公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

王都へ⑥

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「へぇ、気が利くな」

部屋に戻ると、寝室の奥に備え付けられていた浴槽に湯が張られていた。2人が戻る時間に合わせ、マールが気を利かせて湯浴みの支度を整えていたようだ。

「湯が冷めないうちに先に使えよ」

そう促して、セオドアは部屋の角で丸まる魔狼たちを構いにいった。
休んでいたところを邪魔されて、2匹は迷惑そうだ。

「ああ、わかった」

ジェイデンはその言葉に答えて、先に寝室へ移動する。
寝台に腰をかけてブーツを脱ぎ、そのまま裸足で奥の浴室へ。服を脱ぎ、浴槽の脇に置かれていた椅子へ置く。
浴槽に浸かり、湯の中に身体を沈めた。
湯加減は丁度良く、湯には香油が落とされていて花のような香りがした。旅で疲れていた身体が溶かされるようだ。肩まで浸かり、少し強張っていた脹脛を揉む。

ジェイデンはしばらく目を閉じて、心地よさを堪能していた。

「ジェイデン」

湯の中でぼうっとしていたジェイデンは、かけられた声にはっとなる。

「ああ」

相槌を返すと、応接間から寝室を覗き込むようにセオドアが顔を出した。

「髪、洗ってやろうか」

そう言ってセオドアが袖を捲り上げながら近づいてくる。
ジェイデンは浴槽から見返すだけで返事をしない。その様子を無言の了承と受けとり、セオドアは小さく笑って置いてあった洗髪用石鹸を手に取った。
手のひらで泡立たせながら、ジェイデンの形良い頭へと手を伸ばす。慣れた手つきだ。

「目を閉じておけよ」

ジェイデンは髪を梳くように滑る手指を感じて、上を向いて目を瞑った。そのまま泡を髪全体へ広げてから、器用な指が地肌を絶妙な力加減で揉む。
頭に触れる指に、自分が子供に戻ったような気がしながらも、ジェイデンはされるがままだ。
こうやって甘やかされるのは、擽ったい気持ちになるが悪くは無い。

「流すから、そのままな」

セオドアは機嫌よく鼻歌を歌いながら桶を手に取った。
手際良く湯をかけながら、泡を落とすように髪を梳かれる。髪の間を優しくすべる指に、時折、背筋をぞくりとした小さな痺れが走り、ジェイデンは目を閉じたまま肩を震わせた。

「ん、動くなよ」

その様子に気づいているのか、セオドアの声音は楽しげだ。
少し悔しくなって薄く目を開けると、優しく見下ろす目と視線が合った。こんな風に見られる事には慣れていない。
思わず気まずさを感じて目を逸らしてしまい、その拍子に目に石鹸が入って顔をしかめた。
石鹸の刺激で涙が滲む。

「・・・しみる」

そんなジェイデンに、何やってんだと笑ってセオドアが顔を拭ってやった。








「先に寝てろよ」

宿に頼んで湯を交換してもらい、入れ替わるようにセオドアも湯を使う。セオドアが浴室から出てきた頃には、ジェイデンは寝台で横になっていた。
床で寝ていたはずのルーが寝台の上へと移動し、ジェイデンの足元に寝そべっている。

セオドアが出てきた事に気づいたギートが、部屋の端から主人をじっと見た。

「お前も来るか?」

セオドアは髪を拭きながら自分の寝台へ腰を下ろした。声をかけられたギートは起き上がって足元へ擦り寄ってくる。
それを片手で撫でてやりながら、その声で目を開けたジェイデンが寝台の中から視線を遣すのに気づく。
おやすみ、と部屋の灯りを小さくしてやると「ああ、おやすみ」と返ってきた。


セオドアは浴室の後始末を簡単に済ませると、寝る前の身支度を整えた。
残していた枕元の灯りも落とす。そのまま寝台に入り、先に潜り込んでいたギートを抱えると、セオドアも目を閉じた。

隣の寝台からは、ジェイデンの寝息が微かに聞こえてくる。夜中になり、窓の外の騒めきも落ち着いていた。静かな夜だ。

目を閉じると腕の中の温もりに誘われるよう、いつの間にかセオドアも眠りに落ちていた。











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