傾国の女 於市

西村重紀

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第二章

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 桶狭間の合戦のあと、駿河今川氏は、三河松平氏の離反によって次第に落ちぶれて行った。東海道一の弓取りと謳われた義元の跡を継いだ嫡男の氏真は、武将としては全く器量なしで、易々と岡崎城の松平元康の離反を赦してしまったのだ。
 すると信長は、これまで対立関係になった岡崎松平氏と同盟を結び、完全に東の憂いを断つことに成功した。世に言う清須同盟である。この同盟が成立した時期は諸説あるが、この時期に松平元康から徳川家康へと改名している。
 永禄五年(一五六二)一月十五日松平元康改め徳川家康は、主だった家臣を引き連れ、清須城の織田信長の許を訪ねた。
 ここで信長と家康の両名は、清須城の本丸御殿で会見を行い、その後楼閣の上って眼下に広がる濃尾平野と三河の山野を見渡した。
「三河殿、某はこれより美濃斎藤を討ち、京へ上る。そこもとは東へ向かわれよ」
「……分かり申した」
「某が天下を取ったら、そこもとは某の家来となられよ。もしそこもとが天下を取ったならば某はそこもとの家臣になろう」
「承知仕った」
 家康は信長の目を見据えたまま小さく頷いた。
 この清須同盟は、天正十年(一五八二)六月二日、払暁、京本能寺にて信長が横死するまで破られることはなかった。
 清須同盟を成立させると、いよいよ本格的に信長は美濃攻めに取り掛かった。
 先ずその手始めとして、翌永禄六年(一五六三)、丹羽五郎左衛門尉長秀を奉行に命じ、尾張の北部のある独立峰小牧山に城を築いた。
 信長はこれを、
「火車輪城と名づけよ」
 と命じたと、『定光寺年代記』に記載されている。
 この小牧山城は、本格的な城下町を備えた城であり、多くの人々が移り住むことになった。
 時間は前後するが永禄四年(一五六一)五月十一日、美濃で異変が起こった。稲葉山城内で、当主の斎藤義龍が急死したのだ。死因については、毒殺、病死など様々な説があるが、有力な説としてハンセン病が原因で早死にしたと言う。

 永禄七年(一五六四)二月下旬。
 信長は、小牧山城の本丸主殿の寝所にて愛妾於市を抱いたあと、木下藤吉郎秀吉を召し寄せた。
 粉雪が舞い散る庭先で跪く秀吉に、信長は言葉を発した。
「猿っ、美濃稲葉山城を僅かの手勢のみで落としたと言う竹中半兵衛なる男を知っておるかっ!?」
「……存じ上げ奉らず」
 秀吉は知らないと正直に答えた。
 最前まで信長に抱かれたいた於市が、首筋に唇で吸われた痕をつけたまま現れた。
「早耳の猿殿にも知らないものがあるのですね」
「はい」
 秀吉は於市を目の前にして正直に頷いた。
「ただ、有体に申し上げますれば、彼の者の名は存じておりまする。されど一度も会ったことはございませぬ」
「猿、その者に会って参れ」
「はぁ……」
 些か解せぬと思い、秀吉は首を傾げた。
「何故に……」
「調略致せっ。彼の者をっ」
 信長は短く告げると、傍らに立つ於市の胸元に手を忍ばせ、乳房を揉みしだき始めた。
 庭先で額ずく秀吉は、見てはならぬものを見まいと凝っと耐え忍んだ。
「あぁあぁん……」
 於市の淫らな声が夜の静寂に木霊した。
 信長は彼女を抱き寄せ、そのまま寝所に戻った。
 宿直が障子を閉じると、
「仰せの儀、この藤吉郎秀吉、確と承りました」
「早よ、下がれ。下郎っ」
 信長は吐き捨てるように言い、愛妾於市の乳首を口の中に含んだ。
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