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第七章 謀叛
五
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話を、金ヶ崎崩れの直後に戻す。
火縄銃の音が夜の静寂を掻き消すように、越前の山野に響いた。
押し寄せて来る朝倉勢に気圧され、殿(しんがり)の一角を担う木下隊は総崩れとなって後退を始めた。
「どえりゃあことになったぞ、猿」
呆れ顔で蜂須賀小六正勝が言った。この男、元は美濃川並衆蜂須賀党の頭目で、秀吉が墨俣に一夜城を築いた頃、彼の配下となった人物だ。
「小六さぁ、御屋形様がご無事なら儂は構わん」
「お前(みやぁ)はたわけかぁっ、うつけの信長のためにここで死んでも犬死じゃ」
小六は、秀吉の首根っこを掴まえて罵声を浴びせた。
総崩れとなって逃げる木下隊の目の前に突如、三つ盛亀甲、井桁の幟や旗印が現れた。
「浅井勢じゃ……」
秀吉は愕然とした。
そして死を覚悟した。
その瞬間だった。木下隊を発見した浅井勢の先鋒、海北隊の側面を衝くように水色桔梗の旗印を差した明智隊が火縄銃の集中砲火を浴びせた。
連射された銃声が森閑に木魂する。
「明智様……」
秀吉は、まさに地獄で仏を見たような顏になった。
「木下殿か、ここは我ら明智の手の者で喰い止める。そこもとは早々に退かれよ」
馬上の光秀は、襲って来る浅井の士卒を相手に太刀を振るった。
織田方の殿軍を追撃する朝倉勢を喰い止めているのは、明智隊ばかりでなく、犬より忠実で勇猛果敢な三河武士たちだった。家康率いる徳川勢は今尚前線に踏み止まり、勢いの乗る朝倉勢と対峙していた。殿(しんがり)の主力部隊である勝正率いる摂津池田勢も、奮戦し朝倉方と戦っていた。
「御屋形様が無事京に入られるまで、我らはここで踏み止まらなくてなぬっ!」
俄然勇気が湧いて来た秀吉は、配下の将兵たちを鼓舞する。
「応っ!」
総崩れとなっていた木下隊が、秀吉の鼓舞によって蘇った。鎗を突き立て浅井勢に向かって突進する。
「御屋形様にご注進申し上げる」
使い番が、馬を馳せ前線から戻って来た。
「申せっ」
長政は顎をしゃくった。
「先方の海北勢、敵方織田勢と遭遇。押されておりまする」
「美作っ、善右衛門を援けよっ」
長政は重臣赤尾清綱に、海北綱親に援軍を派遣するよう命じた。
「承知っ」
清綱率いる赤尾隊が動き出した。森閑の中に銃声が響いた。
織田方の殿軍と先鋒は遭遇してから半刻(約一時間)が経つ。会敵後、長政は義兄織田信長が既に戦場を離脱し、一路京へ向かったことを悟った。ここで信長を取り逃がすということが、どういう意味か彼は直ぐに理解した。
「俺の負けか……」
長政は憮然と呟き、開け始めた空を見上げた。一筋の涙が頬を伝い落ちた。
「殿、兵どもの前では、弱音を吐かれるなっ!」
直経が諫言を口にした。
「相済まぬ喜右衛門……そちは端っからこの戦反対であったな」
「戯言を申されますな、一度振った賽の目を元に戻すことは出来ませぬ。某も腹を括りました。殿も、お覚悟を召されいっ」
「相分かった。武士に二言はないっ。この戦い、最早退けぬっ! 必ずやこの手で織田信長の首級を取るっ」
「よくぞ申されました。これでこそ我が御屋形様っ」
直経は満面に笑みを浮かべるのであった。
火縄銃の音が夜の静寂を掻き消すように、越前の山野に響いた。
押し寄せて来る朝倉勢に気圧され、殿(しんがり)の一角を担う木下隊は総崩れとなって後退を始めた。
「どえりゃあことになったぞ、猿」
呆れ顔で蜂須賀小六正勝が言った。この男、元は美濃川並衆蜂須賀党の頭目で、秀吉が墨俣に一夜城を築いた頃、彼の配下となった人物だ。
「小六さぁ、御屋形様がご無事なら儂は構わん」
「お前(みやぁ)はたわけかぁっ、うつけの信長のためにここで死んでも犬死じゃ」
小六は、秀吉の首根っこを掴まえて罵声を浴びせた。
総崩れとなって逃げる木下隊の目の前に突如、三つ盛亀甲、井桁の幟や旗印が現れた。
「浅井勢じゃ……」
秀吉は愕然とした。
そして死を覚悟した。
その瞬間だった。木下隊を発見した浅井勢の先鋒、海北隊の側面を衝くように水色桔梗の旗印を差した明智隊が火縄銃の集中砲火を浴びせた。
連射された銃声が森閑に木魂する。
「明智様……」
秀吉は、まさに地獄で仏を見たような顏になった。
「木下殿か、ここは我ら明智の手の者で喰い止める。そこもとは早々に退かれよ」
馬上の光秀は、襲って来る浅井の士卒を相手に太刀を振るった。
織田方の殿軍を追撃する朝倉勢を喰い止めているのは、明智隊ばかりでなく、犬より忠実で勇猛果敢な三河武士たちだった。家康率いる徳川勢は今尚前線に踏み止まり、勢いの乗る朝倉勢と対峙していた。殿(しんがり)の主力部隊である勝正率いる摂津池田勢も、奮戦し朝倉方と戦っていた。
「御屋形様が無事京に入られるまで、我らはここで踏み止まらなくてなぬっ!」
俄然勇気が湧いて来た秀吉は、配下の将兵たちを鼓舞する。
「応っ!」
総崩れとなっていた木下隊が、秀吉の鼓舞によって蘇った。鎗を突き立て浅井勢に向かって突進する。
「御屋形様にご注進申し上げる」
使い番が、馬を馳せ前線から戻って来た。
「申せっ」
長政は顎をしゃくった。
「先方の海北勢、敵方織田勢と遭遇。押されておりまする」
「美作っ、善右衛門を援けよっ」
長政は重臣赤尾清綱に、海北綱親に援軍を派遣するよう命じた。
「承知っ」
清綱率いる赤尾隊が動き出した。森閑の中に銃声が響いた。
織田方の殿軍と先鋒は遭遇してから半刻(約一時間)が経つ。会敵後、長政は義兄織田信長が既に戦場を離脱し、一路京へ向かったことを悟った。ここで信長を取り逃がすということが、どういう意味か彼は直ぐに理解した。
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