公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

セオドアとジェイデンの出会い②

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「すげーな、このお屋敷」


普段は近づいたこともない領主の屋敷の門の前で、セオドアは門番がわりの狼のゴーレムを見上げる。

柵越しの庭園は美しく整えられている。視界の端で、手入れをする庭師が薔薇を抱えていた。働く彼らを眺めていたところに、真上から声がかかる。

『何用だ』

門柱の上で突然動いたゴーレムに内心焦りながら、セオドアは父親である代官の印蝋の押してある手紙を掲げる。

「代官から、お前のご主人様への手紙を預かってきた。通せ」

門を守るように、両側の門柱に立っていたゴーレムが手紙の印蝋を確認し、門扉が人ひとり通れる程度開いた。
セオドアが通ると、すぐに門は閉じられた。
ゴーレムも、すぐに物言わぬ石の狼へと戻る。


来客が珍しいのか、遠目から庭師が不躾な視線を遣すのを不思議に思いながら、セオドアは邸へ足を向ける。
屋敷中に植えられている薔薇がちょうど季節を迎え、周囲に芳しい芳香を漂わせている。
普段は花に興味などないセオドアだが、門から延びる薔薇の生垣が見事で、美しい薔薇に思わず見入ってしまった。
近づいて、大輪の花弁についている朝露をぬぐう。

冷たい雫が心地よく指先を滑った。



「それはリューリーンという種だ。美しいだろう」


突然聞こえた声に、驚いて顔を上げる。

薔薇の生垣の後ろ。柔らかい芝生の上に子供が座ってこちらを見ていた。

(誰だ?気づかなかった)

セオドアは、声をかけられるまで自分がこの子供の気配に気づかなかったことに驚いた。
新米騎士とはいえ、予備学校を主席で卒業し、入団試験に受かった実力は伊達ではない。
趣味が森での魔物狩り、というセオドアは気配には人一倍敏感だと自負していた。


しかし。


(自信無くすな…なんだこの子供は)

この屋敷にいる子供だ。
よく考えれば、領主の息子以外にはあり得ないだろう。



(女の子?いや、男か…?)

子供は美しかった。
肩まである柔らかそうな金髪は、緩く巻いた毛先が子作りな顔を縁取っている。肌は白く滑らかそうで、薔薇色の頬は触れると柔らかそうだ。

(綺麗な子だけど…この子が本当に領主の息子か?)

子供が着ているのは、辺境でも貧しい村の子供たちが着ているような麻でできた簡素な貫頭衣だった。清潔に整えられてはいるが、およそ貴族の子弟が着るような服ではない。

セオドアが今着ている服でさえ、森に探索に入るつもりでいつもより頑丈な装備だが、この子供の服よりはよほど上質で、貴族として恥ずかしくない品だった。

つい訝しげな視線を送るセオドアに、子供は笑いながら近づいてきた。
立ち上がった子供は、思ったより背が高い。
そして、足音を立てない歩き方にセオドアは目を見張った。


「俺に用なんだろう。俺がジェイデン・ロンデナートだ。ゴーレムの声を聞いた。代官からの手紙をよこせ」

みすぼらしいなりだか、身のこなしは優雅だ。真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳は碧い。
セオドアはつい、手に持っていた手紙を素直に子供に渡してしまった。

(何してんだ、俺。こんな怪しい子供の言うこと聞いて)

はーっ、と深いため息が出る。
セオドアが我に返った時には、子供はもう手紙を開封していた。

予備学校への入学届けともに、代官であるテオドールからの手紙が同封されており、それを真剣に読んでいる。

必死に手紙を読む姿は、年相応に子供らしく。


(ちょっと可愛い…とか思ってねぇからな)


その姿を見下ろしながら、セオドアはまたひとつ、溜息をついた。
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