20 / 32
第二章
八
しおりを挟む
沢彦宗恩の予言通り、信長率いる織田勢は田楽桶狭間山で中食を摂る今川本陣の奇襲に成功した。生憎の篠突く雨の所為で、視界が悪く、また地面を叩きつける激しい雨音もあって馬の蹄の音が消え、織田勢が間近に迫るまで気づかなかったのだ。
総大将の義元は最初、織田勢の奇襲を雑兵、足軽どもが喧嘩を始めたと勘違いしていた。
「あれは何じゃ……!?」
風を受け靡く織田木瓜と永楽銭の幟旗を見て、義元は顔色を変えた。
「……織田の奇襲」
信じられないと言った表情で、関口親永が声を震わせる。
「御屋形様、ここは危のうござる。こちらに輿を用意致しました故、御動座頂けたく存じ上げ奉る」
朝日奈親徳が、足軽雑兵に命じ用意した輿を指差した。
本来戦場に老いて武将と言うものは騎馬にて移動するものだが、義元と言う人物は余りの肥満体型であったため、馬に跨ることが出来ず仕方なく輿を移動手段に用いていたのだ。
それが仇となり、敵方に易々と総大将今川義元の所在を明らかにしてしまった。
木下藤吉郎は、信長の密命を受け、早い時期から手下の乱波を、駿河、遠江、三河の今川領内に潜入させていた。
その上で藤吉郎は、
「御屋形様、今川治部殿は胴長短足故、馬に乗ることが出来ませぬ。何処に行くにも彼の御仁は輿を使います」
「相分かった。ならば戦場で輿に乗った人物こそが今川治部大輔義元本人と見て相違ないっ」
奇襲作戦に入る前、信長はこの合戦に参加する家臣たちに、狙うのは今川義元一人だけ、義元は必ず輿に乗っている、他の者には目をくれるな、討ち取った敵兵の首はその場で打ち捨て捨てよ、と厳命していた。
歯向かう今川方の武将を斬り捨て、織田勢は信長の厳命通り義元ただ一人に狙いを定め、なだらかな桶狭間山の斜面を駆け上がって行った。
大混乱の最中、二つ引両と赤鳥の幟旗や旗指物が倒され、足軽たちによって踏み荒らされて泥塗れになっていた。泥濘に足を取られ、義元を乗せた輿を担ぐ足軽、雑兵たちは思うように斜面を歩くことが出来ないでいた。
「ん!? あれはぁっ!?」
毛利新介良勝が、足軽に担がれ逃げ惑う輿に乗る肥満体の武将をその視界に捉えた。
「間違いないっ、あれこそは今川治部っ!」
服部小平太一忠が叫んだ。
両名は同時に義元らしき人物が乗る輿に駆け寄った。
「ひっひいぇぇぇぇぇぇーっ!」
輿を担いでいた足軽は、義元をその場に放り出し、我先に逃亡する。義元の馬廻衆が、抜刀し織田方の将兵に手向かう。刀や槍が激しくぶつかり、火花が散った。
義元は、嘗て舅である武田信虎から婿引出物として贈られた宗三左文字の刀を抜き、自らも織田方と戦う覚悟を決めた。
「我こそが源朝臣足利治部大輔今川三河守義元なりっ」
義元は総大将らしく名乗りを上げ、刀を振った。
「織田上総介が家臣、服部小平太見参っ」
「同じく毛利新介っ」
「ふむ。懸かって参れぇっ」
「いざっ」
先ず、小平太が槍を義元の足に突き刺し、彼の動きを封じた。しかし、義元も必死の形相で抵抗を試み、刀を振るい、小平太の膝を斬った。
すると新介が義元に向かって飛び掛かり、巨体をその場で押し倒し、馬乗りになった組み伏せた。
「御覚悟召され、治部大輔様。御生涯遊ばせ召し」
脇差を抜き、新介は義元の喉元に突き立てた。その時、義元の抵抗に遭い、新介は指を噛み千切られた。だが、力を込めて白刃を首筋に押し込め、義元の息の根を止めた。
大動脈が切断され、鮮血が宙を舞った。返り血を浴びた新介の顔面が真っ赤に染まった。
「織田上総介三郎信長が家臣、毛利新介良勝っ、今川治部大輔義元殿の御首級、討ち取ったりっ!!」
新介は高々と誇らしげに宣言し、たった今討ち取った義元の鉄漿首を五月の天に掲げた。
「織田上総が家臣、毛利新介殿が、今川治部様が御首級頂戴仕ったぁぁっ」
味方に知らせるため、その場に居合わせた織田方の将兵が大声で叫んだ。
怒涛が沸き起こった。
今川勢は、総大将の討ち死にを知った途端戦意喪失となって、戦場から逃亡する者が現れた。
総大将の義元は最初、織田勢の奇襲を雑兵、足軽どもが喧嘩を始めたと勘違いしていた。
「あれは何じゃ……!?」
風を受け靡く織田木瓜と永楽銭の幟旗を見て、義元は顔色を変えた。
「……織田の奇襲」
信じられないと言った表情で、関口親永が声を震わせる。
「御屋形様、ここは危のうござる。こちらに輿を用意致しました故、御動座頂けたく存じ上げ奉る」
朝日奈親徳が、足軽雑兵に命じ用意した輿を指差した。
本来戦場に老いて武将と言うものは騎馬にて移動するものだが、義元と言う人物は余りの肥満体型であったため、馬に跨ることが出来ず仕方なく輿を移動手段に用いていたのだ。
それが仇となり、敵方に易々と総大将今川義元の所在を明らかにしてしまった。
木下藤吉郎は、信長の密命を受け、早い時期から手下の乱波を、駿河、遠江、三河の今川領内に潜入させていた。
その上で藤吉郎は、
「御屋形様、今川治部殿は胴長短足故、馬に乗ることが出来ませぬ。何処に行くにも彼の御仁は輿を使います」
「相分かった。ならば戦場で輿に乗った人物こそが今川治部大輔義元本人と見て相違ないっ」
奇襲作戦に入る前、信長はこの合戦に参加する家臣たちに、狙うのは今川義元一人だけ、義元は必ず輿に乗っている、他の者には目をくれるな、討ち取った敵兵の首はその場で打ち捨て捨てよ、と厳命していた。
歯向かう今川方の武将を斬り捨て、織田勢は信長の厳命通り義元ただ一人に狙いを定め、なだらかな桶狭間山の斜面を駆け上がって行った。
大混乱の最中、二つ引両と赤鳥の幟旗や旗指物が倒され、足軽たちによって踏み荒らされて泥塗れになっていた。泥濘に足を取られ、義元を乗せた輿を担ぐ足軽、雑兵たちは思うように斜面を歩くことが出来ないでいた。
「ん!? あれはぁっ!?」
毛利新介良勝が、足軽に担がれ逃げ惑う輿に乗る肥満体の武将をその視界に捉えた。
「間違いないっ、あれこそは今川治部っ!」
服部小平太一忠が叫んだ。
両名は同時に義元らしき人物が乗る輿に駆け寄った。
「ひっひいぇぇぇぇぇぇーっ!」
輿を担いでいた足軽は、義元をその場に放り出し、我先に逃亡する。義元の馬廻衆が、抜刀し織田方の将兵に手向かう。刀や槍が激しくぶつかり、火花が散った。
義元は、嘗て舅である武田信虎から婿引出物として贈られた宗三左文字の刀を抜き、自らも織田方と戦う覚悟を決めた。
「我こそが源朝臣足利治部大輔今川三河守義元なりっ」
義元は総大将らしく名乗りを上げ、刀を振った。
「織田上総介が家臣、服部小平太見参っ」
「同じく毛利新介っ」
「ふむ。懸かって参れぇっ」
「いざっ」
先ず、小平太が槍を義元の足に突き刺し、彼の動きを封じた。しかし、義元も必死の形相で抵抗を試み、刀を振るい、小平太の膝を斬った。
すると新介が義元に向かって飛び掛かり、巨体をその場で押し倒し、馬乗りになった組み伏せた。
「御覚悟召され、治部大輔様。御生涯遊ばせ召し」
脇差を抜き、新介は義元の喉元に突き立てた。その時、義元の抵抗に遭い、新介は指を噛み千切られた。だが、力を込めて白刃を首筋に押し込め、義元の息の根を止めた。
大動脈が切断され、鮮血が宙を舞った。返り血を浴びた新介の顔面が真っ赤に染まった。
「織田上総介三郎信長が家臣、毛利新介良勝っ、今川治部大輔義元殿の御首級、討ち取ったりっ!!」
新介は高々と誇らしげに宣言し、たった今討ち取った義元の鉄漿首を五月の天に掲げた。
「織田上総が家臣、毛利新介殿が、今川治部様が御首級頂戴仕ったぁぁっ」
味方に知らせるため、その場に居合わせた織田方の将兵が大声で叫んだ。
怒涛が沸き起こった。
今川勢は、総大将の討ち死にを知った途端戦意喪失となって、戦場から逃亡する者が現れた。
0
あなたにおすすめの小説
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる