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第二章
九
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「御屋形様っ、御味方の大勝利でございまする」
「応っ猿かぁっ。此度の戦の一番手柄は、義元が本陣の在処を知らせた梁田四郎左衛門じゃっ。皆の者、この上総介三郎信長に仕え、よく戦ってくれた。礼を申すっ!」
馬上の信長は満面の笑みを浮かべていた。
「エイエイオォォーッ!」
「エイエイオォォーッ!」
「エイエイオォォーッ!」
どこからともなく歓喜の声が上がった。
驟雨が止んだ青空に、織田勢の勝鬨が轟いた。
暫くすると、
「これより首実検を執り行う」
「生け捕りにした今川方の者をこれにっ」
誰彼なく言った。
毛利新介が討ち取った首級が、本当に今川義元の首かどうか確かめるのだ。
首台に乗せられた義元らしき男の首が、織田木瓜の陣幕の中で床机に腰掛ける信長の目の前に運ばれた。
「……斯様に肥った御仁とはのぉ……?」
信長は、目の前に運ばれて来た義元らしき人物の生首を見て、徐に口を開いた。
後ろ手に縛られ、腰縄を掛けられた甲冑武者と、数人の足軽雑兵が連行された。
甲冑武者は、義元の馬廻衆の一人だ。あとの足軽雑兵は、義元の輿を担いでいた者どもたちだ。
「其処許らに、ちと訊ねる。こちらの御首級、今川治部大輔殿のもので相違ないな」
織田家臣筆頭の林秀貞が訊ねた。
「……相違ござらん……御屋形様、さぞや御無念でござったと……御労しいや」
義元の生首と認めた今川方の武将は、その場で噎び泣いた。
「ふむ」
信長は顎を、甲冑武者の後ろに控える足軽どもに向けた。
「これ、その方らに訊ねおく。今川殿御首級で相違ないか」
秀貞が足軽の一人に訊ねる。
すると足軽は、
「間違いありません」
と、震えながら答えた。
毛利新介が討ち取った首が、今川義元のものに間違いないことを確かめると、丁重に首桶に入れられた。
「討ち死にした者の供養をっ」
信長は陣僧に命じ、清須城に向けて出立した。
総勢四万の今川方に勝利した織田勢は、信長を筆頭に意気揚々と凱旋する。
桶狭間山を出立した早馬が清須に到着したのは、西日が差し始めた申の刻(午後四時頃)だった。
「御味方大勝利っ、御味方大勝利っ!」
桶狭間の合戦での、織田勢の戦勝を知らせる声が城内に響いた。
祈祷場にて、戦勝を祈願する女たちの許にも、織田勢の勝利の一報は届いた、
「勝った……殿が勝った」
於市は、正室帰蝶と抱き合い、織田勢の勝利を喜び、その感動を分け合った。
「方々、こうしてはおられませぬ。皆で三郎殿を御出迎え致さねば」
信長の生母土田御前も、愛息を殺された恨みを忘れたかのように双眸を輝かせ言った。
それもその筈だ。もしも桶狭間の合戦で信長率いる織田勢が、今川勢に大敗を喫したら、忽ち尾張は飲み込まれ、蹂躙されてしまう。
少なくともこれで今川による東からの脅威は去り、織田は北へ目を向け、対斎藤に集中することが出来る訳だ。
正室帰蝶を始めとした女たちは、清須城本丸御殿で、凱旋する信長を出迎えた。
「殿、御味方の大勝利、おめでとうございます」
帰蝶が三つ指をつき、恭しく額ずき、夫信長を出迎えた。
「うん」
信長は小さく一度だけ頷くと、彼女の脇で片膝をつく小姓に太刀を預けた。既に兜は脱いでいる。
「おめでとうございます」
於市が従兄に言葉を掛けた。
「勝ったぞ市」
正室帰蝶には頷いただけだったのに、信長は愛妾の従妹には短いながらも言葉を掛けた。
「母上、勝ちましたぞ」
息子信長を無言で見詰める土田御前にも声を掛けると、そのまま信長は廊下を奥へ向かって歩き始めた。
於市は当世具足を身に纏った信長の後ろ姿から、視線を帰蝶へ移した。
帰蝶が悔しそうに唇を噛んでいるのが分かった。
「応っ猿かぁっ。此度の戦の一番手柄は、義元が本陣の在処を知らせた梁田四郎左衛門じゃっ。皆の者、この上総介三郎信長に仕え、よく戦ってくれた。礼を申すっ!」
馬上の信長は満面の笑みを浮かべていた。
「エイエイオォォーッ!」
「エイエイオォォーッ!」
「エイエイオォォーッ!」
どこからともなく歓喜の声が上がった。
驟雨が止んだ青空に、織田勢の勝鬨が轟いた。
暫くすると、
「これより首実検を執り行う」
「生け捕りにした今川方の者をこれにっ」
誰彼なく言った。
毛利新介が討ち取った首級が、本当に今川義元の首かどうか確かめるのだ。
首台に乗せられた義元らしき男の首が、織田木瓜の陣幕の中で床机に腰掛ける信長の目の前に運ばれた。
「……斯様に肥った御仁とはのぉ……?」
信長は、目の前に運ばれて来た義元らしき人物の生首を見て、徐に口を開いた。
後ろ手に縛られ、腰縄を掛けられた甲冑武者と、数人の足軽雑兵が連行された。
甲冑武者は、義元の馬廻衆の一人だ。あとの足軽雑兵は、義元の輿を担いでいた者どもたちだ。
「其処許らに、ちと訊ねる。こちらの御首級、今川治部大輔殿のもので相違ないな」
織田家臣筆頭の林秀貞が訊ねた。
「……相違ござらん……御屋形様、さぞや御無念でござったと……御労しいや」
義元の生首と認めた今川方の武将は、その場で噎び泣いた。
「ふむ」
信長は顎を、甲冑武者の後ろに控える足軽どもに向けた。
「これ、その方らに訊ねおく。今川殿御首級で相違ないか」
秀貞が足軽の一人に訊ねる。
すると足軽は、
「間違いありません」
と、震えながら答えた。
毛利新介が討ち取った首が、今川義元のものに間違いないことを確かめると、丁重に首桶に入れられた。
「討ち死にした者の供養をっ」
信長は陣僧に命じ、清須城に向けて出立した。
総勢四万の今川方に勝利した織田勢は、信長を筆頭に意気揚々と凱旋する。
桶狭間山を出立した早馬が清須に到着したのは、西日が差し始めた申の刻(午後四時頃)だった。
「御味方大勝利っ、御味方大勝利っ!」
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