幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫

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第32話 昼食を共に

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 孤児院の裏には木々が広がり、自然豊かな小道が続いている。お弁当箱が入ったバスケットを持って、シルヴァード様と並んで歩いた。バスケットを持っていない方の手はシルヴァード様に握られていて、落ち着かない。

(これではまるで、仲良くピクニックに行こうとしている恋人ではありませんか……)

 シルヴァード様はいつもと変わらない様子なので、わたしだけが気にしていることになる。これは必要なことだと自分に言い聞かせながら、彼の手の感覚に意識を向けないように足を動かした。

 特に会話もないまま歩いていると、景色が開けた場所が見えてきた。心地の良い風が吹いていて、花の香りを運んできた。

「シルヴァード様。とても綺麗なお花畑ですね」
「そうだね。セレフィアにぴったりな場所だ」

 シルヴァード様に手を引かれて沢山のお花が咲いている丘へと進んだ。桃色や黄色、白色の花が色とりどりに咲いていて、蜜に誘われた蝶がひらひら飛んでいる。

 座れるような場所を探して、シートを敷いて二人並んで座る。わたしがバスケットからお弁当箱を取り出している間、シルヴァード様は近くの赤い花を指先で弄んでいた。何か気になるのだろうか。

「見てください、美味しそうなサンドイッチです。いただきましょう」
「うん」

 食べやすいようにサンドイッチを作ってくれた料理長に感謝しながら、それを頬張った。シルヴァード様はしばらくサンドイッチを持って動きを止めていたが、わたしが食べ始めると、そっとフードを外した。闇を閉じ込めたような黒髪と、血のように赤い瞳が露わになる。いつ見ても、美麗な方だ。花畑の中に彼が佇んでいるだけで、絵画の一場面のように見えてくる。

 じっとシルヴァード様の顔を見つめていたら、ふと彼の瞳がわたしに向けられた。温かな日の光が、彼の彫刻のように端正な輪郭を優しく照らしている。にこりと微笑まれて、ドキっと心臓が高鳴る。彼の微笑みは見慣れたと思っていたけれど、不意打ちは心臓に悪い。
 彼から目を離してもう一口サンドイッチを食べる。とても美味しい。

「セレフィア、可愛い」
「ひゃ!」

 耳元で突然囁かれて、びくりと身体が跳ねた。変な声が出た後、くすくすと笑う声が聞こえる。

「も、もう。シルヴァード様、ほどほどにしてください……」
「可愛い声。もっともっと、聞きたいな」

 頬が熱い。とても恥ずかしい。低音の声で耳元で囁かれると、全身に変な感覚が走るのだ。

 できるだけ怒っているように見せてにこにこと微笑んでいる彼を見る。彼は首を傾げて、わたしと身体が触れ合うくらいの近い距離に座り直した。彼は何事もなかったかのように、サンドイッチを頬ばる。

「これ、美味しいね」
「……そうですね。後で料理長さんに感謝を伝えましょう」
「セレフィアも食べたら美味しそう」
「わたしは食べ物ではありませんよ。食べないでくださいね」
「本気にしちゃって、セレフィアは可愛いね」

(なんだか、シルヴァード様に遊ばれているような気がします……)

 釈然としない気持ちになったが、シルヴァード様が楽しそうなのでこれはこれでいいのかもしれない。

「セレフィア」
「……なんでしょうか?」
「僕は本気だよ」

 真剣な声でふとそう言われ、彼の言葉が頭の中で反響した瞬間、耳の付け根から火がついたように熱くなった。彼は何のことか明言はしていないけれど、勝手に何のことかを想像して、心臓が大きな音を立てる。

 どこか遠くを見つめているシルヴァード様の横顔はとても綺麗で、思わず見惚れてしまうほどだった。
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