23 / 38
第23話 ラテとフェルリはトモレコルの屋敷へ行く
しおりを挟む
皇宮から戻ると、三兄弟も学問所に戻ってきていた。
長男はそれでも、講義の時間が終わればそそくさと帰っていく。なかなかラテは彼を呼び止めて話をすることができなかった。
「でもさ」
フェルリは言う。
「何を話するんだ?」
「うーん」
考えてみれば、エガナの家で育てられている子供、フェルリのきょうだいということになっている今、共通の話題がある訳でもない。
下手に従兄弟だ何だと言わずに。
「ただ友達になりたいだけ、っていうのはどうすればいいんだろ?」
「そうだなあ……」
「おや、トモレコルはもう帰ったのかね?」
トバータ教師は戸を開け、辺りを見渡すとそう言った。
「終わったら最近はもう一目散ですよ」
「付き合いが悪くなったよなー」
「元々あいつは弟達が心配で仕方ないんだよ」
口々に好きなことを言う。教師も「そうだな」とため息をつくしかできない。
「それでは誰か伝言を頼めるかな。明日は学問所全体が急に休みになってしまったと」
「あ、俺行きます」
そこでひょい、と手を挙げたのがフェルリだった。ラテはそのタイミングに目をみはった。
「おお行ってくれるか。ではその時にこれも頼む」
その場でさらさらと教師は生徒用の紙に何やらと書き付ける。
「これは何ですか?」
「うん。皆も聞きなさい。休みの代わりに、明日は皆家で一枚の紙に読本の好きな話を書き写してくること!」
「話!」
彼等が使っている読本は、幾つかの小さな物語が載っている。読むだけでなく、綴りの練習にもそれは活用される。
「一枚の紙」はなかなかに書きでがあるものだった。練習用に使われるものは決して質の良いものではない。一度使った紙を一度溶かして梳き直した「紙屋の紙」である。
少年達はやはり近年安価で出回りはじめた細い炭筆を使って綴りを学ぶ。ただその炭筆は消すことができないので、書き写しには皆慎重になる。
そしてこれらの紙もまた回収され、やがてまたもっと色の濃い紙になって行くのである。
最も悪い質の紙を必要とするのは副帝都では本の出版業だった。いや、良い紙を必要とする業者もある。だが大量に必要とするのは悪い紙の方だった。
字が読める程度の人々の楽しみとなる冊子。それらが版木を使って刷られ、市場に出回りつつあった。
なお、彼等が使っている「読本」は「良い紙」を使用している。製本も良く、ちょっとやそっとのことでは壊れも破れもしない。
それだけにその本は彼等固有の持ち物にはならない。その年だけの借り物である。中にはそれを持ち出して売りさばこうとした者も居たが、そのための「良い紙」だった。何より帝国のお墨付きが付けられていた。これは何処の地方の学問所でも同じだった。副帝都に限らない。
そして一年、もしくはその本をきっちり学び尽くしたと判断されたところで学問所に戻される。そしてまた次の者に渡されるのだ。
「読本は持っていっているのかな、トモレコルは」
彼の机の蓋を開けた一人が「入ってません。そのようです」と答えた。
「では伝言だけ頼む」
「判りました」
行こうぜ、とフェルリはラテの腕を掴んで外へと飛び出した。
「どうしたの一体」
「友達になりたいなら、きっかけからさ。それにあいつの家のこと知りたいんだろ?」
「うん」
「ちょうどいい!」
あわわわ、と引っ張られ、ペースを乱されつつも、ラテは何とかフェルリについて行った。
*
「大きな家だなあ」
「いやそれより、何か横に長い家だよなあ」
門は格別鍵が掛かっている様子はなかった。
敷地内に入ると、目に入ったのが、広い芝生の広がる庭と、無性に横に長い建物だった。駆け回ったり転がったりしたら気持ちいいだろうな、とラテは思う。
副帝都に来てからというもの、迷路の様な街中を走ることはあっても、緑の芝生の上はご無沙汰だったのだ。
それまで住んでいた後宮には緑が多かった。あちこちの館へ行く時には常に美しく整えられた花々と、綺麗に刈り込まれた芝生と。小さな頃は本当にころころと転がり回ってエガナを困らせたものだった。
そんなことを思っていると、フェルリが先に扉につけられていた呼び鈴を鳴らす。
すぐに使用人の女性が出てきた。
「おやおやどなた?」
「学問所のレク君の同級でフェルリ・タバイと言います。こっちはきょうだいのラテです」
「まあまあ。坊ちゃま達なら、今は離れの方にいらっしゃるのだけど。どうしましょうね」
柔らかな笑顔のまだ若い――― エガナよりは確実に―――使用人は、二人に待ってて欲しい、と頼み、ぱたぱたと廊下を早足で歩いていった。
彼女は戻ってきた時、もう一人、もっと若い女中を連れてきた。どうやらあまり彼等と歳が変わらない様な。
「マリャータ、坊ちゃん方のところへこのお二人をお連れしてちょうだい」
「え? 何であたしが!」
「貴女そもそもサーレクル様のお付きでしょう? 使用人部屋で無駄話しているよりは向こうへ行ってらっしゃい」
「はあい……」
肩をすくめ、こっちですよ、とマリャータと呼ばれた年少の女中は外へと駆けだしていった。
ラテとフェルリはいきなり駆けだした彼女の足についていけるのか、一瞬不安になりつつも追いかけだした。
長男はそれでも、講義の時間が終わればそそくさと帰っていく。なかなかラテは彼を呼び止めて話をすることができなかった。
「でもさ」
フェルリは言う。
「何を話するんだ?」
「うーん」
考えてみれば、エガナの家で育てられている子供、フェルリのきょうだいということになっている今、共通の話題がある訳でもない。
下手に従兄弟だ何だと言わずに。
「ただ友達になりたいだけ、っていうのはどうすればいいんだろ?」
「そうだなあ……」
「おや、トモレコルはもう帰ったのかね?」
トバータ教師は戸を開け、辺りを見渡すとそう言った。
「終わったら最近はもう一目散ですよ」
「付き合いが悪くなったよなー」
「元々あいつは弟達が心配で仕方ないんだよ」
口々に好きなことを言う。教師も「そうだな」とため息をつくしかできない。
「それでは誰か伝言を頼めるかな。明日は学問所全体が急に休みになってしまったと」
「あ、俺行きます」
そこでひょい、と手を挙げたのがフェルリだった。ラテはそのタイミングに目をみはった。
「おお行ってくれるか。ではその時にこれも頼む」
その場でさらさらと教師は生徒用の紙に何やらと書き付ける。
「これは何ですか?」
「うん。皆も聞きなさい。休みの代わりに、明日は皆家で一枚の紙に読本の好きな話を書き写してくること!」
「話!」
彼等が使っている読本は、幾つかの小さな物語が載っている。読むだけでなく、綴りの練習にもそれは活用される。
「一枚の紙」はなかなかに書きでがあるものだった。練習用に使われるものは決して質の良いものではない。一度使った紙を一度溶かして梳き直した「紙屋の紙」である。
少年達はやはり近年安価で出回りはじめた細い炭筆を使って綴りを学ぶ。ただその炭筆は消すことができないので、書き写しには皆慎重になる。
そしてこれらの紙もまた回収され、やがてまたもっと色の濃い紙になって行くのである。
最も悪い質の紙を必要とするのは副帝都では本の出版業だった。いや、良い紙を必要とする業者もある。だが大量に必要とするのは悪い紙の方だった。
字が読める程度の人々の楽しみとなる冊子。それらが版木を使って刷られ、市場に出回りつつあった。
なお、彼等が使っている「読本」は「良い紙」を使用している。製本も良く、ちょっとやそっとのことでは壊れも破れもしない。
それだけにその本は彼等固有の持ち物にはならない。その年だけの借り物である。中にはそれを持ち出して売りさばこうとした者も居たが、そのための「良い紙」だった。何より帝国のお墨付きが付けられていた。これは何処の地方の学問所でも同じだった。副帝都に限らない。
そして一年、もしくはその本をきっちり学び尽くしたと判断されたところで学問所に戻される。そしてまた次の者に渡されるのだ。
「読本は持っていっているのかな、トモレコルは」
彼の机の蓋を開けた一人が「入ってません。そのようです」と答えた。
「では伝言だけ頼む」
「判りました」
行こうぜ、とフェルリはラテの腕を掴んで外へと飛び出した。
「どうしたの一体」
「友達になりたいなら、きっかけからさ。それにあいつの家のこと知りたいんだろ?」
「うん」
「ちょうどいい!」
あわわわ、と引っ張られ、ペースを乱されつつも、ラテは何とかフェルリについて行った。
*
「大きな家だなあ」
「いやそれより、何か横に長い家だよなあ」
門は格別鍵が掛かっている様子はなかった。
敷地内に入ると、目に入ったのが、広い芝生の広がる庭と、無性に横に長い建物だった。駆け回ったり転がったりしたら気持ちいいだろうな、とラテは思う。
副帝都に来てからというもの、迷路の様な街中を走ることはあっても、緑の芝生の上はご無沙汰だったのだ。
それまで住んでいた後宮には緑が多かった。あちこちの館へ行く時には常に美しく整えられた花々と、綺麗に刈り込まれた芝生と。小さな頃は本当にころころと転がり回ってエガナを困らせたものだった。
そんなことを思っていると、フェルリが先に扉につけられていた呼び鈴を鳴らす。
すぐに使用人の女性が出てきた。
「おやおやどなた?」
「学問所のレク君の同級でフェルリ・タバイと言います。こっちはきょうだいのラテです」
「まあまあ。坊ちゃま達なら、今は離れの方にいらっしゃるのだけど。どうしましょうね」
柔らかな笑顔のまだ若い――― エガナよりは確実に―――使用人は、二人に待ってて欲しい、と頼み、ぱたぱたと廊下を早足で歩いていった。
彼女は戻ってきた時、もう一人、もっと若い女中を連れてきた。どうやらあまり彼等と歳が変わらない様な。
「マリャータ、坊ちゃん方のところへこのお二人をお連れしてちょうだい」
「え? 何であたしが!」
「貴女そもそもサーレクル様のお付きでしょう? 使用人部屋で無駄話しているよりは向こうへ行ってらっしゃい」
「はあい……」
肩をすくめ、こっちですよ、とマリャータと呼ばれた年少の女中は外へと駆けだしていった。
ラテとフェルリはいきなり駆けだした彼女の足についていけるのか、一瞬不安になりつつも追いかけだした。
0
あなたにおすすめの小説
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる