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第四話 忘れられない
しおりを挟むアシェンは訓練を終え、汗を拭いながら騎士団の休憩室へ向かっていた。扉を開けると、先客がいた。副団長のライナーだ。彼はアシェンの古くからの友人であり、数少ない心を許せる相手でもある。
「よう、アシェン。今日も相変わらず、嬢ちゃんは元気だったな」
ライナーはニヤニヤしながらアシェンに声をかける。アシェンは眉一つ動かさず、彼から受け取った冷たい水を無言で一気に飲み干す。
「あれも、もはや王城の名物だな。毎日欠かさず、よくやるもんだ」
ライナーは面白がるように続ける。アシェンはグラスを置くと、ふぅ、と息を吐いた。
「……暇なのだろう」
いつも通りの、そっけない返事。しかしライナーはアシェンのわずかな変化に気づいた。
「暇、か。しかし最近のお前、妙にあの嬢ちゃんのことを気にしてるように見えるぞ? 書庫で彼女に会ったそうじゃないか。ずいぶん親しげに話していたと、何人かから聞いているが」
ライナーの言葉に、アシェンはぴくりと反応した。
確かに、今日の書庫での出来事は彼の記憶に強く残っている。脚立から落ちそうになったルーナを支えた時の、あの華奢な体。そして、書物の場所を淀みなく告げた時の、得意げな顔。
「……資料を探す手伝いをしてもらっただけだ」
アシェンは、努めて冷静に答える。しかし、ライナーは彼の内心を見透かしているかのように笑った。
「へぇ。いつもは他人に頼ることをしないお前が、珍しい。それに、お前はあの嬢ちゃんがいつもと同じ時間にいないと、必要以上に周りを気にしているじゃないか」
ライナーの指摘に、アシェンの表情に微かな動揺が走る。
確かに、ルーナが現れない日があると、わずかに胸の奥がざわつくような感覚がある。あの騒がしい声がないと、妙に静かで、物足りなく感じる自分がいることに、彼は薄々気づき始めていた。
「……気のせいだ」
アシェンは言葉を濁したが、その視線は宙を彷徨っていた。
「ほう。本当にそうか? ルーナ嬢は、どこか掴みどころがないが、素直で面白い子だ。毎日冷たい態度をとるお前に愛を告げるなんて、並大抵のことではできないだろう」
ライナーは腕を組みながらアシェンを見つめる。アシェンは、彼の言葉に反論できなかった。ルーナの、あの真っ直ぐな瞳。そして、どれだけ冷たくあしらっても、決して話しかけるのをやめようとしない底抜けの明るさ。
確かに他の者とは違う、とアシェンは思った。
彼女の告白は、最初は単なる迷惑な行為だった。だが、いつしかそれは、日々に必要なルーティーンのように感じられるようになっていた。彼女の声を聞くと、妙に心が落ち着く。
アシェンは、何杯目かの水を飲み干すと、立ち上がった。
「くだらんことを話している場合ではない。訓練に戻るぞ」
「了解しました、団長」
わざとらしく敬礼するライナーを睨みつけて、アシェンは休憩室を出る。
アシェンは廊下を歩きながら、自分の胸のざわつきの原因を探っていた。ルーナの存在が、少しずつ、彼の無感情な日常に彩を与えている。
(彼女は一体……)
彼の頭の中に、ルーナの屈託のない笑顔が浮かび上がる。そして、書庫で彼女を支えた時に感じた、強く掴めば折れてしまいそうな彼女の細い腕の感触が、なぜか脳裏に焼き付いて離れなかった。
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