私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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石橋を三日三晩 叩いても渡るには勇気がいる

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「ロアンヌ。君に会いに来た」
「わっ、私ですか?」
 思ってもみなかった答えに驚いて 声が裏返る。お世辞かと疑うように見やると、レグール様の真剣な眼差しにドキリとして脈が跳ね上がる。
(嘘・・)
レグール様が私に会うために、わざわざ山を登ってきの?
ときめきに酔いしれていたのに、現実主義のもう一人の私が釘をさす。
(ちょっと待って!家の者にも誰にも、山へ行くと言ってないのよ。そもそも思いつきで、ベリー狩りに出かけたのに。どうしてその事を レグール様が知ってるの? おかしいでしょ。ただの社交辞令よ)
そう言われれば、そうだ。

「レグール様はどうして私が、ここにいるって 知ってるんですか?」
「えっ、それは・・」
「それは?」
「その・・山を登ってる時に偶然、ロアンヌの姿を見かけたんだ。偶然だよ・・ははっ」
なるほど・・。そういう事なら変じゃない。でも、私に用って何だろう? 
心当たりがなくて正直戸惑う。どうしてもレグール様が、私に用があるとは思えない。となると・・お父様への口利き?
でも別に、二人が不仲だという話を聞いたことがない。 
じゃあ、やっぱり私なのかな・・。

「それで、用件は何でしょう?」
「・・・」
私をじっと見るレグール様の視線は、
私だけに向けられている。
こんな風に見られるのは初めてだ 。
いつもクリスの隣にいる娘としか認識されないから、こうやって、ついでではなく 個人として私を見てくれることが嬉しい。

「レグール様?」
「その前に、いくつか質問したいから、正直に答えてほしい」
「えっ、あっ、はい。どうぞ」
 質問?何を聞かれるか分からないが、私に秘密はない。何でも聞いてくださいと待ち構える。
「・・・」
「・・・」
しかし、レグール様が言いにくそうに、辺りを見回している。
そんなに聞きづらい事なんだろうか?
ロアンヌは、質問しやすいように声をかける。
「レグール様。遠慮は要りません。何でも尋ねてくださって大丈夫ですから」
「そっ、そうか。ロアンヌがそう言ってくれるなら・・コホン。えーと・・その・・ロアンヌは誰かと結婚の約束をしているか?」
(えっ? 聞きたいことって、それ?)

 想定外の内容に面食らう。まさか、そんな事を聞いてくると思わなかった。
「いっ、いいえ。・・いません」
レグール様がどうして、そんな事を知りたいのか分からない。
でもその話題は、今日の私には辛い質問だ。思わず目を伏せて小さく答えた。
「じゃあ、恋人はいるか?」
「こっ、恋人?」
「そうだ。祭りの時一緒に出かけたり、逢い引きしたり、ラブレターをやり取りする相手だ」
「へっ?」

レグール様のあまりにも私と無関係な質問に唖然とする。
レグール様に私は、一体どう映っているんだろう。私がそんな事に無縁だと気付かないのだろうか。
私なんて取り立てて褒めるところの無い平凡な娘だ。
伯爵令嬢でなかったら埋もれてる。
意図が分からわず 眉をひそめる。

「答えてくれ。居るのか?居ないのか?」
「・・・」
レグール様が挙げることは全て、小説とか友達を経験すること。
17歳だ。でせめて一つぐらい経験したかった。でもそれは叶わぬ夢。
誰かを好きになるなんて無意味だ。

好きになった男の子はいたが、みんな、クリスを 女の子だと勘違いして夢中になってしまった。
それで私の淡い恋は、全部散ってしまった。どう頑張ってもクリスには勝てない。
美しさは性別も身分も超える。何度も経験したのに、思い出すたと鼻の奥がツンとする。
自分の容姿で嘆くのは止めようと、自分に約束したのに・・。
レグール様によって心の奥に仕舞い込んでいた、クリスへの嫉妬と羨望の気持ちが溢れ出る。

ロアンヌは、惨めな自分を晒さないように平静を装う。
「いません。第一今まで好きになった人もいないし、私の事なんか・・誰も・・」
『好きになってなどくれない!』そう叫んでしまいそうになる。
そんな気持ちを知られたくなくて俯いて視線を避ける。
(気にしない。気にしない。あなたは、あなた)
そう言い聞かさせると、唇をかみしめて気持ちを押し殺す。

 「本当に?」
それなのに、レグール様が また問うてくる。もう、私を揺さぶるのを許してほしい。
私の言うことが信じられないと レグール様が首をひねる。
「はい・・」
ロアンヌは、そうだと頷いて肯定する。レグール様だって、綺麗なクリスを見たら 気が変わるに決まってる。
今までもそうだったし、これからもそうだ。私が、選ばれることはない。

「・・・だったら私が、プロポーズしても問題ないな」
「えっ」
レグール様の言葉に 激しく動揺する。
ええ!プッ、プロポーズ?・・・今、プロポーズって言った?誰に?・・まさか私に?
無い。無い。無い。聞き間違い。

そう否定したのにレグール様が、片膝をついて私に向かって 手を差し伸べる。
「ロアンヌ。どうか、私の妻になってくれないか?」
「っ」
何か、私にとって、すごく素敵な言葉を言っていることは分かるのに、 頭が真っ白になって何を言っているのか 、よく理解できない。

だけど、レグール様のポーズに目が釘付けになる。
これって・・プロポーズするとき片膝をつくって聞くけど・・。
これが、そうなの?
駄目だ。プロポーズなんて、見たことも、されたことも無い。そもそも、自分の置かれている状況が理解不能だ。

誰が、誰に?私に?
どうして初対面の私に?なんで?
レグール様なら、他に候補の相手がいっぱいいるのに、どうして私に?
何か裏があるかもと疑いたくなる。
・・どうしても相手が、自分だと思えない。きっと人違いだ。でも、私の素性は確認している・・。
ロアンヌはレグール様の差し出した手の方向を見る。私に向かってる気がする。

後ろを振り返ると、誰もいない。ここには二人きりだ。
片膝をついて私の返事を待っている。その期待に満ちたた瞳が、本気で言っていることを示している。それに私の名前を言っていた・・。
でも・・間違いかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・誰に言ったんですか?」
「ロアンヌ。君だけど?」

「ほっ、本当に・・私に・・プロポーズしたんですか?」
ロアンヌは、自分を指差した。すると、レグール様がそうだと頷く。
レグール様が何故そんな事を聞くんだと怪訝そうな顔で私を見ている。
「・・・・クリスじゃなくて?」
「はっ?どうしてクリストファーの名前が、ここで出てくるんだ?」
そう聞くと、笑みをたたえていたのにムッとした顔になる。レグール様の機嫌を損ねたようで立ち上がってしまった。

「クリスは男だろう。私にそんな趣味な無い」
レグール様は、クリスの存在を知っててるのに、私にプロポーズしてくれた。
(ああ、夢なら覚めないで! これは一生に一度あるかないかの奇跡だわ)

「私は女性のロアンヌ嬢にプロポーズしたんだけど」
心外だと腕組みして私を見下ろす。
その目には私に対する不満が見て取れる。断る理由としてクリスの名前を出したと誤解している。
ロアンヌは両手と首を激しく振って、 そういう意味ではないと否定する。

「違います。違います。ただ・・信じられなくて・・」
どうしても真実だと思えない。まるで白昼夢だ。目が覚めたら、全て消えてしまいそう。
・・でも、もし現実だとしたら?
それに、いつまでたっても『冗談だよ』かと『からかっただけ』とも言ってこない。

「本当だ。私はロアンヌと結婚したい」
レグール様が私の両手を包み込んで、しっかりと視線を合わせて私を見つめる。
その瞳には、私だけが写っている。
「目の前にいる私が・・私が良いんですか?」
「そうだよ。目の前にいるロアンヌが、良い」
喜びがさざ波のように体に広がっていく。
 『私で』じゃなくて『私が』いいと言ってくれた。誰でも、いいんじゃない。私が選ばれたんだ。
( 私が ・・・)

幸せを噛み締めていたのに、降って湧いたような幸運が怖くなる。もしかしたら、信じた途端、気が変わるかもしれない。
そうなったらどうしよう・・。
 
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