王都でケシュアを尋問していた時……。
 現在の状況は、それに酷似していた。

 俺が胸ポケットを軽く叩くと、そこから顔を出したのはインコのピーちゃん。

「すまん。急で悪いが、大至急エルザを呼んできてくれ」

「ガッテンダ!」
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