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第603話 亡き父の影に追われて
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眼前にファルランケスの刃が迫り、情けなくも腰を抜かしてしまったアルバート。
それを、間一髪で受け止めたレイヴンの顔が歪む。
金属同士を擦り合わせ、甲高い音が響き渡る鍔迫り合い。だが、それも長くは続かない。
体格や年齢もそうだが、何より九条の傀儡と化しているであろうファルランケスに、生身であるレイヴンが敵うはずがないのだ。
「お早くッ!」
歯を食いしばり耐え続けるレイヴンの声にハッとしたアルバートは、なんとかその場に立ち上がり、ふらふらとした足取りで玉座へ向かう。
勿論、座るためじゃない。その下に隠されているのは、王族専用の緊急脱出通路である。
玉座を押し倒し、勢いよくカーペットを捲ると、床に現れた1m四方の非常口。
恐らく暫く使われていないだろうその扉を開けると、襲い来るカビ臭さに耐えながらもアルバートはそこへ滑り込んだ。
小さな梯子を下り、狭く暗い螺旋階段を駆け降りる。
その終点に辿り着くと、アルバートは上を見上げ耳を澄ませた。
もしかしたら、親衛隊の騎士が後を追って来るかもしれない。ファルランケス卿は討ち取ったから戻ってこいとの声が聞けるかもしれない。
そんな淡い期待を抱くも、聞こえてきたのはねっとりと、それでいで何故か歓喜に満ち溢れたファルランケスの声だった。
「陛下ぁぁ。どこですかぁ? 今行きますからねぇぇ……」
全身に鳥肌が立ち、アルバートは薄暗い地下道を出口へ向け走り出す。
所々に水が溜まり、採光も最低限。至る所に張り巡らされた蜘蛛の巣に塗れながらも、必死に思考を巡らせる。
バイアスは死んだのか? レイヴンはどうなった? 他の貴族や親衛隊は一体何をしている?
様々な憶測が頭を過るも、そのどれもが最終的には敗北に行き着く。
最悪の状況を信じたくはなかったが、それが現実なのだろうと認めざるを得ず、絶望と疲労の所為かその足取りも重くなる。
「どうして、こんなことに……」
低く呟いたアルバート。それは初めての本気の後悔だった。
その胸中に、戦争を避けるために何ができただろうか、どこで間違ったのかという問いが絶え間なく湧き上がる。
だが、それは自分に向けたものじゃない。
「バイアスが無能な所為で……。いや……、そもそも九条が……」
九条が大人しく処刑を受け入れていれば、国の運営は上手くいっているはずだった。
それを邪魔したのは、他でもない自分自身。ミアに手を出し、虎の尾を踏んだ。
アルバートは国王である。誰も自分には逆らわない――。その根本が覆らない限り、自業自得だという結論には至らないだろう。
アルバートは敗北を知らない。産まれた時から王族という勝ち組人生。日々の当り前が、自分の実力であると信じて疑わない。
周りに生かされている。忖度されている可能性すら考えていないのだ。
「くそッ……くそッ!」
握った拳に恨みを込め、地下道の壁をこれでもかと殴りつける。
音が漏れてしまうほどの歯軋りと、目には薄っすらと浮かぶ涙。
逃げたくはないが、かといって死にたくもないので、結局は逃げる事しか出来ないという無力感。
そんなアルバートに残された道は、1つしかない。
亡命――。それもシルトフリューゲルにだ。起死回生を狙うには、それ以外にあり得ない。
国を追われたとはいえ、腐っても王族。シルトフリューゲル側からすれば、それはスタッグを攻める大義名分にもなる。
暫く続く地下道。その先に光る何かを見つけ、ようやくの出口かと歩みを速めたアルバートではあったが、それは出口などではなかった。
「よう、アルバート。待ってたよ」
片手にはランタン。肩に借り物のメイスを担ぎ、静かに佇んでいたのは九条だった。
その顔は鬼の形相……ではなく、気持ち悪いほどの笑顔。
それもそのはず。ここにアルバートが一人で現れたという事は、全ての作戦が上手くいった事を意味しているのだ。
王都の外周を制圧し、その包囲網を狭めていけば、逃げ道は1つしかない。
「う、嘘だ……そんなはずがない……。どうして貴様がここに……」
「そんなに不思議か? お前が俺を処刑した日。まさか俺が都合よく消えたとでも思っていたのか?」
アルバートの心臓が鼓動のペースを速めると、言葉はかすれ、喉が乾く。
九条の瞳に深い闇を感じ、自分の犯した過去の記憶が洪水のように押し寄せる。
恐怖と絶望が感情を支配し、来た道を引き返そうと足に力を込めるも、それは地面から離れない。
「あ、足がッ……」
「どうした? 足が気になるのか?」
九条が僅かに屈んで見せると、持っていたランタンがアルバートの足元を照らす。
その両足首には、何かが絡まっていた。枯れ果てた外観は木の根のようにも見えるのだが、その正体に気付いたアルバートは、悲鳴こそ上げずとも思わず息を飲んだ。
それは、まさしく人の手だ。地面から不気味に生えたそれが、アルバートの両足首をガッチリと掴んでいたのである。
「――ッ!?」
血色が悪く、今にも折れてしまいそうな痩せ細った老人のような手。
にも拘らず、プレートの具足がギチギチと悲鳴を上げるほどの握力に、アルバートがいくら藻掻こうともビクともしない。
「は……離せッ」
ならば切り落とすまでだと、腰の直剣を勢いよく引き抜いたアルバート。
それを、突き立てようと振りかぶったその時だ。
両足の間から地面がうっすら盛り上がると、それは人の表情を形作る。
「また、私を殺すのか? アルバート……」
「うわぁぁぁぁッ!」
その顔は間違いなく崩御した父、アドウェールであった。
それを、間一髪で受け止めたレイヴンの顔が歪む。
金属同士を擦り合わせ、甲高い音が響き渡る鍔迫り合い。だが、それも長くは続かない。
体格や年齢もそうだが、何より九条の傀儡と化しているであろうファルランケスに、生身であるレイヴンが敵うはずがないのだ。
「お早くッ!」
歯を食いしばり耐え続けるレイヴンの声にハッとしたアルバートは、なんとかその場に立ち上がり、ふらふらとした足取りで玉座へ向かう。
勿論、座るためじゃない。その下に隠されているのは、王族専用の緊急脱出通路である。
玉座を押し倒し、勢いよくカーペットを捲ると、床に現れた1m四方の非常口。
恐らく暫く使われていないだろうその扉を開けると、襲い来るカビ臭さに耐えながらもアルバートはそこへ滑り込んだ。
小さな梯子を下り、狭く暗い螺旋階段を駆け降りる。
その終点に辿り着くと、アルバートは上を見上げ耳を澄ませた。
もしかしたら、親衛隊の騎士が後を追って来るかもしれない。ファルランケス卿は討ち取ったから戻ってこいとの声が聞けるかもしれない。
そんな淡い期待を抱くも、聞こえてきたのはねっとりと、それでいで何故か歓喜に満ち溢れたファルランケスの声だった。
「陛下ぁぁ。どこですかぁ? 今行きますからねぇぇ……」
全身に鳥肌が立ち、アルバートは薄暗い地下道を出口へ向け走り出す。
所々に水が溜まり、採光も最低限。至る所に張り巡らされた蜘蛛の巣に塗れながらも、必死に思考を巡らせる。
バイアスは死んだのか? レイヴンはどうなった? 他の貴族や親衛隊は一体何をしている?
様々な憶測が頭を過るも、そのどれもが最終的には敗北に行き着く。
最悪の状況を信じたくはなかったが、それが現実なのだろうと認めざるを得ず、絶望と疲労の所為かその足取りも重くなる。
「どうして、こんなことに……」
低く呟いたアルバート。それは初めての本気の後悔だった。
その胸中に、戦争を避けるために何ができただろうか、どこで間違ったのかという問いが絶え間なく湧き上がる。
だが、それは自分に向けたものじゃない。
「バイアスが無能な所為で……。いや……、そもそも九条が……」
九条が大人しく処刑を受け入れていれば、国の運営は上手くいっているはずだった。
それを邪魔したのは、他でもない自分自身。ミアに手を出し、虎の尾を踏んだ。
アルバートは国王である。誰も自分には逆らわない――。その根本が覆らない限り、自業自得だという結論には至らないだろう。
アルバートは敗北を知らない。産まれた時から王族という勝ち組人生。日々の当り前が、自分の実力であると信じて疑わない。
周りに生かされている。忖度されている可能性すら考えていないのだ。
「くそッ……くそッ!」
握った拳に恨みを込め、地下道の壁をこれでもかと殴りつける。
音が漏れてしまうほどの歯軋りと、目には薄っすらと浮かぶ涙。
逃げたくはないが、かといって死にたくもないので、結局は逃げる事しか出来ないという無力感。
そんなアルバートに残された道は、1つしかない。
亡命――。それもシルトフリューゲルにだ。起死回生を狙うには、それ以外にあり得ない。
国を追われたとはいえ、腐っても王族。シルトフリューゲル側からすれば、それはスタッグを攻める大義名分にもなる。
暫く続く地下道。その先に光る何かを見つけ、ようやくの出口かと歩みを速めたアルバートではあったが、それは出口などではなかった。
「よう、アルバート。待ってたよ」
片手にはランタン。肩に借り物のメイスを担ぎ、静かに佇んでいたのは九条だった。
その顔は鬼の形相……ではなく、気持ち悪いほどの笑顔。
それもそのはず。ここにアルバートが一人で現れたという事は、全ての作戦が上手くいった事を意味しているのだ。
王都の外周を制圧し、その包囲網を狭めていけば、逃げ道は1つしかない。
「う、嘘だ……そんなはずがない……。どうして貴様がここに……」
「そんなに不思議か? お前が俺を処刑した日。まさか俺が都合よく消えたとでも思っていたのか?」
アルバートの心臓が鼓動のペースを速めると、言葉はかすれ、喉が乾く。
九条の瞳に深い闇を感じ、自分の犯した過去の記憶が洪水のように押し寄せる。
恐怖と絶望が感情を支配し、来た道を引き返そうと足に力を込めるも、それは地面から離れない。
「あ、足がッ……」
「どうした? 足が気になるのか?」
九条が僅かに屈んで見せると、持っていたランタンがアルバートの足元を照らす。
その両足首には、何かが絡まっていた。枯れ果てた外観は木の根のようにも見えるのだが、その正体に気付いたアルバートは、悲鳴こそ上げずとも思わず息を飲んだ。
それは、まさしく人の手だ。地面から不気味に生えたそれが、アルバートの両足首をガッチリと掴んでいたのである。
「――ッ!?」
血色が悪く、今にも折れてしまいそうな痩せ細った老人のような手。
にも拘らず、プレートの具足がギチギチと悲鳴を上げるほどの握力に、アルバートがいくら藻掻こうともビクともしない。
「は……離せッ」
ならば切り落とすまでだと、腰の直剣を勢いよく引き抜いたアルバート。
それを、突き立てようと振りかぶったその時だ。
両足の間から地面がうっすら盛り上がると、それは人の表情を形作る。
「また、私を殺すのか? アルバート……」
「うわぁぁぁぁッ!」
その顔は間違いなく崩御した父、アドウェールであった。
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