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第26話 男達は尽きぬ話にとめどなく
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ややして、涼の元に、正頼から文が届く。
「お祝いに参上したいとは思うのですが、持病の脚気でどうにもこうにも。
そこに息子達が居りましょう。私の代わりに何か雑役でもさせてやって下さい」
「おやまあ、大殿は来られないのか」
涼は了解した、とばかりに返事をすぐに用意する。
「了解致しました。おいで下さらないので、皆大変寂しそうでございます」
などと書いて使いの者に渡す。
正頼が来ないのが判ったからなのかどうなのか、さて、と涼は色紙に碁手を多く包ませて皆それぞれに配った。
「涼さんの宝は皆で今晩賭け碁で取ってやろうよ」
仲忠は楽しそうに皆に呼びかける。皆で賭け碁が始まった。
涼は「負けた」と言っては碁手を相手の結び袋に入れる。またその入れ方が鷹揚なものだったので、相手をしていた仲忠の餌袋が一杯になってしまった。入れすぎだ、と仲忠は笑うが無論涼はそんなことは気にしない。仲忠は碁手入りの大きな餌袋を二つ持つ羽目になってしまった。
それを見た、負け組の男達は仲忠の元に近付いて「いいじゃないか用立ててくれ」と欲しがるのだが、そこはそこ。仲忠は首を縦には振らない。
「駄目ですよ。だってこれ、僕が今度負けた時に使うぶんですもん」
そう言われては皆も引き下がるしかなかった。ちなみにその中に入っていたのは黄金の銭だった。
*
正頼が来ない、ということで若い公達は 銘々好きずきに酒を酌み交わす。
高位高官、えらい人が居ない、ということで皆気も緩んでいるのか、座った足も崩しまくり、色んな遊びに興じていた。
そんな中、仲忠は一人、東の簀子に立って柱に寄りかかるって奥の方を見やる。
すると御簾を二尺ばかり巻き上げた所に、赤や青の唐衣の上に草で摺って模様を出した綾の裳をまとった四十人ばかりの女房が並んでいる。
この夜の歌を書いたり詠んだり、中にはそれをああだこうだと議論している者も居る。
童も十人余りが、青色の五重襲、綾掻練の袙に三重襲の袴を着て、大人達の前ごとに白い銭を置いたりしている。
簀子には間ごとに灯籠が掛けられ、所々に蘇芳の大きな櫃に火を起こし、銀の箸を添えて据えている。
東の渡殿にはすみ物などが棚に置かれている。
やがて、紀伊守である種松が、自国の部下達を引き連れてやってきた。
さあさあと引き出されたものは、まずはざっくりと藁などに「あらまき」。その中には鮭が十匹そっくり入れられている。
鯉には大角豆と鯛。雉と鯉を一緒にしたものには大角豆を三つで一枝に、鳩は大角豆二つと一緒にして捧げられた。
どれも暖かな紀伊国の産物であり、冬にはありがたいものである。
加えて銀製の餌袋には、貴重な蜜と甘葛を入れている。
種松はそれらを東の渡殿に持って来させて並べ立てた。
また種松の北の方からは、衝重が三つ、高坏に台のついたものが四つと、口を結んだ壺四つが祝い物として贈られる。
そちらは涼夫妻の御座所のある場所の簀子にずらりと並べられた。
器を開けてみると、中には鰹や壺焼きの鮑や海松や甘海苔が入っていた。
そんな中、仲忠はふらりと廂の中へ入って行った。
中の女房達はさすがに驚く。そんな彼女達に仲忠はさらりと。
「いいじゃないですか。僕と君等はお互いに奥の方に入ることを許し合った仲でしょ」
などと言ってのける。
仲忠は女達をかわしつつ、辺りをざっと見る。母屋の簾の前にはあちこちからの産養の祝い物が届いているのが判る。正頼や左大臣忠雅、それに種松からのものもある。
特に種松からのものは他に比べる物が無い程に素晴らしい。
御簾の内には、産屋らしく白装束をまとった女性達も多く居る。
仲忠はその女性――― いや、女主人たる今宮に話しかける。
「もうこんな、お子さんをお抱きになる様な大人になってしまったんですね。それに比べて僕は。恥ずかしいくらいです」
すると奥の方から呆れた様な声が返って来る。
「あら、そちらの方がよっぽどお子さんは良く見てるはずじゃあなくって?」
「おや、恥ずかしがって直接お声を聞かせてくれることなぞ無いという評判ですけど、今日はそうではないんですね」
くすくす、と仲忠は笑う。元々彼は涼から開けっぴろげな今宮の性格については良く聞いていたので、今更、という気分だった。
「兵衛府の誰かさんはやって来ましたか?」
彼女に思いを未だに寄せているという者の名をさりげなく出してみる。
「さーあ。おっしゃることがさっぱり判りませんわ。だいたい涼さまのお友達とは言え、ここにざっくり乗り込んで来るのは失礼じゃあないですの?」
今宮は素っ気なく返す。まあそんなものだろう、と仲忠も思う。
「僕は近くで衛る近衛の大将だもの。構わないんだ。そうでなくてどうしてこんなところまでやって来るって言うの」
呆れた、とばかりに簾の向こう側が動く様子が伺える。簾の前の衝重には、四寸くらいの銀の皿に果物が皿の大きさより高く積まれている。
その辺りがそっと動くと、簾の内側から盃が差し出される。
「―――この先幾年経っても二度とはないことでしょうね。こんな風に幾千万かけてあなたに祝杯を差し上げることは―――」
その様な歌が添えられたので、仲忠もすかさず返す。
「―――そんなことないですよ。度々これからも産養の祝杯をいただくことでしょう。まあそれにはまず、最初のお子さんをみせてくれなくちゃ」
「ところで、何か騒がしいけど、何の役目のひと?」
仲忠は女房達に問いかける。すると一人がこそっと口にする。
「お酒を呑まない方をとっちめようというのですわ」
そうそう、と周囲の女房達も同意する。
「あ、大将!」
南の方から宮はた君の声がする。
「どうしたの」
「大将さまー、父上が盗みを致しますー。ここにあるものを盗ろうとするんですよー」
仲忠は無論、子供の言い分をそのままの意味には取ってはいなかったが、何と言っても酔いの場である。
「宮はた君ー、盗みをする様なお父上は打ってしまえばいいよ、早く早く」
そう笑って言って許されるのだ。
そして御簾の内側からは呑んでも呑んでも仲忠のもとに杯が差し出される。
仲忠も閉口し。
「―――杯が廻っては自分の所に来る回数を数えると万世ともなるように、あなたの栄をお知らせしようとしても、どの位続くか判りませんよ」
ちなみにこの時、御簾の中には今宮のきょうだい達がずらりと並んでいた。彼等は仲忠の戯れ言を聞くと、ここぞとばかりに杯を薦めてくる。
「えらく面倒なところに来たものだよ」
さすがに仲忠も音を上げ、そう言って立ち去ろうとする。
すると式部卿宮の北の方が、涼の持つ世にも名高い琵琶をさらりとかき鳴らしてから御簾の外に押し出してきた。
「おや、これは話に聞く名高い琵琶ですね」
琵琶ならば、というのか、仲忠はそれを手に取ると、先日髫髮《うない》達が歌っていた歌を大層面白い調子で弾いてみせる。
「あああの子は何処かなあ、こういう時こそあの扇拍子がよく似合ってるのに」
そう言って、弾きながら仲忠は立ち上がる。すると兵衛の君が彼の前に立ち塞がって引き留める。
「こういう所にお入りになったからにはそのままお帰りになるなんてあんまりですわ」
「ううんもう、面倒だな。まるで猿にわらわら群がられたみたいじゃないの」
「あらそれはあなた様の舎人ですわ」
「うるさい随身だなあ」
そう言っているうちに、再び内から何かが差し出される。
今度は綾掻練の黒いまでに深みのある赤の一重に、薄い紫の織物の細長が一重、それに三重襲の袴が一重である。実に美しいそれらの着物を中将の君が受け取り、仲忠に、とかずけ渡した。
仲忠は女房達が歌を書き付けた硯のある所へ行くと、筆を取り、懐紙に何やらさらさらと書くと、腰に結びつけた。
そして高欄の辺りで押し掛かっている「これ君《こそ》」のところへ向かった。
「やあ」
「た、大将さま」
これ君は驚いて急に返事もできない。そんな様子には構わずに仲忠は囁く。
「この間君に会った時はまだ知らなかったからそのまま別れたけど、これからは宜しく」
そう言って仲忠はたった今貰ったばかりの被物をそっとこれこそに与えた。そのまま近くの階からそっと降りて出て行こうとする。
だがそれを目聡く見つけた者が居た。涼である。彼は裸足で南の階から降りてくると、素早く仲忠に追いつく。
「捕まえた」
「涼さんか。見つからないと思ったんだけどな」
「奥まで入っていったというのに何を言ってているの。舎人の山の法師の様だよ」
そう言ってまた引き戻そうとする。
「知らない場所じゃなし。知らない人ばかりという訳でもなし。そうそそくさと帰ろうとばかりするというのはね」
仲忠は苦い顔をする。
「それに凄く上つ方が居るという訳でもなし。大納言忠俊どのだってお互いに親しい仲だから皆でごろごろしながら昔語りやらこの先々の契りも交わしたりしているよ」
「僕はただ、これ君と話をしたかっただけなんだけどな」
「おや」
「簀子で見つけたものだから、こちら側に来てみたものの、そうしたら女房達に見つかってしまうわ、酒を勧められすぎるわ」
「それで困り果てて逃げ出した?」
あはは、と涼は笑う。
「でも仕方ないねえ、今日は私のところのお祝いなのだから、そう簡単に逃げ出してもらっても困るよ」
そう言って涼は再び仲忠を引き戻す。
二人が正頼の息子達三人が揃っている所へと参入してしばらく話をしていると、亡くなった仲純の次の弟で、現在は内蔵頭で蔵人の地位にある基純が杯を持ってそこに現れた。
彼は仲純に負けず劣らずの姿かたちや心ばえの持ち主であったが、兄とやや違ったのは、類い希なる色好みのところであった。
仲忠はそんな彼がやって来たのを見て言う。
「基純《もとずみ》を見てると、宮中の憂さもみんな晴れてしまうくらいだな」
「そうそう、そのくらい美しい」
そんな、と多少の謙遜は見せるが、その様子もまた慣れたものである様だった。
「ねえ基純さん、前々から御仏名が終わったら参内する様に僕、言われてるんだけど、なかなか行けなくて。できればお上に折があったら、『病気で参内できない様です』とでも奏上しておいてくれませんか」
基純はあっさりと了承する。彼は彼で仲忠のことは非常に好ましく思っているのだ。
「ああ良かった。気がかりだったんだ。基純さんだったら安心安心。ところで、こういう席では、あのひとのことを皆さん、思い出さないですか」
仲忠は問いかける。ああ、と皆合点がいったようにうなづく。
「今は水尾に住む仲頼さんが居たならば、もっと趣深いことを色々とできたのに、とこういう席があるとつい思い出してしまうんだ」
「そういう意味では、藤壺の御方には多少罪があるね」
涼がそれを受けて続ける。
「昔から人を悩ませるために生まれてきたような方だ。私なぞ、おかげで一生が台無しですよ。今では仲頼さんと比べても、単に出家するかしないか程度の違いでしかないよ」
「涼さんも酔ってるね」
「酔わなくとも、私の口癖であることは君が一番知ってるだろう? 君だって偉そうなこと言っているけど」
涼は言葉を濁し、ふっと笑った。
「おっしゃる通り。僕は賢人ぶる愚か者だもの」
「ほら見て。向こうで平中納言どのも苛々しているよ」
ああ成る程、と二人の会話を側で聞いていた人々は一人合点してうなづいたり、口々に「そうだったのか」などとつぶやいたりする。
そんな外での言葉を、御簾の内に居る藤壺のきょうだい達は微妙な気持ちで聞くしかなかった。
「ああもう、今宵は散々な目にあいましたよ」
宰相中将祐純はぼやく。
「碁にひどい負け方をしてしまったので、うちの子が大声揚げて泣くだろうと思って碁代をちょっと失敬して借りたら、この父を盗人呼ばわりするのに大声を揚げられてしまったよ」
「ずいぶん多くお持ちで」
「まあ、な」
実際少々多めに盗ませてあるからまだこれだけあるのだ、と祐純はこそっと問うた者に耳打ちする。
「宮はた君は立派ですよ。僕もこの間不思議に仲良くなって契りまで結んでしまったんですからね」
仲忠は先日の殿上の間で宮はたと語り合ったことをほのめかす。すると祐純は慌てて問いかける。
「どんな契りだね」
「いや、それは内緒です」
「それはもう、うらやましい限りですな」
そんな他愛ない会話を交わしているうちに、時が経ち、暁が来てしまった。
再び酒宴が始まり、御簾の内から君達からの被物が差し出される。それを涼が受け取ると、客人達へと渡すこととなる。
赤色の唐衣、綾掻練の綾摺の裳、三重襲の袴といったものに赤子の衣類や肌着を添えたものを。
殿上人には細長の着物、袷の袴など様々なものを渡す。
涼の伯母である西の方からも袿一重、唐綾の掻練、袷の袴などを上達部や殿上人にも贈られた。
「お祝いに参上したいとは思うのですが、持病の脚気でどうにもこうにも。
そこに息子達が居りましょう。私の代わりに何か雑役でもさせてやって下さい」
「おやまあ、大殿は来られないのか」
涼は了解した、とばかりに返事をすぐに用意する。
「了解致しました。おいで下さらないので、皆大変寂しそうでございます」
などと書いて使いの者に渡す。
正頼が来ないのが判ったからなのかどうなのか、さて、と涼は色紙に碁手を多く包ませて皆それぞれに配った。
「涼さんの宝は皆で今晩賭け碁で取ってやろうよ」
仲忠は楽しそうに皆に呼びかける。皆で賭け碁が始まった。
涼は「負けた」と言っては碁手を相手の結び袋に入れる。またその入れ方が鷹揚なものだったので、相手をしていた仲忠の餌袋が一杯になってしまった。入れすぎだ、と仲忠は笑うが無論涼はそんなことは気にしない。仲忠は碁手入りの大きな餌袋を二つ持つ羽目になってしまった。
それを見た、負け組の男達は仲忠の元に近付いて「いいじゃないか用立ててくれ」と欲しがるのだが、そこはそこ。仲忠は首を縦には振らない。
「駄目ですよ。だってこれ、僕が今度負けた時に使うぶんですもん」
そう言われては皆も引き下がるしかなかった。ちなみにその中に入っていたのは黄金の銭だった。
*
正頼が来ない、ということで若い公達は 銘々好きずきに酒を酌み交わす。
高位高官、えらい人が居ない、ということで皆気も緩んでいるのか、座った足も崩しまくり、色んな遊びに興じていた。
そんな中、仲忠は一人、東の簀子に立って柱に寄りかかるって奥の方を見やる。
すると御簾を二尺ばかり巻き上げた所に、赤や青の唐衣の上に草で摺って模様を出した綾の裳をまとった四十人ばかりの女房が並んでいる。
この夜の歌を書いたり詠んだり、中にはそれをああだこうだと議論している者も居る。
童も十人余りが、青色の五重襲、綾掻練の袙に三重襲の袴を着て、大人達の前ごとに白い銭を置いたりしている。
簀子には間ごとに灯籠が掛けられ、所々に蘇芳の大きな櫃に火を起こし、銀の箸を添えて据えている。
東の渡殿にはすみ物などが棚に置かれている。
やがて、紀伊守である種松が、自国の部下達を引き連れてやってきた。
さあさあと引き出されたものは、まずはざっくりと藁などに「あらまき」。その中には鮭が十匹そっくり入れられている。
鯉には大角豆と鯛。雉と鯉を一緒にしたものには大角豆を三つで一枝に、鳩は大角豆二つと一緒にして捧げられた。
どれも暖かな紀伊国の産物であり、冬にはありがたいものである。
加えて銀製の餌袋には、貴重な蜜と甘葛を入れている。
種松はそれらを東の渡殿に持って来させて並べ立てた。
また種松の北の方からは、衝重が三つ、高坏に台のついたものが四つと、口を結んだ壺四つが祝い物として贈られる。
そちらは涼夫妻の御座所のある場所の簀子にずらりと並べられた。
器を開けてみると、中には鰹や壺焼きの鮑や海松や甘海苔が入っていた。
そんな中、仲忠はふらりと廂の中へ入って行った。
中の女房達はさすがに驚く。そんな彼女達に仲忠はさらりと。
「いいじゃないですか。僕と君等はお互いに奥の方に入ることを許し合った仲でしょ」
などと言ってのける。
仲忠は女達をかわしつつ、辺りをざっと見る。母屋の簾の前にはあちこちからの産養の祝い物が届いているのが判る。正頼や左大臣忠雅、それに種松からのものもある。
特に種松からのものは他に比べる物が無い程に素晴らしい。
御簾の内には、産屋らしく白装束をまとった女性達も多く居る。
仲忠はその女性――― いや、女主人たる今宮に話しかける。
「もうこんな、お子さんをお抱きになる様な大人になってしまったんですね。それに比べて僕は。恥ずかしいくらいです」
すると奥の方から呆れた様な声が返って来る。
「あら、そちらの方がよっぽどお子さんは良く見てるはずじゃあなくって?」
「おや、恥ずかしがって直接お声を聞かせてくれることなぞ無いという評判ですけど、今日はそうではないんですね」
くすくす、と仲忠は笑う。元々彼は涼から開けっぴろげな今宮の性格については良く聞いていたので、今更、という気分だった。
「兵衛府の誰かさんはやって来ましたか?」
彼女に思いを未だに寄せているという者の名をさりげなく出してみる。
「さーあ。おっしゃることがさっぱり判りませんわ。だいたい涼さまのお友達とは言え、ここにざっくり乗り込んで来るのは失礼じゃあないですの?」
今宮は素っ気なく返す。まあそんなものだろう、と仲忠も思う。
「僕は近くで衛る近衛の大将だもの。構わないんだ。そうでなくてどうしてこんなところまでやって来るって言うの」
呆れた、とばかりに簾の向こう側が動く様子が伺える。簾の前の衝重には、四寸くらいの銀の皿に果物が皿の大きさより高く積まれている。
その辺りがそっと動くと、簾の内側から盃が差し出される。
「―――この先幾年経っても二度とはないことでしょうね。こんな風に幾千万かけてあなたに祝杯を差し上げることは―――」
その様な歌が添えられたので、仲忠もすかさず返す。
「―――そんなことないですよ。度々これからも産養の祝杯をいただくことでしょう。まあそれにはまず、最初のお子さんをみせてくれなくちゃ」
「ところで、何か騒がしいけど、何の役目のひと?」
仲忠は女房達に問いかける。すると一人がこそっと口にする。
「お酒を呑まない方をとっちめようというのですわ」
そうそう、と周囲の女房達も同意する。
「あ、大将!」
南の方から宮はた君の声がする。
「どうしたの」
「大将さまー、父上が盗みを致しますー。ここにあるものを盗ろうとするんですよー」
仲忠は無論、子供の言い分をそのままの意味には取ってはいなかったが、何と言っても酔いの場である。
「宮はた君ー、盗みをする様なお父上は打ってしまえばいいよ、早く早く」
そう笑って言って許されるのだ。
そして御簾の内側からは呑んでも呑んでも仲忠のもとに杯が差し出される。
仲忠も閉口し。
「―――杯が廻っては自分の所に来る回数を数えると万世ともなるように、あなたの栄をお知らせしようとしても、どの位続くか判りませんよ」
ちなみにこの時、御簾の中には今宮のきょうだい達がずらりと並んでいた。彼等は仲忠の戯れ言を聞くと、ここぞとばかりに杯を薦めてくる。
「えらく面倒なところに来たものだよ」
さすがに仲忠も音を上げ、そう言って立ち去ろうとする。
すると式部卿宮の北の方が、涼の持つ世にも名高い琵琶をさらりとかき鳴らしてから御簾の外に押し出してきた。
「おや、これは話に聞く名高い琵琶ですね」
琵琶ならば、というのか、仲忠はそれを手に取ると、先日髫髮《うない》達が歌っていた歌を大層面白い調子で弾いてみせる。
「あああの子は何処かなあ、こういう時こそあの扇拍子がよく似合ってるのに」
そう言って、弾きながら仲忠は立ち上がる。すると兵衛の君が彼の前に立ち塞がって引き留める。
「こういう所にお入りになったからにはそのままお帰りになるなんてあんまりですわ」
「ううんもう、面倒だな。まるで猿にわらわら群がられたみたいじゃないの」
「あらそれはあなた様の舎人ですわ」
「うるさい随身だなあ」
そう言っているうちに、再び内から何かが差し出される。
今度は綾掻練の黒いまでに深みのある赤の一重に、薄い紫の織物の細長が一重、それに三重襲の袴が一重である。実に美しいそれらの着物を中将の君が受け取り、仲忠に、とかずけ渡した。
仲忠は女房達が歌を書き付けた硯のある所へ行くと、筆を取り、懐紙に何やらさらさらと書くと、腰に結びつけた。
そして高欄の辺りで押し掛かっている「これ君《こそ》」のところへ向かった。
「やあ」
「た、大将さま」
これ君は驚いて急に返事もできない。そんな様子には構わずに仲忠は囁く。
「この間君に会った時はまだ知らなかったからそのまま別れたけど、これからは宜しく」
そう言って仲忠はたった今貰ったばかりの被物をそっとこれこそに与えた。そのまま近くの階からそっと降りて出て行こうとする。
だがそれを目聡く見つけた者が居た。涼である。彼は裸足で南の階から降りてくると、素早く仲忠に追いつく。
「捕まえた」
「涼さんか。見つからないと思ったんだけどな」
「奥まで入っていったというのに何を言ってているの。舎人の山の法師の様だよ」
そう言ってまた引き戻そうとする。
「知らない場所じゃなし。知らない人ばかりという訳でもなし。そうそそくさと帰ろうとばかりするというのはね」
仲忠は苦い顔をする。
「それに凄く上つ方が居るという訳でもなし。大納言忠俊どのだってお互いに親しい仲だから皆でごろごろしながら昔語りやらこの先々の契りも交わしたりしているよ」
「僕はただ、これ君と話をしたかっただけなんだけどな」
「おや」
「簀子で見つけたものだから、こちら側に来てみたものの、そうしたら女房達に見つかってしまうわ、酒を勧められすぎるわ」
「それで困り果てて逃げ出した?」
あはは、と涼は笑う。
「でも仕方ないねえ、今日は私のところのお祝いなのだから、そう簡単に逃げ出してもらっても困るよ」
そう言って涼は再び仲忠を引き戻す。
二人が正頼の息子達三人が揃っている所へと参入してしばらく話をしていると、亡くなった仲純の次の弟で、現在は内蔵頭で蔵人の地位にある基純が杯を持ってそこに現れた。
彼は仲純に負けず劣らずの姿かたちや心ばえの持ち主であったが、兄とやや違ったのは、類い希なる色好みのところであった。
仲忠はそんな彼がやって来たのを見て言う。
「基純《もとずみ》を見てると、宮中の憂さもみんな晴れてしまうくらいだな」
「そうそう、そのくらい美しい」
そんな、と多少の謙遜は見せるが、その様子もまた慣れたものである様だった。
「ねえ基純さん、前々から御仏名が終わったら参内する様に僕、言われてるんだけど、なかなか行けなくて。できればお上に折があったら、『病気で参内できない様です』とでも奏上しておいてくれませんか」
基純はあっさりと了承する。彼は彼で仲忠のことは非常に好ましく思っているのだ。
「ああ良かった。気がかりだったんだ。基純さんだったら安心安心。ところで、こういう席では、あのひとのことを皆さん、思い出さないですか」
仲忠は問いかける。ああ、と皆合点がいったようにうなづく。
「今は水尾に住む仲頼さんが居たならば、もっと趣深いことを色々とできたのに、とこういう席があるとつい思い出してしまうんだ」
「そういう意味では、藤壺の御方には多少罪があるね」
涼がそれを受けて続ける。
「昔から人を悩ませるために生まれてきたような方だ。私なぞ、おかげで一生が台無しですよ。今では仲頼さんと比べても、単に出家するかしないか程度の違いでしかないよ」
「涼さんも酔ってるね」
「酔わなくとも、私の口癖であることは君が一番知ってるだろう? 君だって偉そうなこと言っているけど」
涼は言葉を濁し、ふっと笑った。
「おっしゃる通り。僕は賢人ぶる愚か者だもの」
「ほら見て。向こうで平中納言どのも苛々しているよ」
ああ成る程、と二人の会話を側で聞いていた人々は一人合点してうなづいたり、口々に「そうだったのか」などとつぶやいたりする。
そんな外での言葉を、御簾の内に居る藤壺のきょうだい達は微妙な気持ちで聞くしかなかった。
「ああもう、今宵は散々な目にあいましたよ」
宰相中将祐純はぼやく。
「碁にひどい負け方をしてしまったので、うちの子が大声揚げて泣くだろうと思って碁代をちょっと失敬して借りたら、この父を盗人呼ばわりするのに大声を揚げられてしまったよ」
「ずいぶん多くお持ちで」
「まあ、な」
実際少々多めに盗ませてあるからまだこれだけあるのだ、と祐純はこそっと問うた者に耳打ちする。
「宮はた君は立派ですよ。僕もこの間不思議に仲良くなって契りまで結んでしまったんですからね」
仲忠は先日の殿上の間で宮はたと語り合ったことをほのめかす。すると祐純は慌てて問いかける。
「どんな契りだね」
「いや、それは内緒です」
「それはもう、うらやましい限りですな」
そんな他愛ない会話を交わしているうちに、時が経ち、暁が来てしまった。
再び酒宴が始まり、御簾の内から君達からの被物が差し出される。それを涼が受け取ると、客人達へと渡すこととなる。
赤色の唐衣、綾掻練の綾摺の裳、三重襲の袴といったものに赤子の衣類や肌着を添えたものを。
殿上人には細長の着物、袷の袴など様々なものを渡す。
涼の伯母である西の方からも袿一重、唐綾の掻練、袷の袴などを上達部や殿上人にも贈られた。
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