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第十話
しおりを挟む丁度その時、部屋の扉が開かれました。
「あら、申し訳ございません。お邪魔でしたね」
見慣れたカーネーション色の髪の彼女は、すぐに扉を閉めようとしました。
「……セルナ?」
「あら、エレアじゃないの」
わたくしが声をかけると、彼女はすぐわたくしだということに気が付きました。そして、彼女はわたくしとクラウス様を交互に見て、にやりと笑みを浮かべます。
「あらあらまあまあ、これはいいところに来たわ。少々お待ちを!」
そう言ってセルナは扉から外に出ます。彼女が何を考えているのかわからないわたくしは、クラウス様と顔を合わせて首を傾げました。
しばらくセルナを待っていると、勢いよく扉が開かれました。あまりの勢いに、扉が壊れたのではないかと心配したほどです。
その扉を開けた人物とは——。
「兄上! どうしてエレアと二人で……!」
走ってきたのでしょうか。エルンスト様は浅く息をしながら、大股でわたくしたちに近づきます。
「おや、エルじゃないか。学園で雑に扉は開けてはいけないと、何度か注意しているだろう?」
「そんなことは今どうでもいいのです! エレアは僕の婚約者ですよ。手を出そうとしないでください」
エルンスト様はわたくしとクラウス様の間に割り込みました。わたくしから彼のお顔は見えませんが、声色からしてかなり怒っていらっしゃいます。
クラウス様は困ったように眉を下げて、頬をかきました。
「エル、君は勘違いしているよ」
「見苦しい言い訳は聞きません。今から兄上を斬ります」
「ええっ!? 今から僕は実の弟に殺されるの?」
……エルンスト様を止めたほうがいいのでしょうか。わたくしとクラウス様の関係は、彼が思っているようなものではありません。
「エルンスト様」
くいっと目の前のエルンスト様の服を引くと、彼はわたくしを振り向いてにこりと微笑みました。毎度のことながら、目は笑っていません。
「エレア。君には後でお仕置きだよ。僕という婚約者がいながら、こんな男と二人きりになるなんて。あと、何度言えば呼び方を直してくれるの?」
「こんな男って言わないでもらえるかな。仮にも僕、君の兄だよ?」
クラウス様の声は見事にスルーされ、エルンスト様はわたくしの頬に手を添えました。基本誰にでも紳士的に接する彼ですが、お兄様に対してはこのように雑に対応するのです。
そのまま首筋まで撫でられます。なんとも艶めかしい指の動かし方で、頬に熱が集まります。
彼の顔が段々と近づいてきて、身の危険を感じたわたくしは手を彼の顔の前に出しました。
「ま、待ってくださいエル様! わたくしは、クラウス様のご相談の相手をしていただけです! エル様が思っているようなことは、一切しておりません」
「じゃあその花は? 兄上から贈られたものではないの?」
エルンスト様の目は、わたくしが片手で持っている青いバラに向いています。流行に疎い彼は、色のついたバラがどういった意味を持っているのか知らないのでしょう。
全て彼に説明したいのですが、クラウス様からの相談内容を簡単に話すことはできません。わたくしは困って、助けを求めるために壁と同化していたセルナに目を向けました。
彼女はわたくしと目が合うと、ぱちりと可愛くウインクをしました。返って来たのはそのウインクだけです。
「わたくしに贈られるものであれば、桃色になるはずです」
「……どういうこと?」
「好いている相手の瞳の色のバラを贈ると、恋が成就すると言われているのです」
端的に説明すると、エルンスト様は数回目を瞬いて何やら考え始めました。
クラウス様は呆れたように肩を竦め、大きく息を吐きました。
「エルの早とちりは今に始まったことじゃないからね。このバラは、僕がエレアノール嬢に頼んで、カタリナ嬢に贈ってもらうものだよ」
「カタリナ嬢に? 兄上は彼女を好いてるのですか?」
こんなに単刀直入に尋ねられるのは、兄弟だからでしょうか。
クラウス様はエルンスト様から目を逸らし、小さく頷きました。その頬と耳の先が赤くなっています。彼の言葉に一番反応したのはセルナでした。彼女のメモを取る手が高速で動いています。
「兄上もカタリナ嬢が好きなのですね」
ぼそり、とエルンスト様は小さく呟きました。彼の声を聞き取れたのは、わたくしだけでしょう。
ずきん。
また、胸が痛みます。
もしかしたら、わたくしはエルンスト様のことを好いていたのかもしれません。だから、彼がカタリナのことが好きだと分かると、こんなにも胸が痛むのでしょう。これが恋というものなのですね。
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