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第564話 ミアだけの武器
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「王女様が困ってるでしょ! 解散してくださいッ!」
言い方はキツイが、少々物足りない迫力。それをカガリが補ってはいるのだが、この村にミアの言う事を聞かぬ者はいない。
ミアの機嫌を損ねるという事は、同時に九条からの評価も下げてしまう事に他ならないからだ。
九条は魔王などと呼ばれてはいるが、村でそれを信じている者は8割ほど。
実害がない為、どちらでも構わないといった無関心層が殆どだが、ハーヴェストから流入して来た比較的新しい商人達はそうじゃない。
西門に立つデスナイトが、商人に扮した王国軍の斥候を屠ったという噂は、彼等の間ではあまりにも有名な話。
今では審判の門などと呼ばれているが、その二の舞いにならぬようコット村では穏便に……というのが、暗黙の了解となっていた。
ミアのおかげで、冒険者達は名残惜しそうにしながらも2階への階段を上り、食事に来たであろう商人達は開いているテーブルの席に着く。
とはいえ、未だリリーの注目度は高いまま。
その視線に晒されながらの食事はさぞ居心地が悪かろうと、ミアはリリーへと手を伸ばす。
「リリー様。行こう?」
「え……あ……はい……」
どこに? と反射的に聞き返せなかったのは、ミアの笑顔に見惚れてしまったからだ。
殆ど無理矢理に握られた手を引かれたリリーが立ち上がると、その股下からニョキっと出てきたのは白狐の頭。
「じゃぁ、しゅっぱーつ!」
ミアの気の抜けた掛け声が辺りに響くと、白狐はリリーをそのまま持ち上げ、2人の少女と2匹の魔獣は風のような速さで食堂を出て行った。
何処に連れて行かれるのか? そんなことを考える余裕すら与えてくれない速度で村を駆けるカガリと白狐。
流石のリリーも振り落とされまいと、白狐を掴む手にも力が入る。
針路は北。2匹の魔獣が速度を上げ、迫りくる村の防壁をあっさり飛び越えると、北の山を駆け上がった。
「とうちゃーく!」
ものの数分でたどり着いたのは、山の中腹。
サルノコシカケのようにも見える、飛び出た大きな岩の上だ。
「カイルさんに教えてもらった秘密の場所。ここからだと村が一望出来るんです」
リリーはその景色に目を奪われた。王宮から見下ろす王都の景色とは全く違う配色。
水田は陽の光を反射し、作物は草原のように揺れる。石畳の小道は家々を縫うように張り巡らされ、煙突から立ち上る薄い煙が、朝の冷たい空気に溶け込んでは消えていく。
庭先に干された洗濯物。木々には果実は実り、畑では農夫たちが働き始めていた。
「綺麗……ですね……」
忙しい王都の喧騒とはかけ離れた、静かで安らぎを与えてくれる場所。
その眺めに、リリーはまるで時間を超えた絵画の中に入り込んでしまったような錯覚すら覚えていた。
「あっ! おにーちゃん発見!」
ミアが無邪気に指差した先には、九条……と思わしき物体。
正直言って小さすぎる為に見分けるのは困難。隣のワダツミらしき魔獣のおかげで言われればそうかもと思える程度なのだが、暫く見ていると九条以外の何者でもない事がよくわかる。
大きく手を振り、何かの種でも蒔いているのかと思いきや、盛り上がった地面から這い出てきたのはスケルトン。
まるでシロアリのようにも見えるそれは、規則正しく整列し、村の南側へと歩いて行く。
「ふふっ……確かに九条ですね」
「でしょ?」
カガリから降りたミアは、慣れた様子で突き出た岩の端まで行くと、そこにちょこんと腰掛けた。
僅かな風がその髪を撫でると、ミアから出たのは大きな溜息。
「……リリー様は……、おにーちゃんと結婚……するんですか?」
リリーから、ミアの表情はわからない。だが、その背中から伝わる深刻さは疑いようがないほどに真剣だ。
「……その可能性もなくはない……です……」
リリーにとっては、ある意味フードルよりも憂慮するべき問題。
当然聞かれるとは思っていた。リリーだって、ミアの気持ちには気付いている。
罵倒されることはあっても、祝福される事はないだろうと……。
「……おにーちゃんは、運命の人なんです」
「運命の人?」
「私は、戦災孤児でした……」
ミアの語る生い立ちに、リリーは言葉を失った。
戦禍に巻き込まれ、死にかけていたミア。それを救ったのが、神の使い。
5年後、コット村に現れる冒険者に付き従え――。それは、天啓とも呼べるものだ。
最初は義務感に駆られ必死であったが、九条との出会いがミアの人生を大きく変えた。
既に義務感などありはしない。九条と一緒にいることが、ミアにとっての不変的日常であるのだ。
「……そんなことが……」
……だから、おにーちゃんは渡さない。できればハッキリとそう言いたかったミアではあったが、ミア自身も迷っていたのだ。
長い目で見れば、この結婚はコット村を守る為のもの。そう頭ではわかっているのだが、素直には頷けなかった。
九条が幼子を好まないのは周知の事実。
自分は、まだ恋愛対象として見てもらえていない。ならば、振り向いてもらえるまで待てばいいと思っていた。
(5年も待てば、シャーリーさんのようなスレンダーボディに……。10年も待てば、ネストさんのようなグラマラスボディになるに違いない……)
歳が問題なら成長するまで我慢するだけ……のはずが、今回の件でそうもいかなくなってしまった。
王女様の歳で結婚が許されるのなら、自分も……と思うは当然のこと。
しかし、相手は王女だ。ミアがいくら背伸びをしたところで太刀打ちはできない。
九条を諦めたくはない。だが、九条が決めた事であるなら、それに従おうとも考えていた。
我が儘ばかり言って、まだ子供だと思われるのも嫌だった。なにより、九条を困らせたくはなかったのだ。
(……でも、せめて傍にはいさせてほしい……)
リリーは、九条が転生者であると知ったのだ。ならば、天啓の秘密を明かすだけの価値はある。
それは、ミアだけの武器だ。九条の傍にいなければならない理由。
後はリリーが九条との結婚を超法規的措置だと認めれば……。つまりはそこに愛はなく、ネストやバイスを救うための仕方のない工程なのだと割り切っていれば、それで良かった。
「リリー様はおにーちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
「え? 好きですけど……」
「なんでぇぇぇぇ!?」
ミアは気付いてしまったのだ。
九条が他人から認められる事に対し覚えていた喜びは、ただ自分の敵を増やしていただけに過ぎないのだと……。
言い方はキツイが、少々物足りない迫力。それをカガリが補ってはいるのだが、この村にミアの言う事を聞かぬ者はいない。
ミアの機嫌を損ねるという事は、同時に九条からの評価も下げてしまう事に他ならないからだ。
九条は魔王などと呼ばれてはいるが、村でそれを信じている者は8割ほど。
実害がない為、どちらでも構わないといった無関心層が殆どだが、ハーヴェストから流入して来た比較的新しい商人達はそうじゃない。
西門に立つデスナイトが、商人に扮した王国軍の斥候を屠ったという噂は、彼等の間ではあまりにも有名な話。
今では審判の門などと呼ばれているが、その二の舞いにならぬようコット村では穏便に……というのが、暗黙の了解となっていた。
ミアのおかげで、冒険者達は名残惜しそうにしながらも2階への階段を上り、食事に来たであろう商人達は開いているテーブルの席に着く。
とはいえ、未だリリーの注目度は高いまま。
その視線に晒されながらの食事はさぞ居心地が悪かろうと、ミアはリリーへと手を伸ばす。
「リリー様。行こう?」
「え……あ……はい……」
どこに? と反射的に聞き返せなかったのは、ミアの笑顔に見惚れてしまったからだ。
殆ど無理矢理に握られた手を引かれたリリーが立ち上がると、その股下からニョキっと出てきたのは白狐の頭。
「じゃぁ、しゅっぱーつ!」
ミアの気の抜けた掛け声が辺りに響くと、白狐はリリーをそのまま持ち上げ、2人の少女と2匹の魔獣は風のような速さで食堂を出て行った。
何処に連れて行かれるのか? そんなことを考える余裕すら与えてくれない速度で村を駆けるカガリと白狐。
流石のリリーも振り落とされまいと、白狐を掴む手にも力が入る。
針路は北。2匹の魔獣が速度を上げ、迫りくる村の防壁をあっさり飛び越えると、北の山を駆け上がった。
「とうちゃーく!」
ものの数分でたどり着いたのは、山の中腹。
サルノコシカケのようにも見える、飛び出た大きな岩の上だ。
「カイルさんに教えてもらった秘密の場所。ここからだと村が一望出来るんです」
リリーはその景色に目を奪われた。王宮から見下ろす王都の景色とは全く違う配色。
水田は陽の光を反射し、作物は草原のように揺れる。石畳の小道は家々を縫うように張り巡らされ、煙突から立ち上る薄い煙が、朝の冷たい空気に溶け込んでは消えていく。
庭先に干された洗濯物。木々には果実は実り、畑では農夫たちが働き始めていた。
「綺麗……ですね……」
忙しい王都の喧騒とはかけ離れた、静かで安らぎを与えてくれる場所。
その眺めに、リリーはまるで時間を超えた絵画の中に入り込んでしまったような錯覚すら覚えていた。
「あっ! おにーちゃん発見!」
ミアが無邪気に指差した先には、九条……と思わしき物体。
正直言って小さすぎる為に見分けるのは困難。隣のワダツミらしき魔獣のおかげで言われればそうかもと思える程度なのだが、暫く見ていると九条以外の何者でもない事がよくわかる。
大きく手を振り、何かの種でも蒔いているのかと思いきや、盛り上がった地面から這い出てきたのはスケルトン。
まるでシロアリのようにも見えるそれは、規則正しく整列し、村の南側へと歩いて行く。
「ふふっ……確かに九条ですね」
「でしょ?」
カガリから降りたミアは、慣れた様子で突き出た岩の端まで行くと、そこにちょこんと腰掛けた。
僅かな風がその髪を撫でると、ミアから出たのは大きな溜息。
「……リリー様は……、おにーちゃんと結婚……するんですか?」
リリーから、ミアの表情はわからない。だが、その背中から伝わる深刻さは疑いようがないほどに真剣だ。
「……その可能性もなくはない……です……」
リリーにとっては、ある意味フードルよりも憂慮するべき問題。
当然聞かれるとは思っていた。リリーだって、ミアの気持ちには気付いている。
罵倒されることはあっても、祝福される事はないだろうと……。
「……おにーちゃんは、運命の人なんです」
「運命の人?」
「私は、戦災孤児でした……」
ミアの語る生い立ちに、リリーは言葉を失った。
戦禍に巻き込まれ、死にかけていたミア。それを救ったのが、神の使い。
5年後、コット村に現れる冒険者に付き従え――。それは、天啓とも呼べるものだ。
最初は義務感に駆られ必死であったが、九条との出会いがミアの人生を大きく変えた。
既に義務感などありはしない。九条と一緒にいることが、ミアにとっての不変的日常であるのだ。
「……そんなことが……」
……だから、おにーちゃんは渡さない。できればハッキリとそう言いたかったミアではあったが、ミア自身も迷っていたのだ。
長い目で見れば、この結婚はコット村を守る為のもの。そう頭ではわかっているのだが、素直には頷けなかった。
九条が幼子を好まないのは周知の事実。
自分は、まだ恋愛対象として見てもらえていない。ならば、振り向いてもらえるまで待てばいいと思っていた。
(5年も待てば、シャーリーさんのようなスレンダーボディに……。10年も待てば、ネストさんのようなグラマラスボディになるに違いない……)
歳が問題なら成長するまで我慢するだけ……のはずが、今回の件でそうもいかなくなってしまった。
王女様の歳で結婚が許されるのなら、自分も……と思うは当然のこと。
しかし、相手は王女だ。ミアがいくら背伸びをしたところで太刀打ちはできない。
九条を諦めたくはない。だが、九条が決めた事であるなら、それに従おうとも考えていた。
我が儘ばかり言って、まだ子供だと思われるのも嫌だった。なにより、九条を困らせたくはなかったのだ。
(……でも、せめて傍にはいさせてほしい……)
リリーは、九条が転生者であると知ったのだ。ならば、天啓の秘密を明かすだけの価値はある。
それは、ミアだけの武器だ。九条の傍にいなければならない理由。
後はリリーが九条との結婚を超法規的措置だと認めれば……。つまりはそこに愛はなく、ネストやバイスを救うための仕方のない工程なのだと割り切っていれば、それで良かった。
「リリー様はおにーちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
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