道誉が征く

西村重紀

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第三章 

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 嘉暦三年(一三二八)初夏。
 道誉は手勢数百騎を率い鎌倉に入った。
 六月上旬の鎌倉は、浜から吹く初夏の爽やかな風を受け、とても過ごしやすかった。
 狩装束を解き、初夏のこの時期に映える木賊色の地に、艶やかな中紅花色で芍薬の花弁を模した直垂を纏い、道誉は得宗家当主北条高時に拝謁するため、小町亭へ足を運んだ。
 勝色一色に染め上げた直垂姿の高時は、相変わらずやる気のないしけた面で道誉の前に現れた。
「よう参った佐渡」
「得宗殿にもお変わりなく恙なくお過ごし遊ばし――」
 と道誉の言葉に被せるように、高時は憮然と口を開いた。
「太郎が身罷った……太郎が……」
「太郎?」
 道誉はやや怪訝気味に首を傾げ、同席する長崎円喜の顔を見やった。息子の高資もいる。
「得宗殿が愛でられておられたお犬様のことでござる佐渡判官殿。先年御辺が得宗殿に贈られた土佐の犬でござる。昨年の夏の盛りに、突然血を吐き亡くなった」
 蚊に刺されたことによってフィラリア症に罹患し死んだのだ。鎌倉時代は現代とは違い、医学が発展しておらず、人畜問わず様々な感染症が広がり多くの生き物の命を奪っていた。
「ああ、あの犬のことでござるか」
 道誉は素っ気なく言った。
 すると忽ち高時が顔色を変えた。
「むむっ」
 失言をした道誉を高時が睨め付ける。
「これはしたり、面目ござらぬ」
 道誉も失言に気付き小さく頭を下げた。
「ならば某が、また新たな犬を得宗殿に進ぜましょう」
 道誉は恭しく平伏して見せ、自らの失言で機嫌を損なった高時に取り繕った。
「いつじゃ、いつ儂に犬をくれる」
 まるで新しい玩具を買ってもらう約束を交わした子供のように、高時は身を乗り出して道誉に尋ねた。その目は爛々とした輝きを放っている。
「取り急ぎ、我が家人に申し付け、鎌倉に贈らせまする」
「約束じゃぞ道誉。必ず贈ってくれ」
「ははっ、この佐々木道誉。得宗殿の御為、心血を注ぐ所存でござる」
 道誉は、暗君北条高時を前にして忠実なその飼い犬を演じるのであった。
 高時に拝謁を済ませた道誉は、控えの間に入り、振る舞われた酒とその肴に手を伸ばした。
 そこに、長崎円喜と高資の親子が現れた。
「御辺も大変でござるな」
 駄々っ子の高時の機嫌を取るため、あの手この手を講じる道誉を同情するかのように円喜は言った。
「いやいや身共などのは、御手前方親子に比べると」
 と言うと、薄笑みを浮かべ、道誉は杯を口に運んだ。白酒をごくりと喉の奥に流し込んだ。酒の肴は貝の干したものだ。口の中で噛むとだんだんと味が出てくる。
「さて佐渡殿。例の件でござるが」
「足利治部殿の件でござるな」
 道誉は自身の隣に腰を下ろした円喜親子を見やる。
「然様、あの御仁が何を考えており申すか、身共には全く分かり申さん」
「で、あろうな」
 道誉は奥歯で干し貝を噛みながら言った。
「如何致せばよかろう」
「そうでござるな……彼奴の家人、高兄弟辺りから攻められては如何かな」
 道誉はにやりと笑って見せた。
「高五郎左衛門とその弟でござるか」
 円喜は確認の意味を込めて道誉に尋ねた。
「あの兄弟に、主が動かぬよう釘を刺しておけば宜しかろう」
 道誉は足利家家宰高師直、師泰兄弟を味方に引き入れるように円喜に進言した。
「高兄弟か……」
 円喜の息子高資が納得要ったように頷いた。
 長崎親子と今後の情勢を占うかのように話をしたあと、道誉は得宗家の邸宅を離れ館に戻った。
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