31 / 43
31 父の手には確かに傷跡があった
しおりを挟む
「判りましたよ嬢さん」
翌日、そう言ってきたのはドロイデだった。
「え、どうやって」
「食事時に、今日はちょっと珍しいドイツの料理ですから、ということで私が説明しながら色々出したんですがね、その時に左側にビールのジョッキを置いたんですよ。で、動きの鈍い私としては、がちゃん、と」
「! 凄いわありがとう! で、どうだったの?」
「左手の薄い布越しにも判る傷跡がありましたよ。ありゃ酷いですね。あれだけ盛り上がる程残っていたなら、私等だったら上手く料理がしづらくなる。まあそこは根性なんでしょうが、何ですかね? 私の見たところでは刃物傷ですが」
「その辺りはたぶん、フレドリック伯父様が何か思うところあるんだわ。私急いで電報打たなくちゃ」
「馬車出しますかね」
ひょい、と馬丁のサムウェルが顔を出す。
「旦那様の傷のことだったら俺に聞いてくれてもよかったのに」
「知ってたの?」
「そりゃあまあ、乗馬や狩りの後には手を洗うことが多いですからねえ。俺は別に気にしないと思ってたんじゃないですかね。あまり嬢さん達とのお喋りに加わらないし」
「じゃあ、お願いするわ。あ、でも買い出しも」
「あたしも行くよ。そもそも嬢さん、電信局が何処にあるか知らないでしょ」
ロッティがそう言って一緒に荷馬車に乗り込んできた。
*
伯父に出した文章は短いものだった。
それだけでも、彼の反応は酷く早かった。
何せ、翌日には電報が私のもとに来たのだから。
「感謝する。始末がつき次第そちらに向かう」
電報を打ってみて、その値段に驚いた。
だからこそ伯父は今の境遇の私に対しては、是否だけ送ってくれればいい、と手紙に書いてきたのだろう。
そしてすぐにこれだけの内容を返してくれるとは。
そして「始末がつき次第」。
向こうを引き払ってくるつもりだろうか。
私はその件をキャビン氏に伝えた。
すると彼は即座にやってきた。
「なるほど、向こうの知り合い同士は案外知り合い同士だった、という可能性が出てきたと」
「え、そういう意味なんですか?」
「少なくとも、フレデリック氏は男爵のその点のみに絞って聞いてきたのでしょう? だとしたら、まず男爵の顔だのは写真で何処かで見たことがある。だけど手は判らない。だから何か自分の決め手にはならなかった。けど父親は絶縁しているから問い合わせる相手としては難しい。――問題は、何故そこまでしてそれを知りたいか、なんですが」
「その辺りはきっと、フレデリック伯父様がやってきた時に明らかにしてくれるわ。そこは待つしかないのが歯がゆいけど」
「貴女本当に知りたい尽くしのひとなんですねえ」
キャビン氏は呆れた様に言った。
「え? それがそんなにおかしい?」
「まあ、何というか…… どっちかというと、学校で時々見たタイプですね。一つのことを追い始めると周囲が見えなくなる様な」
「……う」
それを言われたら、正直二の句が継げない。
「無論いい点も多いんですよ。集中力はあるし、根を詰めてでも何を会得しようとするから、自分流でも何でも、できるまで努力できる」
「まあ、嬢さんは元々は不器用でしたからねえ……」
ファデットはそっとため息をつく。
「え、そう思っていたの?」
「ええ。同じ歳でも、器用な子と違う子が居るんですが、正直、アリサ嬢さんは不器用な方でしたよ。覚えてません? 何度も縫い直ししたこととか、指刺したとか」
まあ、確かにあるけど。
「ミュゼットはその辺りが器用な方でしたから、アリサ嬢さんの半分以下の時間で同じくらいの技術を身につけられたんですよ。気合いもあったとは思いますがね」
やや複雑な気分になる。
「あー、確かに、皮むきも今じゃあずいぶん薄く、つなげてできる様になったけど、まあしばらくは手先が怖かったねえ」
ドロイデも言う。
「まあ、最終的にできる様になったんだからいいんですよ。それに忘れないでしょう? 覚えたことは」
「……はい」
本当に。
ぐうの音も出ない程に。
翌日、そう言ってきたのはドロイデだった。
「え、どうやって」
「食事時に、今日はちょっと珍しいドイツの料理ですから、ということで私が説明しながら色々出したんですがね、その時に左側にビールのジョッキを置いたんですよ。で、動きの鈍い私としては、がちゃん、と」
「! 凄いわありがとう! で、どうだったの?」
「左手の薄い布越しにも判る傷跡がありましたよ。ありゃ酷いですね。あれだけ盛り上がる程残っていたなら、私等だったら上手く料理がしづらくなる。まあそこは根性なんでしょうが、何ですかね? 私の見たところでは刃物傷ですが」
「その辺りはたぶん、フレドリック伯父様が何か思うところあるんだわ。私急いで電報打たなくちゃ」
「馬車出しますかね」
ひょい、と馬丁のサムウェルが顔を出す。
「旦那様の傷のことだったら俺に聞いてくれてもよかったのに」
「知ってたの?」
「そりゃあまあ、乗馬や狩りの後には手を洗うことが多いですからねえ。俺は別に気にしないと思ってたんじゃないですかね。あまり嬢さん達とのお喋りに加わらないし」
「じゃあ、お願いするわ。あ、でも買い出しも」
「あたしも行くよ。そもそも嬢さん、電信局が何処にあるか知らないでしょ」
ロッティがそう言って一緒に荷馬車に乗り込んできた。
*
伯父に出した文章は短いものだった。
それだけでも、彼の反応は酷く早かった。
何せ、翌日には電報が私のもとに来たのだから。
「感謝する。始末がつき次第そちらに向かう」
電報を打ってみて、その値段に驚いた。
だからこそ伯父は今の境遇の私に対しては、是否だけ送ってくれればいい、と手紙に書いてきたのだろう。
そしてすぐにこれだけの内容を返してくれるとは。
そして「始末がつき次第」。
向こうを引き払ってくるつもりだろうか。
私はその件をキャビン氏に伝えた。
すると彼は即座にやってきた。
「なるほど、向こうの知り合い同士は案外知り合い同士だった、という可能性が出てきたと」
「え、そういう意味なんですか?」
「少なくとも、フレデリック氏は男爵のその点のみに絞って聞いてきたのでしょう? だとしたら、まず男爵の顔だのは写真で何処かで見たことがある。だけど手は判らない。だから何か自分の決め手にはならなかった。けど父親は絶縁しているから問い合わせる相手としては難しい。――問題は、何故そこまでしてそれを知りたいか、なんですが」
「その辺りはきっと、フレデリック伯父様がやってきた時に明らかにしてくれるわ。そこは待つしかないのが歯がゆいけど」
「貴女本当に知りたい尽くしのひとなんですねえ」
キャビン氏は呆れた様に言った。
「え? それがそんなにおかしい?」
「まあ、何というか…… どっちかというと、学校で時々見たタイプですね。一つのことを追い始めると周囲が見えなくなる様な」
「……う」
それを言われたら、正直二の句が継げない。
「無論いい点も多いんですよ。集中力はあるし、根を詰めてでも何を会得しようとするから、自分流でも何でも、できるまで努力できる」
「まあ、嬢さんは元々は不器用でしたからねえ……」
ファデットはそっとため息をつく。
「え、そう思っていたの?」
「ええ。同じ歳でも、器用な子と違う子が居るんですが、正直、アリサ嬢さんは不器用な方でしたよ。覚えてません? 何度も縫い直ししたこととか、指刺したとか」
まあ、確かにあるけど。
「ミュゼットはその辺りが器用な方でしたから、アリサ嬢さんの半分以下の時間で同じくらいの技術を身につけられたんですよ。気合いもあったとは思いますがね」
やや複雑な気分になる。
「あー、確かに、皮むきも今じゃあずいぶん薄く、つなげてできる様になったけど、まあしばらくは手先が怖かったねえ」
ドロイデも言う。
「まあ、最終的にできる様になったんだからいいんですよ。それに忘れないでしょう? 覚えたことは」
「……はい」
本当に。
ぐうの音も出ない程に。
134
あなたにおすすめの小説
押し付けられた仕事は致しません。
章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。
書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。
『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?
歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」
コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。
プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。
思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。
声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。
そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。
しかしその婚約は、すぐに破談となる。
ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。
メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。
ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。
その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる