30 / 36
29.「あの会話が判ったのか?」
しおりを挟む
その頃あたし達は、当初の壁づたいなど既に頭のどこかから飛んでいた。
「ああもう!」
つるつると滑る地面がもどかしかった。いっそ本当に裸足になってしまいたかった。だけどそれは嫌だった。ぞっとする。
「落ち着けよ、森岡」
「これが落ち着いていられますかっていうの。あんたこそよく落ち着いてるわね」
「俺は落ち着いてるよ。けどお前が何が起こるか言わないから、俺には何が起こるのか、何でお前が急いでいるのか判らない」
「……」
「何を知った? 何がこれから起こるっていうんだ?」
こっちを向けよ、と彼はあたしの両肩を掴んだ。
「乱暴はよしてよ」
「じゃあちゃんと言えよ。言わなくちゃ俺は馬鹿だから判らない」
「入り口が、爆破される」
何だって、と彼は口を開けた。冗談はよせ、と付け加えた。
「もうじきここの採取が終わるの。そうしたら、ここを完全封鎖するって予定なのよ」
「何で…… どこかにそれは書いてあったのか?」
「書いてはなかったわよ。それらしきことはあったけど、爆破するって聞いたのは、ついさっきだもの」
「ついさっき聞いた?」
まさか、と遠山はあたしの肩から手を離した。
「森岡はあの会話が判ったのか?」
あたしはうなづいた。
*
「村長!」
言われた人物は、顔を上げた。大柄で、若い頃は力自慢でならしたらしい、ひげも豊かな、若葉の親父。
「松崎の! 規雄くんじゃないか! 何で君がここに」
「それは後で説明します」
決して高いとはいえない岩盤の天井の下、疲れた顔で、何枚も敷き詰められたむしろの上に、皆思い思いの恰好で休んでいる。
老いも若きも、皆目がどんよりとしている。
疲れだけではない。二週間以上ずっとここに閉じこめられていたのだろう、陽の光の見えないという事態が、人々を憔悴させていた。
「それより、皆さん歩けますか?」
「どういうことだい?」
「さっき兄貴に会って聞いたんですが、ここは採取が終わり次第、入り口を爆破され、埋めてしまう、ということなんです」
「何だって? それはないだろう? 私はさっき、副知事の姿を見た。彼が今日いるというのにそれは」
松崎は首を横に振る。
「だからそれは、取引をしてる連中には関係ないんですよ。管区知事だろうが副知事だろうが」
「……」
村長は苦い顔をする。
「一体何だって、こんなことになったんです?」
森田は穏やかに問いかける。
「最初は、報告からだったんだ。試験所の研究員の一人から提出された、この渓谷のセリサイトがまだ採取可能だ、という報告だよ」
君の兄さんではないよ、と村長は付け足す。判ってます、と松崎もうなづく。
「この通り、我々の村は、貧しくもないが、決して豊かであるとも言えない。少しでも換金できるものが産出できるなら、その可能性に賭けてみたかった。だから、試験的に昔の技術を使って精製したセリサイトを添えて許可願を出した。ちょうど君の兄さんが、発電設備の増強を行ったばかりで、少しはそちらに回せる分があった」
「それは正しいと思いますわ」
村長に対して言うにはとても失礼な言葉ではあるが、そう聞こえないあたりが森田の森田たるゆえんである。
「産出許可をもらおうと思った。これだけのものができるのだ、と。ところが」
「やってきたのは、許可ではなく、強制命令だったと」
そうだ、と村長は答えた。
「しかも、副知事は、それを議会に通していない。自分の所で止めている」
「あん人は、確か、経済方面出でしたなあ」
「その関係だ。提出された産出願が、自分の後がまだった財政局局長あたりに通った時、それを横流しさせたんだ。議会には通っていない」
ち、と松崎は舌打ちをした。
「兄貴が発電設備を増強しようって言ったのは、皆の家で、夏にもかき氷やアイスクリームが楽しめるような、そんな生活にしたい、って思ったからだぜ? ……そりゃあ確かに…… そうすれば皆の収入が上がるかもしれないけど……」
「松崎」
「や、……え、と君は」
「森田です」
「森田くん、彼の言うことも正しい。何でこの鉱工会社が閉じたのか、よく考えてみるべきだったのだ」
「と言うと」
「所詮、今のこの日本で、セリサイトはそう必要不可欠なものではない。特に、ここで精製されていたのは、女性の化粧品に使われていたものが多い。その需要が高かったのだ。国内で需要が大してないものが、管区でなら尚更だ。―――そして外国には需要がある」
村長は拳をぐっと握りしめる。
「一般企業は、外国とは取引ができない」
もちろんそれは政治家だって同じはずだがね、と付け足す。
「まだ産出する余裕はあった。機械も今でも使用可能なほど、性能が高い物だった。なのに止めてしまった理由をよく考えるべきだったのだ」
「それで、何で皆さん、捕まったはりますか? 大の大人が、そんな、いくら外国の、言葉が判らない連中かて」
「子供が人質にされているんだ」
「え」
松崎は声を上げた。
「子供を集められ、銃を突きつけられたら、我々はどうすることもできないではないか」
よく見ると、確かに若い者も年寄りもいるが、初等学校に行っているような子供はそこにはいなかった。
どうする? 松崎は低い天井を振り仰いだ。
「村長さん」
森田はふわりとした口調で言った。
「とにかくあんた達は逃げて下さい。裏の通路があるはずです。俺等が通ってきた」
「そうだ、どうして君達は」
森田は首を横に振る。
「それは今聞くことやないです。とにかく、向こう側をたどって行けば行けるはずですわ。松崎くんが連れてってくれます」
ほれ、と森田は松崎を押し出した。
「お、おい森田」
「俺は、もぉ少し奧へ行くわ。村長さん、子供を助ければええんですね」
「森田くん!」
「子供が子供のうちに死ぬのは、俺は嫌ですさかい」
「だったら俺も」
松崎は立ち上がり、手を伸ばす。
「道知ってるのはお前やで」
ほな、とひらひらと森田は人々の間をすりぬける。
「ちょっと待ってください」
途中で、一人の女性が、疲れて立ち上がる気力もないのだろう。長い髪を止めていた簪を取り、彼の手に握らす。
その先が鋭く尖っているのを見て、森田は目を見張る。
「私達は何も持ってません。だから、こんなものしか」
武器にできるものは何もない、という意味なのだろう。
おそらくこの女性は、隙あればこれで子供を捕らえている者を刺そうと磨いていたに違いない。竹製のそれは、つやつやと輝いていた。
「ほな、後で返しますわ」
ぺこん、と森田は頭を下げた。
「ああもう!」
つるつると滑る地面がもどかしかった。いっそ本当に裸足になってしまいたかった。だけどそれは嫌だった。ぞっとする。
「落ち着けよ、森岡」
「これが落ち着いていられますかっていうの。あんたこそよく落ち着いてるわね」
「俺は落ち着いてるよ。けどお前が何が起こるか言わないから、俺には何が起こるのか、何でお前が急いでいるのか判らない」
「……」
「何を知った? 何がこれから起こるっていうんだ?」
こっちを向けよ、と彼はあたしの両肩を掴んだ。
「乱暴はよしてよ」
「じゃあちゃんと言えよ。言わなくちゃ俺は馬鹿だから判らない」
「入り口が、爆破される」
何だって、と彼は口を開けた。冗談はよせ、と付け加えた。
「もうじきここの採取が終わるの。そうしたら、ここを完全封鎖するって予定なのよ」
「何で…… どこかにそれは書いてあったのか?」
「書いてはなかったわよ。それらしきことはあったけど、爆破するって聞いたのは、ついさっきだもの」
「ついさっき聞いた?」
まさか、と遠山はあたしの肩から手を離した。
「森岡はあの会話が判ったのか?」
あたしはうなづいた。
*
「村長!」
言われた人物は、顔を上げた。大柄で、若い頃は力自慢でならしたらしい、ひげも豊かな、若葉の親父。
「松崎の! 規雄くんじゃないか! 何で君がここに」
「それは後で説明します」
決して高いとはいえない岩盤の天井の下、疲れた顔で、何枚も敷き詰められたむしろの上に、皆思い思いの恰好で休んでいる。
老いも若きも、皆目がどんよりとしている。
疲れだけではない。二週間以上ずっとここに閉じこめられていたのだろう、陽の光の見えないという事態が、人々を憔悴させていた。
「それより、皆さん歩けますか?」
「どういうことだい?」
「さっき兄貴に会って聞いたんですが、ここは採取が終わり次第、入り口を爆破され、埋めてしまう、ということなんです」
「何だって? それはないだろう? 私はさっき、副知事の姿を見た。彼が今日いるというのにそれは」
松崎は首を横に振る。
「だからそれは、取引をしてる連中には関係ないんですよ。管区知事だろうが副知事だろうが」
「……」
村長は苦い顔をする。
「一体何だって、こんなことになったんです?」
森田は穏やかに問いかける。
「最初は、報告からだったんだ。試験所の研究員の一人から提出された、この渓谷のセリサイトがまだ採取可能だ、という報告だよ」
君の兄さんではないよ、と村長は付け足す。判ってます、と松崎もうなづく。
「この通り、我々の村は、貧しくもないが、決して豊かであるとも言えない。少しでも換金できるものが産出できるなら、その可能性に賭けてみたかった。だから、試験的に昔の技術を使って精製したセリサイトを添えて許可願を出した。ちょうど君の兄さんが、発電設備の増強を行ったばかりで、少しはそちらに回せる分があった」
「それは正しいと思いますわ」
村長に対して言うにはとても失礼な言葉ではあるが、そう聞こえないあたりが森田の森田たるゆえんである。
「産出許可をもらおうと思った。これだけのものができるのだ、と。ところが」
「やってきたのは、許可ではなく、強制命令だったと」
そうだ、と村長は答えた。
「しかも、副知事は、それを議会に通していない。自分の所で止めている」
「あん人は、確か、経済方面出でしたなあ」
「その関係だ。提出された産出願が、自分の後がまだった財政局局長あたりに通った時、それを横流しさせたんだ。議会には通っていない」
ち、と松崎は舌打ちをした。
「兄貴が発電設備を増強しようって言ったのは、皆の家で、夏にもかき氷やアイスクリームが楽しめるような、そんな生活にしたい、って思ったからだぜ? ……そりゃあ確かに…… そうすれば皆の収入が上がるかもしれないけど……」
「松崎」
「や、……え、と君は」
「森田です」
「森田くん、彼の言うことも正しい。何でこの鉱工会社が閉じたのか、よく考えてみるべきだったのだ」
「と言うと」
「所詮、今のこの日本で、セリサイトはそう必要不可欠なものではない。特に、ここで精製されていたのは、女性の化粧品に使われていたものが多い。その需要が高かったのだ。国内で需要が大してないものが、管区でなら尚更だ。―――そして外国には需要がある」
村長は拳をぐっと握りしめる。
「一般企業は、外国とは取引ができない」
もちろんそれは政治家だって同じはずだがね、と付け足す。
「まだ産出する余裕はあった。機械も今でも使用可能なほど、性能が高い物だった。なのに止めてしまった理由をよく考えるべきだったのだ」
「それで、何で皆さん、捕まったはりますか? 大の大人が、そんな、いくら外国の、言葉が判らない連中かて」
「子供が人質にされているんだ」
「え」
松崎は声を上げた。
「子供を集められ、銃を突きつけられたら、我々はどうすることもできないではないか」
よく見ると、確かに若い者も年寄りもいるが、初等学校に行っているような子供はそこにはいなかった。
どうする? 松崎は低い天井を振り仰いだ。
「村長さん」
森田はふわりとした口調で言った。
「とにかくあんた達は逃げて下さい。裏の通路があるはずです。俺等が通ってきた」
「そうだ、どうして君達は」
森田は首を横に振る。
「それは今聞くことやないです。とにかく、向こう側をたどって行けば行けるはずですわ。松崎くんが連れてってくれます」
ほれ、と森田は松崎を押し出した。
「お、おい森田」
「俺は、もぉ少し奧へ行くわ。村長さん、子供を助ければええんですね」
「森田くん!」
「子供が子供のうちに死ぬのは、俺は嫌ですさかい」
「だったら俺も」
松崎は立ち上がり、手を伸ばす。
「道知ってるのはお前やで」
ほな、とひらひらと森田は人々の間をすりぬける。
「ちょっと待ってください」
途中で、一人の女性が、疲れて立ち上がる気力もないのだろう。長い髪を止めていた簪を取り、彼の手に握らす。
その先が鋭く尖っているのを見て、森田は目を見張る。
「私達は何も持ってません。だから、こんなものしか」
武器にできるものは何もない、という意味なのだろう。
おそらくこの女性は、隙あればこれで子供を捕らえている者を刺そうと磨いていたに違いない。竹製のそれは、つやつやと輝いていた。
「ほな、後で返しますわ」
ぺこん、と森田は頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる