猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰

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リチャードの告白

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 リサはマーカスと仲良くなろうと 誕生日のプレゼントを贈る事にした。

  一人で考えようと寝室の机の前に陣取るとノートとペンを置く。
こっちの言葉で書くとバレるから日本語で書こう。腕組みして暫し黙考する。
う~ん。
本関連の物が良さそうだ。思い付くままにメモしてみる。ブックカバー、しおり、ブックスタンド…………もう無い。
マーカスの持っている本は図鑑とかで 分厚いから、どれを贈っても役に立ちそうにない。
だったら普通にペンとかノートかそう言う文房具!? それだとありきたりだ。
マーカスに最初に贈る物だもの。もっと特別な世界に一つだけの物を贈りたい。
「う~ん。う~ん」
唸りながら考えを巡らしたが、何も思い付かなかった。

**

 マーカスと並んで勉強しながらカレンダーを盗み見する。あと二十日なのに、まだ決まってない。街へ買い物に行かなくちゃいけないから、早く決めないといけないのに! 焦ってばかりで何も浮かばない。これまでさんざん考えた。しかし、結果は惨憺たるものだった。

「「はぁ~」」
無難な物を贈るしかなくなりそうだと、溜め息をつくと、マーカスも付いていた。
えっ? 七歳児が溜め息。眉を顰める。
確かにこのところずっと表情が暗くて、元気が無かった。どうしたんだろう? 
誕生日が近いんだから、あの年頃ならどんな物がもらえるのかとワクワクしているものだ。
「マーカス、どうかした?」
心配して声を掛けたが、何でも無いとはぐらかされた。

✳✳✳

 あと十日だと言うのにまだ、決まって無い。  
色々と思い付くが、どれもこれもコレと言う物がない。もう自分で考えるのは無理だ。  
勉強にも身が入らない。
仕方がない。最終手段だ。
「もうすぐ誕生日だね。何か欲しい物はある?」
「ううん。」
何も無いと首を振る。気の無い返事に戸惑う。
普通はプレゼントを強請るものだ。私に気をつかってとかの雰囲気でもない。


 マーカスは部屋の隅で蹲っていた。
『何でできないの!』『 私がその歳ではもう覚えてたわ!』『下手くそ!』『 マーカス!!』
耳をふさいでも言葉が、痛みが、よみがえってくる。どうしよう……。
リサにボクは出来損ないだって知られたら、嫌われるかも。もしかしたら ママに なりたくないって言われるか。 


✳✳✳

 今日もマーカスが溜め息をつく。
どうもおかしい。誰だって誕生日は楽しいものだ。特に子供は。それなのに日に日に憂鬱になっている時間が長くなっている。
同じように屋敷の中の雰囲気も良くない。
素直に喜べないのは、何か誕生日に嫌な思い出でもあるんだろうか? 
う~ん。何が考えられるだろう……。
あっ! もしかして、母親の命と引き換えに生まれた?
(悲劇が起きた日が自分の誕生日か……)
そう言う事なら自分の誕生日を祝う気持ちにはなれないだろう。
それならば、皆の態度に納得出来る。
そう言えばマーカスからママの話を一度も聞いた事が無かった。それに肖像画とか、母親との思い出を示すような物は飾ってなかった。
(リチャードの両親の肖像画はあったのに)
そう言えば最初から無かった。
いつも元気にしていても、まだ母親の死を受け入れられないんだろう。そっと、その日を過ごそうと思っているなら、私が張り切ってパーティーがしたいとか言い出したらひんしゅくを買ってた。プレゼントを贈っても良いか、先にリチャードに聞いた方がいいかもしれない。
私だけ知らない。その事がちょっぴり悲しい。だけど、前妻の話をするのは気まずい気持ちも分かる。でも、知りたい。



 話をしようと部屋で猫の姿のままリチャードが来るのを待っていると、ほどなくしてリチャードがぽたぽたと水をたらしながら部屋に入って来た。
リチャードが乱暴にタオルで頭を拭いている。
(今夜も水もしたたる良い男だ)
その姿を愛でていると私の視線に気付くと、その手を止めて近づいて来た。パジャマの隙間から胸筋が見える。その手触り、押し付けられた時の弾力。それを思い出すと体が火照る。それだけの甘い時間を過ごした。
体が人間になったのがわかると、そこまでと言うようにくるりと背を向けると、予め用意していたネグリジェに袖を通す。
「リサ……」
切り替えの早さにガッカリしてるリチャードを無視して話を切り出した。
今夜ばかりは流される訳にはいかない。
「話があるの」
「何だい?」
いざ話を聞こうとしてもデリケートな問題なだけに口にするのは、はばかられる。
死んだ奥さんの事をまだ愛していると知ったら、自分が傷つきそうだ。
どんなに頑張っても死人には勝てない。
「リサ。どうかした?」
「えっと……」
そうだった。話があるとお預けしたんだった。
だけど何て言えばいいの?
(はあ~、まいったな)
でも……このタイミングを逃したらもっと聞きづらくなる。
時間も無い。
何よりマーカスをこのままにはしておけない。力になりたい。
「その……マーカスが、元気が無くて……その……自分の誕生日が近いのに……それでどうしてかなって……」
リチャードがハッとしたように私を見つめる。触れてはいけない事だったんだ。
傷を掘り起こした? 悪気があった訳でも、傷つけたい訳でも無い。それだけは分かって欲しい。まして無理して聞き出そうとした訳でも無い。
「誕生日のプレゼントを贈ろうと思って、……その……だから……ごめんなさい」
しどろもどろになりながら言い訳を口にしたけど、嫌な事を思い出させた事に変わりない。
辛そうな瞳に、悲しい事を思い出させてしまったと後悔した。まだ結婚してないのに出しゃばってしまった……。こう言うのは結婚してから話を聞いた方が良い。
「あっ、あの別に……」
命日が近くなってナーバスになっているのに無神経過ぎたかも。無理して話さなくて良いと両手を突き出して振る。
「本当に。本当に。リチャードが話したい時まで待つから」
「はぁ~」
リチャードが深い溜め息をつくと私の手を取って額に押し付けた。
「そうだね。知っておいた方がいいだろう」
「………」
マーカスやリチャードの事を理解する為にも覚悟しなくちゃ。どんな話でも最後まで聞く。
キュッと拳を作る。

 これからの事を考えればリサに隠し通せるものでは無い。そうは思っても、いざ話そうとすると辛いような、悲しいような、恥ずかしいような、情けないような、一言では言い表せる事の出来ない気持ちになる。

**

「どこから話したらいいのか……」
リチャードが、そう言うと組んだ自分の手に目を落とす。そのまま黙ってしまった。話してと催促出来る雰囲気でもない。ただリチャードが話し出すのを待つしかない。長引く時間が、リチャードの心を表しているようで、何も聞いていないのに胸が痛くなる。それほどまでに辛いこと なんだ。リチャードが小さく息を吐く。
そのまま手を引かれてベッドに並んで座る。
リチャードの視線が空を彷徨う。言いづらい話のようだ。「無理に」と言う言葉が出かかるが、口を閉じた。
それでもリチャードが重い口を開いてポツリポツリと話してくれた。遠い過去を語るようにリチャードからは感情が見えない。

 マーカスの母親であるエリザベート伯爵令嬢とは三歳の時に両家で婚約が整い、エリザベートが十六歳の時結婚する約束を取り付けられた。約束通り結婚しが互いに顔を合わせたのは結婚式当日だった。
(政略結婚か……)
平民の私からしたら封建時代の話だ。どちらも相手に対して恋心が芽生えることもなく、三か月ほどで子供を授かり、翌年にはマーカスが産まれた。
「エリザベートとの結婚は自分にとって義務だと考えていた」
「………」
それが当たり前の考えなんだろうけど、なかなか慣れない。貴族とはそう言うものらしい。 でも、十六歳での結婚は早すぎる。
(二人の結婚は仕事だったのだろう)
「しかし、今まで蝶よ花よと我儘三昧で育って来たエリザベートにとって、パーティーも茶会も無く、伯爵夫人として、母親として、責任ばかり求められる生活にストレスを感じていた」
「………」
リチャードの硬い口調には後悔が滲んでいるのか、無意識に自分の手を見ている。
その手には何が見えているんだろう。

 そんな華やか生活を送っているなら、不満に思うのは仕方ない。否、きっと怒られただろう。大人になれないのに17歳で母親。
結婚したんだから、妻なんだから、母親なんだから、そう言われて逃げ場がない状態。聞かなくても想像がつく。その上、夫は忙しくて助けてくれない。
「そして、その矛先がマーカスに向かったんだ」
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