あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
29 / 36

28.「兄貴、順序立てて説明してくれよ!」

しおりを挟む
 後で森田に聞いた話である。



「あ」

 にき、と言葉を続けようとしたので、森田は慌てて松崎の口を塞いだ。
 彼らが壁づたいに進んで行った先は、ちょうど下の採石場へと通じる昇降機がある所だったらしい。

「何やあれ。あんなの、ここで動かしとるのか」

 森田は眉を寄せてつぶやいた。その間も、口を塞がれて、離せよ、と松崎がもがいている。

「―――となると電力が必要となるわ。旧式の昇降機を動かしてるとすれば」

 ぷは、とようやく森田の手から松崎は抜け出す。
 文句の一つも言ってやりたそうな顔でにらみつけるが、森田は平然として顔色一つ変えない。

「お前の兄さん、何の研究してたんや」
「俺もよくは知らない。だけど、確かに電気は関係してたと思う」
「兄さんが一人になる時を見計らわんとあかんな」

 その機会は案外早くやってきた。こんな場所に置かれるには不似合いな機械の前で、松崎にも見覚えのある白衣のまま、兄は何やら帳面に書き付けている。

 何をやってるんだ、兄貴。

 そう内心思いつつ、彼はじっとその様子を眺めている。

「ところで、何でお前こっちについてきたんだよ、森田」

 ふと思い出した疑問を口にする。

「や、別に」
「俺思い出したぜ。あの遠山が時計の一つも持ってねえ訳ないだろ!」
「ああ~声が大きいで」
「わざと遠山を行かせたんだろ。森岡のほうに」
「偶然や。他意はないで」

 松崎はうー、とうなる。この友人は、そう言ったら絶対にそれ以上に発言を覆すことはないのだ。

「それより、ほら」

 すみません、と言って、兄がこちらへやってくるのが松崎の目に映った。便所だな、とあっさりと森田は言う。
 目の前を、兄が通り過ぎていく。奧へと進んでいく――― 腕を掴む!

「!」

 その身体が、真剣に、飛び跳ねたのを、松崎は感じた。あるべきではない所で、腕を掴まれる。その恐怖。

「兄貴!」

 かすれた声で、松崎は呼びかける。

「規雄――― 規雄か? お前何でこんなとこにいるんだ?」
「若葉が、俺のとこまで来て、助けを求めたんだ。見なかったか?」
「若葉が? お前、連れてきたのか?」

 掴みかかりそうな勢いで、兄は弟を問いつめる。

「違う…… いや、そうだよ」
「逃がしたのに!」
「だけど彼女も何とかしたい、という気持ちがあったから、俺のとこ来たんだ! 俺だって」
「どこから来たんだ。表側からではないな?」
「あんたが昔、俺に教えてくれた側だよ」
「そうか」

 ほっとしたように、松崎雄生は息をつく。そして弟の両肩に手を乗せると、真剣な表情になった。

「お前がやって来れた、ということは、何とか今でも向こう側は、人間が通れる道なんだな?」
「え? あ、ああ…… そうだけど」
「だったらいい。お前、これからすぐ、村の人達のところへ紛れ込め」
「え?」
「ここはもうじき、入り口が封鎖される」
「封鎖!」
「爆破されるんだ。既に連中は発破を仕掛けている」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、すぐ、かよ? だって今、その昇降機、動いてたじゃないか。セリサイトの採取はもう終わったのかよ」
「セリサイト。よく覚えてたよな。あんなガキだったのに、お前」

 松崎兄の顔が、一瞬緩む。

「でも今回のことで、お前がどうやってそれを知ったのか俺はさっぱり判らないんだが、とにかく、今言えるのは、これだけなんだ。村人達を、裏から安全に全員、逃がさなくてはならない」
「兄貴、俺は、あんた程頭が良くないんだ! 順序立てて説明してくれよ!」

 松崎、と森田が口を塞ぐ。明らかにその声は大きすぎた。
 森田は自分がそのための制止役であることをよく知っていた。この友人は、昔から兄に対して、非常に強くコンプレックスを抱いていたのだ。
 若葉が好きであるのは確かかもしれないが、それ以上に、彼女がどうしようもなく、自分には目もくれずに、兄ばかりが好かれていることが、辛かったのだ。

「あんたは、昔からそうだよ。俺が努力してやっとできることが、昔から簡単にできたんだ…… 若葉のことも…… 若葉だって……」
「その若葉が、どこにいるのか判らないうちに、どうかしてもいいのか!」

 弟の泣き言を、兄は打ち切った。

「お前の文句も愚痴も、助かってからだったら、一晩中でも聞いてやる。だけど今はその時間がない。いいかよく聞け。ここで俺達を集めて働かせているのは、副知事の遠山氏の部下だ。時々彼もやってくる」
「雄生さん、さっき見かけた外国人は何ですか」

 森田は冷静に問いかける。

「あれは、ここで採れたセリサイトを川づたいに海へ運ぼうとする連中だ。そのまま豊橋港から外海に出る予定らしい。あの連中が、もう予定量は充分だ、ということらしいが」
「それだけやないんですか」

 ああ、と雄生はうなづく。

「連中は、副知事が副知事であることなど、別に大した問題と思っていない。ことをいいことに、人間も機械も含めた全部をこの山に埋めてしまおうと思っているんだ」
「なるほど」

 森田は納得したようにうなづく。

「そら確かに判りやすいわ。しかも規模がでかいですわ」
「感心してる場合じゃないだろ!」

 松崎も今度はやや声をひそめる。

「そぉや、してる間はない。―――って雄生さん、今日は副知事は来てはりますか」
「来てる、と思う。もうそろそろ予定が終わるから、その後かたづけ、とか、今後ここが活用できないか、とか関心は持っているようだった」

 それは間違いではないんだ、と雄生はつぶやく。

「彼はかつてうち捨てられたここを、再活用しようとした。その発想は悪くない。だけど、そのために外国の手を借りたことが、俺には納得いかない」
「雄生さん、あんたはが分かるんや」

 少しはね、と彼は苦笑する。

「専門では本を読むために必要だったからな。俺が何とかここまで知れたのは、連中の書き散らしたものを盗み見ることができたからだ。だけどさすがに連中の言葉となるとまるで聞き取れない。早口だし、俗語混じりだ。歯が立たない」

 遅いぞ、と片言な言葉が飛んでくる。すみません大なんです、と兄は平気で返す。げらげら、と笑い声とともに、弟にとっては訳の分からない言葉が耳に飛び込んでくる。

「判った。時間がないんだな、兄貴」
「ああ。下手な動揺を避けるために、皆にはまだ口にしていない」
「信じてくれるだろうか」
「今だって状況は悪いんやで。もっと悪くなると知って、助かりたいと思わない奴はないで」

 もっともだ、と雄生は笑った。

「向こうの穴を進めば、村人達がとりあえず休憩所にさせられている所に出る」
「そこへ行って、大騒ぎしないように、裏道を教えればいいんだな」
「そうだ」

 頼む、と雄生は言って、戻ろうとする。

「若葉は」
「……」
「無茶するなよ、兄貴、若葉が悲しむんだ! あんたに何かあったら!」

 判ってるよ、と言うように、一瞬兄は、弟の方を振り向いた。

「行くで」

 森田がうながす。松崎もうなづくと、靴のひもをきゅっ、と締め直した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...