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21 故郷
しおりを挟む満月を見上げながらのんびりとホットミルクティーを飲んでいた。
甘党で疲れた時はよく飲んでいた。
久しぶりに飲んだミルクティーは美味しい。ほんのりと笑顔になる。
記憶はちゃんと残っていた。
でもそのうち薄れてしまうかもしれない。
天霊花綾とこの日本はあまりにも違う。
大学に通い働き出せば夢になり、ゲームの主人公のように夢だったのだと感じるようになるかもしれない。
忘れないようにと頭に焼き付けたつもりでも、人の記憶力はどの程度保つのだろう。
いつまで金の泰子を覚えていられるだろう………。
目を閉じれば金の光が散らつく。
「弓弦?なあ、翼知らないか?」
後ろから声が掛かった。
酷く懐かしく感じる。
「蒼矢…………。」
振り向くと何故か蒼矢が驚いた。
……………?
何だろう?
あ、髪?もしかしてジオーネルの姿のままじゃないよな?
自分を見下ろして長かった白髪がない事にホッと息をつく。
でも変だな?
自分の身体をペタペタと触り首を傾げる。鍛えてる気がする………。
服の上から腹筋を触り確信する。
身体がもしかしたらジオーネルのままなんじゃ。
元の弓弦としての自分は身長は同じくらいだったが、痩せてて貧相な身体をしていた。
自身無さげな猫背気味で、力が無くて頼りない。そんな埋没しそうな男だ。
ま、顔は同じだし大丈夫だろっ。
「えーと翼は知らないな。」
笑いながら答えると、蒼矢が顔を赤らめた。
どうしたんだろ?
「あ、ああ、帰ったのかな?」
蒼矢はそう言ったが、帰ってるとも帰ってないとは言えない。
だって翼はあっちに残ってるから。
このままだと行方不明者になるんだろうか?
「俺も帰ろうかな。」
ミルクティーも飲み干したし。
久しぶり過ぎて美味しかった!
きっと疲れてたんだろう、色々と。
「あ、いや、待って!もう少ししたらカラオケなるし、行こう!」
蒼矢が珍しく引き留めて来た。
もう昔の事って意識しか無いけど、この頃の蒼矢は翼にベッタリで弓弦を誘う事なんてなかったはずだ。
「いや、でも…………。」
この頃の歌、なんも覚えてなかった。
翼が天霊花綾で流行りの歌を歌ったみたいで、かろうじてそれなら覚えてるかもって感じだ。
カラオケ行っても何も歌えない気がする。
適当に理由付けて帰りたい。
蒼矢は急にいなくなった翼を見つける為に弓弦に話し掛けたのに、弓弦から目が離せなくなった。
弓弦は小さくて細くて頼りな気で、守ってあげなければならないと思っていた。
高校で付き合いだして、可愛くてもっと関係を先に進めたかったのに、お互い家が近いし家族の目もあるしで進めなかった。
大学生になったらもっと自由に付き合っていけると思っていた。
大学に入学して同じサークル入って、そこで翼に出会った。
翼は綺麗な可愛い顔をしていた。
丸い頬もぷるんとした唇も人の目を引いていた。
付き合おう告白されて驚いた。
堂々と同性が好きだといい、人に隠さない翼は魅力に溢れていた。
もう恋人がいると断っても、腕を組み人の目を盗んでキスを仕掛けてくる翼に、すっかり翻弄され、付き合う事を了承してしまった。
二股なんて不義理な事はやりたくなくて、弓弦にサヨナラを言った。
真っ青な顔して分かったと言った弓弦は、あまり近付いて来なくなったが、翼がよく話し掛けているのを見かけた。
何で話し掛けるのか聞いたら、幼馴染の蒼矢を盗ってしまって申し訳無いからと言っていた。
弓弦から酷いことを言われていると言っていたが、仲良くなりたいからと何度も話しかけては弓弦君が………と言って涙を流す姿は守ってやらなければならないと思わせた。
「歌わなくても皆んなと仲良くなるチャンスだろ?」
弓弦はあまり友達を作っていなかったはずだ。何とかして連れて行こうと思った。
うーんと悩みだした弓弦は、何故か今までの弓弦と違う気がした。
月の影の所為だろうか?
いつものそばかす顔なのに色の白さが目立ち、伏せた目に色気が感じられた。
美容室に行くのを面倒くさがっているのか、少し伸びた癖毛がクルッと項にかかっている。
蒼矢の喉がゴクリとなる。
こんなに綺麗だったか?
蒼矢は知るはずが無い。
ジオーネルとして修練を積んだ弓弦は、背筋を伸ばし美しく立つ事が当たり前になっている。指の動かし方、声の出し方、足の運び方、一つ一つが芸の肥やしであり、それが必須で生きて行く世界に住んでいたのだ。
人が見惚れる姿を無意識に体現しているのだ。惹きつけられて当たり前だった。
「あ、鈴屋くーん!飲んでるぅ~?」
酔っ払った三年の女の先輩が抱きついて来た。
「いえ、飲んでませんよ。」
やんわりと答えると、先輩はパチクリと目を見開く。
「え、やだ、鈴屋君ってそんな感じだったけ?え~……やだぁ~。」
顔を赤らめてやだやだ言い出した。
何が嫌なのか弓弦にはさっぱり分からない。
「あ、そだ!交換!交換しよ?」
先輩は慌ててスマホを取り出した。
それに蒼矢は苛立つ。
弓弦は俺と同じゲイなのだから女性の先輩に靡くわけがない。
でも弓弦は人に自分がゲイだとは言っていない。自分だけが翼と付き合うと同時に強制的にカミングアウトされたのだ。
弓弦と自分がまたよりを戻せば、弓弦は自分から離れていかない。
それとも元彼氏だと言えばいいのか………。
急に湧き起こる暗い感情にも蒼矢は気付かない。
蒼矢がそんな気持ちでいる事など知らない弓弦は慌てていた。
かなり久しぶりの現代機器に、恐怖する。
使い方覚えてるかな………?
気分は浦島太郎だ。
ドスンッ
突然聞こえた音に皆んながそちらを向いた。
……助かった。
後は酔っ払いだから忘れてくれるだろう。
「いったぁ~~~~!」
声の主を見て弓弦は蒼矢の影に隠れた。
翼だ。
何で翼がこっちに?
服があっちの中華風なゆったりしたのを着ている。
「あ、あーーそうやぁ~~!!」
翼は蒼矢を見つけると走って抱きついた。
「あ、ああ翼、なんでそんな格好してるんだ?」
全員の疑問を蒼矢が聞いた。
「え?あーーーホントだ!酷いよ、急に金の泰子が僕を落としたんだよ!?咄嗟に紐を掴んだら此処に落ちて来たけど、酷いよ!!」
興奮する翼の言葉を分かる人間は一人もいない。いや、弓弦だけは理解出来たが、関わりたく無くてソロっと離れようとする。
「あ、弓弦君!お前のせいで僕が落とされたんだぞ!僕が勝ったのに!」
掴みかかろうとする翼を蒼矢が止めた。
「翼、どうしたんだ?弓弦は何もしてないだろ。お前こそどこ行ってたんだよ?」
「どこって!ゲームの世界だよ!!」
それ以上発言すると頭の痛い人じゃ無いだろうか?
蒼矢もサークルの人達も皆んなドン引きしている。
今まで可愛く陽キャな翼が、オタクっぽい変なことを言い出したのだ。格好もおかしい。
翼の怒りは収まらない。
コイツがあの時歌った所為で金の泰子が冷たくなった。
コイツががいるから精霊力で勝つ事が出来ずにイベントが上手くいかなかった!
コイツが邪魔するから攻略出来ないのがいっぱいあった!
コイツがいたから!!!!
怒りに顔を歪ませた翼の顔は醜悪で、いつもはサラサラに流れる黒髪もボサボサに汚かった。
翼が物凄く怒っている。
それはそうだろうけど、まさか翼までこっちに落ちてくるとは思っていなかった。
もう二度と会う事もないと思ったから、やりきって来たのだ。
あまりの気迫にジリジリと後ずさる。
このままではまた欄干から落とされるのでは、という恐怖が湧く。
一歩下がって、とん、、と誰かにぶつかった。
あっと思い振り向けば、金と銀の光が見つめていた。
「見つけた。」
腰にゾクゾクと来るような低い声に、ブルリと震えた。
突然現れた金髪の美丈夫に、サークルの人達が嬌声を上げ騒ぎ出す。
「ええ~~~!?誰誰誰!!?」
「うっわ、すっげ、外人!?何人!?」
「やば!かっこいい!」
「えっ魅惑のオッドアイなんですが!?」
そんな騒ぎなど聞こえていないかのような金の泰子を、弓弦はポカンと見上げた。
何でこの人か此処に………。
「金の泰子!!酷いよ!僕をもう一度連れてって!」
翼の叫び声を金の泰子は煩わしげに見た。弓弦の腰を掴んで、翼から離れる為に軽く後ろへ跳躍する。
軽々と飛んだが、弓弦も小柄だが鍛えた身体なので重たいはずだ。
金の泰子の逞しい身体を感じてドキドキする。
いや、それ以上の事をされた経験はあるけど、それはそれ、これはこれだ。
「えっと、金の泰子は何故ここに?」
金の泰子は降ろしてくれない。
困ってとりあえず尋ねてみた。
「ジオーネルを迎えに来た。」
とてつもない甘い笑顔に時間が止まった。何故か右目が銀色だし、美しかった光を放つ金髪は肩の上でざんばらに切られてるしで、先程と様子の変わった理由は分からないが、それすら全てが尊い。
「一緒に帰るな?」
「あ、はい。」
深く考えずに秒で答える。
金の泰子はにっこり笑った。
それはもう綺麗な笑顔で、此処にいた人達は全て言葉も出せずに見守っていた。
翼だけは慌てる。
「掴まっていろ。」
金の泰子はジオーネルをしっかりと抱き直し、首に両腕が掛かったのを確認してから綱を引いた。
帰る。
早く、ジオーネルがやっぱり嫌だと言い出さないうちに。
じっくり考えて望郷の方がいいと言われたら終わりだ。
素早く金の泰子はジオーネルを回収した。
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