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12珀奥の過去と、那々瓊の願い
しおりを挟むこの記憶はもう千五百年以上も前の事。
天狐は金の狐が必ず成れるものではない。千年生きて九尾になり、神格化した狐がそう言われる。ただ普通茶系で生まれる狐の中で、違う色を纏って生まれた狐は、生まれながらに神力が多いので天狐になりやすいだけだ。
それでも茶色以外の色で生まれる狐の数は限りなく少ない。
珀奥が生まれたのも数百年ぶりの茶色以外の毛を持つ狐だった。
「珀奥様は我らの誇りです。」
「こんなに美しい狐は他にはいません。」
褒め称える一族の中で、珀奥は育った。
珀奥は少し捻くれた性格をしていた。
そうやって擦り寄ってくる同族が好きでは無かったのだ。
だから表向きは笑顔で賛辞を受け取りながらも、なるべく一人で居たいが為に、修練を理由に山に籠ることが多かった。
水は山の沢から汲み、山菜を取り、山の獣を狩る。一人の暮らしは楽だった。
そうやって暮らすうちに、身体の中に神気が溜まり、尻尾が二本になってしまった。
別に天狐を目指したわけではない。
一人を好んで生きていたら、勝手にそうなってしまっただけなのだが、それを知った一族は大喜びした。
自分達の種族から神格化した獣人が誕生する事は誉な事だった。
尻尾が増えると寿命も延びる。
狐の寿命は基本百八十歳前後なのだが、尻尾が増えると百歳は増える。
それが九本まで増えれば千歳を超えるのだ。
珀奥はあまり群れるのを好まなかったが、長く生きるうちに狐の一族が好きになっていた。
いつでも何年経とうとも、珀奥を暖かく迎え入れてくれるからだ。
皆先に老い死んでいくが、新たに生まれた狐達がまた珀奥を受け入れてくれる。だから珀奥も生まれた子供達に神力を分け与え祝福した。
どの獣人もそうなのだが、成人する迄は子供の獣人は神気を上手く身体の中に溜めることが出来ない。
だから親や周囲の大人達が、子供に神力を分け与え成長を促していくのだ。
珀奥は身の内から溢れる程の神力を宿していたので、他者から分け与えられた事はないが、狐達は珀奥から神力を貰うと非常に喜んでくれた。
だから珀奥は狐の子供達に惜しみなく神力を与え続けた。
そんな生活は穏やかに千年続き、珀奥はとうとう天狐になってしまった。
別になりたかったわけでも無いのだが、なりたく無かったわけでも無い。
このままずっとこの生活が続くと思っていた。
珀奥が天狐になると、中央の都から呼び出しがかかった。
神浄外を守護する八体の神獣以外で獣人が神格化すると巨城に住む権利があると言うのだ。
珀奥は別に都にも神獣にも興味がなかったので、一応呼び出しに応じて相対した応龍天凪に辞退を申し出た。
自分は静かに狐達の住む山で暮らせればそれで良いと。
応龍天凪はそれでも良いと言ってくれた。
権利があるだけで義務はない。
巨城で霊亀永然と出会った。
初めて話の合う存在だったかもしれない。
永然も神獣であり敬われる存在だったが、一人を好み静かに暮らすのを良しとする神獣だった。
天狐となった珀奥は、これから長い時を生きるだろうから、是非仲良くしようと言われ、珀奥も永然ならばいいと了承した。
永然はたまにぶらりとやってきては、珀奥の住処である山に遊びに来た。
神獣であり神浄外の北内側を守る役割のある永然は忙しそうだったが、暇を見つけては珀奥に愚痴を溢していく。
珀奥もたまに遊びに行っては永然の手伝いをしたりしてのんびりと過ごしていた。
そんなある日、久しぶりに狐の里に行くと、珀奥の来訪を待ち侘びていた長達が駆け寄ってきた。
顔触れが半数以上変わっていた事で、かなり久しぶりの来訪になった事にこの時気付いた。
期待に輝きながらも青白い浮かない顔をする長達に、嫌な予感がした。
面倒事だと思ったのだ。
そしてそれは当たっていた。
狐の里に麒麟の卵があると言うのだ。
狐の一族の無知な夫婦が、生命樹の枝を授かる時に、真珠色の生命樹を見つけて折って来てしまった。それは神獣麒麟の生命樹だった。
後にそれが騒ぎとなり、神浄外中で神獣の卵の捜索と、盗人探しが始まっていた。
それを知った夫婦は、己の罪を漸く知り、狐の長に助けを求める。
長は手に余ると天狐珀奥に助けを求めてきた。
麒麟の卵が行方知れずになっている事は、珀奥も永然から聞いて知っていたが、まさか同族がやらかしているとは思いもしなかった。
里長達に泣きつかれ、同じ種族として珀奥は手助けをする事にした。
まず本来なら麒麟の卵は育つ為に豊富な神力が必要になる。だが麒麟に親はいない。だから卵が育ち殻を破るまで、麒麟は生命樹の樹にぶら下がり育つのだ。
それを育つ前に枝から折ってしまっている。
珀奥は卵が死んでしまわない様に、自分の神力を与える事にした。
天狐となった珀奥だからこそ出来る事だが、普通の獣人には不可能だった。だからこそ里長達は泣きついて来たのだ。
珀奥は永然にこれを伝えた。
そして応龍天凪に永然から話が行き、神界から狐の一族に盗みの咎として呪いを与えると神託が降った。
応龍の能力には神界にいるとされる神からのお告げを聞くことが出来るというものがある。
卵を抱えた珀奥は、それでは狐の獣人が全て呪われ妖魔となれば種族が途絶える為、珀奥が一人でその呪いを受けると申し出た。
天狐は千年の修練で漸く九尾となり神格化する神獣。滅多に現れることのない存在だと伝えられているが、天狐は狐獣人からしか現れないので、一族を葬り去れば今後天狐自体現れなくなると主張し、珀奥が一人で呪いをかぶる事にした。
それが一番最良策だと思ったのだ。
自分一人の命で狐獣人全てが助かるのなら、安いものだと思った。
再度の神託により、その願いは聞き入られたが、珀奥の負担は大きなものだった。
麒麟の卵に神力を与えながら、神の呪いを受け続ける。
それは百年近くも続いた。
神の呪いは金色だった毛を黒く変えていった。
珀奥の中には徐々に神力と妖力が鬩ぎ合い、金色だった髪も瞳も黒くなってしまった。辛うじて耳と尻尾が一部だけ金を残している。
「私の可愛いなな…、早く出ておいで。」
私の神力が尽きる前に、無事に生まれてきておくれ。
いずれ呪いによって妖魔になりそうな自分が、この子に名前を付けるのは良くないと思ったが、愛称くらいは許して欲しいと『なな』と呼んでいた。
最初は義務で守り育てていたが、真珠色の卵が少しずつ大きくなるにつれ、可愛くなって愛情が湧いてきた。
「私のなな。」
呪いを他者に移さない様一人更に山奥に篭り、卵を温める日々。
相変わらず永然が遊びにきて心配して帰って行った。
もうこれ以上は無理かもしれない。
神力がだいぶ落ちてきた。
そして日々増す妖力に、限界を感じて来た。
だから永然に手紙を出した。
麒麟の卵を引き受けて欲しいと。
丁寧に布で包み、永然を待つ。
別れを察したのか、卵の中からコツコツと音がした。
珀奥は黒くなった目を見開いた。
今出て来てはダメだ。
妖力が外に出ない様抑えているが、生まれたばかりの神獣の子に、自分の妖力が当たりでもすれば、その身が穢され死んでしまうかもしれない。
幼いななを死なせたくない!
はやる気持ちで永然を待つと、急いでやって来てくれた。
「もう無理なのか?」
永然は悲しげにその瞳を揺らした。
「すみません……。」
コツコツと卵の中から音がする。
急いで出てこようとしているのだ。
「なな、私の可愛いなな。ごめんね?会う事は出来ません。これからは永然の言う事をちゃんと聞いて下さい。」
永然に麒麟の卵を託した。
自分の九つの尻尾の中から一番金の残る綺麗な尻尾を選んで根本から千切る。
ブチっと勢いよく切ると、鈍い痛みがした。
少し混じる黒い妖力を身体の中に吸い出すと、一本の金の尻尾に変わる。
「これを。」
卵を抱える永然に、無理矢理渡した。
さようなら、永然。
さようなら、私のなな。
私のななは、私の大切な家族です。
呪いによって妖力を増す私は、神浄外にいてはいけないと思い、妖魔が蔓延る外の世界に旅立った。
また百年が経ち、すっかり呪いに侵された珀奥は記憶を失い元の自分も分からない妖魔と成り果てていた。
神浄外の端に住む獣人達を呪い、土地を蝕み、被害は増していく。
いつしか妖魔黒曜主と呼ばれるようになっていた。
応龍は神託により召喚を命じた。
召喚は異界に渡れる霊亀しか行えない。
霊亀永然はギリギリまで渋った。何故なら妖魔黒曜主は珀奥だと知っていたからだ。
呪いで耳は落ち尻尾は無くなってしまい、漆黒の妖魔に見えても、未来視を持つ永然には全て見えていた。
応龍天凪に説得され、永然が召喚したのは一人の少女だった。
女性ならば聖女と呼ばれる。
聖女は銀の枝から生まれ、成人するまで応龍天凪の下で育てられた。
聖女が成人し、聖剣月浄を神殿で授かると、聖女は八体の神獣を従えて妖魔黒曜主の討伐に出発した。
妖魔黒曜主となった珀奥には尻尾も耳も呪いによって抜け落ち失われていた為、元が誰だか分からなくなっていた。
那々瓊は妖魔黒曜主が珀奥だとは知らなかった。いや、知らされていなかった。
那々瓊の雷に打たれ、応龍の水の神力と聖女の聖剣月浄に貫かれ浄化され、珀奥は息絶えた。
死ぬ間際、那々瓊をみて微笑む妖魔の黒い瞳に、那々瓊は戸惑う。心を引き裂かれるような痛みを何故か感じる。
何故、自分を見て笑った?
妖魔の瞳である筈なのに、漆黒の瞳の優しさに、心が掻き乱されていた。
妖魔黒曜主が元は天狐珀奥だと知るのは、神の代弁者である応龍天凪と、親友の霊亀永然だけ。
皆が去った後、那々瓊は黒曜主の死体をもう一度見に行った。どうしても気になり持ち帰り、巨城の一角に秘密の霊廟を建て、水晶の中に保存して、黒曜主の遺体を安置した。何故そんな事をしているのか、那々瓊自身理解していなかった。
教育係の永然に知られてしまう。
何故持ち帰ったのかを聞かれ、素直に答えた。
永然は妖魔黒曜主の素性を教え、妖魔に堕ちた経緯を教える。
それを知った那々瓊は、泣き叫んで後悔する。
水晶の中の遺体に縋りつき、会いたいと何度も願う。
卵の中でいつも温かい神力を分けてくれていた珀奥に、会いたくて会いたくて、急いで殻を破ったのに、会えなかった人。
珀奥は死んだのだと聞かされ、形見に貰った金の尻尾をずっと大事に持っていた。
幼い時は毎夜抱いて寝ていた。
その輝く神力が側にあれば、心は落ち着き安心して眠れた。
会いたかった、ずっと側にいて欲しかった。
なのに、知らなかったとはいえ雷の槍をこの人に降らせてしまった。
妖魔となっても、最後に笑いかけてくれた珀奥に、もう一度会いたかった。
涙が溢れて止まらない。
何故あの時気付かず攻撃してしまったのか、その時の自分自身が憎くて堪らなかった。
「もう一度珀奥の魂を呼び戻す事が出来る。」
永然はそう言って泣き叫ぶ那々瓊を慰めた。
だからこそあの時妖魔に堕ちた珀奥を討伐したのだ。
一度呪いで穢れた身体から魂を引き剥がす為に。
ならば生まれ変わる身体を、この金の尻尾を使って欲しいと頼んだのは那々瓊だ。
もう一度会いたい。
もう一度優しい神力で撫でて欲しい。
珀奥を蘇らせる時を、永然と那々瓊はずっと待っていた。
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