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27 応龍天凪の胸の痛み
しおりを挟む二人を預かって夕餉を摂らせ、今日は雪代がいるから二人で同じ部屋に寝たいと言うので、いつもの万歩の部屋ではなく、客室を案内した。
長く生きる天凪からすれば、雪代もまだまだ子供。万歩とは五歳差あるようだが、仲の良い友人として二人はよく喋っていた。
部屋に案内し、万歩が思い付いたように話しかけてきた。
万歩は誰に対しても屈託なく話しかける。
神獣の王である応龍に対しても、何も臆することなくいつも同じ態度だ。
「永然様って話し易い人ですね。」
悪気は無いのだろう。
永然は確かに話し易い。
誰よりも、どの神獣よりも永然は長く生きている。それなのにこんな年若い者とも、何の衒いもなく話すのが永然だった。
天凪も長く生きているが、天凪に話すのも他者に話すのも変わらない。
自然に知恵者として知識を授けるのが霊亀永然だ。
「天凪様の親って本当ですか?」
普段は距離を置く雪代も、万歩が側にいる所為か珍しく質問をしてきた。
「そうだ。」
頷くと、二人はじゃあ何歳なの!?と騒ぎ出す。賑やかな二人だ。
永然と呂佳はまだ時間が掛かる。
まだまだ喋り足りないようだが、二人を部屋に押し込め就寝を促した。
閉じた扉の中からも、騒がしく話が続いており、暫く止みそうにない。
『君が次の応龍か。俺は霊亀永然だ。教育係になる。よろしくな。』
幼い私に、最初にそう話しかけてきた。
私は龍の里に生まれた龍人だった。
生まれつき神力が多く、両親は里長になれると期待していたようだった。
私が生まれて数年もしないうちに、当時の応龍が死去した。まだ歳若く、後数千年は応龍として生きるだろうと言われていた龍人だったらしいが、その死は早かった。
私の頭の中に様々な景色が見えるようになった。
知らない神獣達、大きな城、湖、落ちる滝、樹々、獣、虫、鳥、今自分の目で見る景色とは違う初めて見る景色に、私は混乱した。
そして多くの声。
それは獣人であり、神獣であり、神の声だった。
目紛しく変化する視覚と聴覚に、私は一歩も動けず、喋れずにいた。
安定もしていない神力が溢れ、誰も止めれない。
まだ幼い身体で暴走する神力に、両親は育てる事が出来ないと、この子は次の応龍ではないかと巨城にいる神獣達に相談した。
本来なら成人まで育ち、ある程度の年月を過ごして経験を積み、最も神力が多い龍人が応龍となるのに、幼い私の神力に勝る者がいないが為に、私が応龍に選ばれてしまっていた。
私を育てきれない両親に変わり、霊亀永然が育ての親となった。
永然は長く生きていると言い、多くの事を語って聞かせた。
前の応龍は自ら神獣の王の座を退いたのだと言った。
なぜ?と聞くと、苦しそうな顔で、耐えられなかったのだと教えてくれた。
神の神託と自分自身の思考が混ざり、どちらが自分か分からなくなって、伴侶と共に散ったのだと言われて、私もそのうちそうなりそうだなと言ってしまった。
そう思えるくらい、頭の中がごちゃごちゃだったのだ。
『天凪は神力が多い。もし、見たくない時は自分の神力を外に出してしまうんだ。神力を常に使って身体に溜め込まないようにしよう。』
そう教えられ、私は神力を使い続けるようにした。
私は水の属性が得意だった。
だから神浄外中に行き渡るように、巨城に湧き出る水に、私の神力を流し続けた。
だから神浄外の中央は私の神力に満ちて、最も安全な場所となっている。
今までにない神力の守護で、神浄外の中が比較的生きやすい地になってきた。
永然は流石だと誉めてくれた。
誉められると嬉しかった。
永然の髪は陽を受けて煌めく新緑のように綺麗だった。瞳の色は深い焦茶色。目付きが悪いのがあまり好きじゃないと本人は言うが、私は可愛いと思った。
それから長い時が過ぎ、次々と神獣達が移り変わって行く中、私と永然は長く生きていた。
私は永然が生きているなら、きっと前応龍のように自ら散る事は無いだろう。彼はいつもその豊富な知恵で私を助けてくれた。
永然は私の良き師であり、良き仲間だった。
光り輝く天狐に出会った。
数千年ぶりの新たな神獣の出現に、人々は喜び湧き立ったが、呼んだ天狐珀奥はその事に対して無頓着だった。
崇められる事も、好意も全て受け流し、自分は自分だと飄々とする様は好意が持てた。
珍しく興味を持てる存在だった。
珀奥の言葉には神力が籠る。
神力の籠った言葉は私の中に染み渡るように伝わってくる。そう、まるで永然の言葉と同じだ。
数多に聞こえる大小の声を押し退けて、私の中に入る声は、珀奥と永然だけだ。
永然が珀奥を伴侶に迎えてみてはどうかと行った。これからも続く長い生を共に生きていってくれるだろうからと。
神力の宿らない声は聞き取りずらい。聞く為に自身の耳に神力を込めないと聞けないのだから非常に不便だが、珀奥ならば普通に共に在ることが出来る。
だが珀奥の方はそれを望まないだろう。
珀奥は心の中に人を入れるのを嫌う。
当たり障りない友人にはなれても、伴侶は望んでいない。
それに、私より永然の方が珀奥とは仲が良い。
少しの冗談を交えながら話す姿は、私とは違う関係に思える。
永然は話し易い人だ。
誰とでも、銀狼の勇者が神獣の誰かの伴侶になれと神が告げていようとも、平等にその知識を与え話している。
きっと万歩とも直ぐに打ち解けただろう。
万歩に悪気はない。
永然は良き師になり、良き友になれる人だ。
こんな私とも良き関係を築く人だ。
それにチクリと胸が痛む。
それでも、私と貴方の間にあるのはなんだろうかと考えてしまう。
永然は孤独だと言いながら、その周りには多くの者がいる。
あの珀奥でさえ、側にいる事を許す。応龍である私には距離をとっても、永然は近くにいる事を許している。
私は……………。
今日は永然に神力を多めに分け与えたので、頭に響く声が少なかった。
だから思考の波に耽ることが出来たが、あの二人が応龍の地に戻って来たことで意識を戻す。
程なく永然と呂佳が連れ立って部屋に入ってきた。
人の寝所に堂々と来るのは同じだ。
「取り逃したか?」
呂佳が忌々しそうな顔で頷いた。
「すみませんが、達玖李が何処に向かったか教えてもらえませんか?闇雲に探すより天凪に聞いた方が早そうなので。」
場所なら分かっている。
意識せずとも視界に彼等の姿は入っていた。
達玖李、那々瓊、朝露は神力が多いので自然と感覚が繋がってしまうのだ。
「巨城から白虎の領地に向かっている。」
「はぁ、自領に逃げ込む気か。」
「もう少し神力を分けるべきだったな。」
「いえ、私が躊躇った所為ですから。天凪の所為ではありません。」
場所を聞いて直ぐに出て行こうとする二人を止めた。
達玖李だけならまだしも、那々瓊が向こう側についているのだ。
戦力的に無理がある。
永然は異界に渡れる程の神力の持ち主だが、今は目覚めたばかりだし戦闘向きではない。
せめて青龍空凪に来てもらっ方が良いと感じた。
永然も一旦足を止め、考え直す。
「そうだな。せめてもう一人は来てもらいたい。」
「ですが……!」
直ぐに向かいたい呂佳は否定的だ。
那々瓊が心配なのだろう。
だが那々瓊は神獣麒麟だ。達玖李と朝露に反抗出来ないようだが、呂佳に向かって攻撃しなかった。まだ完全に主導権を握られていないのだ。急がずとも、もう少し万全を期した方がいい。
クスクスと子供の笑う声が響いた。
「ねぇ、それって僕がついてったらダメ?」
パサリと羽音がした、窓に影が落ちる。
呂佳が急いで開けると、空に鮮やかな人影が夜空に浮いていた。
鳳凰聖苺。
朱色の髪が広がり、極彩色の羽を羽ばたかせている子供の姿をしている。翡翠の宝石のようにキラキラと輝く瞳は、好奇心いっぱいに見開いていた。
「戦闘能力は達玖李に落ちるけど、邪魔するくらいなら出来るよ。」
聖苺は気ままな性格をしているが、珀奥とは仲が良かった。一緒に連れ立って何かをする程ではないが、巨城に珀奥が来た時は態々会いに来て話していた。
「…良いのですか?」
「良いよ、昔馴染みだしねぇ。」
聖苺も呂佳が誰であるのか理解しているようだ。
「……はぁ、そんなに分かりやすいでしょうか?」
聖苺は子供特有の高い声でクスクスと笑い続ける。
「昔の君を知ってる者なら分かりやすいかな?麒麟は残念ながら卵の中だったから不利だったねぇ。」
ほら、と聖苺が手を差し出した。
呂佳は首を傾げながらその手を握る。
ぐんっと引っ張り上げられ、呂佳が慌てて永然の方に手を伸ばした。
永然も慌てて呂佳の手を掴むと、そのまま二人は聖苺に持ち上げられる。
いくら呂佳と永然が小柄な身体をしているとは言っても、聖苺よりは大きいのに、苦もなく二人は空に持ち上げられた。
止める間もなく姿が小さくなって行く。
聖苺は気まぐれだ。
面白そうだから首を突っ込んで来たのだろう。それとも同じ鳥族の朱雀紅麗絡みか…。
私は水を操って守護するくらいしか手助けが出来ない。
どんなに神浄外で一番偉かろうと、不便な身だ。何もしてやれない。
ただ神の聞きたくもない神託を聞くだけの存在。
それが、応龍だ。
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