私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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顔の見えない相手に 勝ちたいと思う恋心

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クリスから渡されたリストを手にレグールの元を訪れたロアンヌは、付き合った女性がいたと告白されて 部屋を飛び出してしまった。


馬車を降りると何かに追われるかのように帰って来たその足で、お母様の部屋に向かって走った。

レグールから離れれば 苦しみから逃れと思っいたのに、胸の痛みは増すばかり。兎に角、誰かに会って自分の気持ちを吐き出したかった。慰めてほしかった。

ノックも無しにお母様の部屋のドアを開ける。
(マナーなど守っていられない)
部屋の中央に立っていたお母様が振り返る。

変わらぬ風景が私を出迎えてくれた。猫家具も 揺れるレースのカーテンも 変わらない。
「お母様! 」
私の姿を見たお母様が、行き成り私が入って来ても驚くことなく両手を広げる。
「ロアンヌ」
その懐に飛び込んでいく。お母様は、何も聞かずに私を抱きしめて背中を撫でてくれる。その温かさが、その懐かしい匂いが、癒してくれる。
悲しことや嫌なことがあると、幼い時はよくこうして慰めてもらった。

今のこの気持ちを一人で抱え込むには
大きすぎる。一体何処から話したらいいかも分からない。
「お母様。……私……あのね……私……私……」
自分のこの辛さを分かち合ってほしい。と話を切り出そうとしたけれど、
思いが交錯して言葉が続かない。
私は間違ってた?  それとも正しかった?  信じられないのは私が悪いの? 
それともレグール様が悪いの? 
「ロアンヌ……ゆっくりで良いから話しなさい。ちゃんと聞いてあげるから」
優しい声音に顔を上げるとお母様が
微笑んで自分を見ている。


お母様と隣同士にソファーに座り、ロアンヌは、どうしてレグールの家に行ったのか、そして、押しかけてからのやり取りをすべて包み隠さず話した。
私が話してる間中、お母様は手を握ったり、頷いたりしながら、ずっと耳を傾けてくれた。

最後まで言い切ると、真剣に聞いていたお母様がホッとした様にソファーに凭れ掛る。
「そんな事……。私はてっきり隠し子でもいたのかと思ったわ」
「隠し子って! レグール様は、そんな人じゃないわ」
言うに事欠いて、そんなことを言うなんて酷すぎる。結婚を認めておいて、その相手の人間性を否定するなんて無責任だ。それに、もしそんな話だったら、その場で婚約破棄する。
「レグール様は、誠実で いつも私を一番に考えてくれる優しい人よ」
幾ら、お母様でもレグール様を悪者呼ばわりするのは赦せない。ロアンヌは怒りに満ちた目で睨みつけた。すると、 逆にギロリと睨みつけられた。
「なっ」

初めて見るお母様の厳しい視線に頬をうたれたようなショックを受ける。 
なんで私が、そんな目で見られなくちゃいけないの。お母様の冷たい態度に訳がわからず途方に暮れる。
(被害者は 私なのに……)
「レグールはあなたより十歳も年上なのよ。今まで女性と何も無いなんて有り得ないでしょ」
「………」
当たり前のことで騒ぎ立てるなと、私を突き放す。 私だって、分かっている。
(だけど……)
言い返す事も出来ず固く口を閉じる。年の差など気にならないと言っていたのに、今は十年と言う歳月が重く圧し掛かる。 愛さえあれば歳の差なんてと、簡単に考えていた。

まともに、お母様に目を向けられない。
「ロアンヌ……」
お母様に手を握られて顔上げる。
さっきと違って私を見ているお母様の瞳には同情の色が浮かんでいる。
お母様も 同じ経験をしたのだろうか?
「……もしかして? 」
「ええ、そうよ」
探るように問うと、お母様が小さくため息をつく。みんな同じ経験をしているんだ。元カノに嫉妬するのは普通なのかも。
「結婚したときお父様は二十三歳だったから…… 婚約前にお付き合いしている方が……いて……」
お母様にも苦い経験があったようで、気まずそうに横を向いて答えた。 
私の手を弄びながら、昔を思い出しているのか、視線があちこちに飛ぶ。
「だけど、男には見栄もあるから……
あまり下手でもね……」
「下手? ……見栄? 」

恋愛経験がないと男としての評判が下がるのだろうか?
何が言いたいのかよく分からなくて聞き返すと、虚を突かれた様にお母様が驚いて、誤魔化すように手を叩きなら諭してくる。
「とっ、兎に角……男とはそう言う生き物なの。肝心なのは結婚してから、他の女に取られない様にする事よ」
そう言う生き物……。つまり、諦めろ。
お母様はそう言うけれど、そう簡単に
割り切れるものなのだろうか? 
それとも時間が経てば、 この胸のモヤモヤも消えるのだろうか? もしそうなら、その秘訣を教えて欲しい。
「お母様は、どうやって、この気持ちを整理したの。私は嫌で、嫌で仕方ない」
「そうねぇ……終わったことで今更蒸し返されてもどうしようもないし……」
お母様が顎に人差し指を当てて首を左右に振る。
(蒸し返す……か……)
確かに、過去を変えることなんて出来ない。騒いでも、レグール様が どうこうできる事じゃない。

「結局は結婚までたどり着かないのは、お互いそうしたいと言う気持ちが足りないのよ」
「 ………… 」
「どんなカップルでも浮き沈みはあるし、信じられないと思う事もあるわ。でも、その手を離すか 離さないかは自分たち次第。離した手を掴まれることもあるし、離された手を掴むこともあるわ」
お母様の言葉には人生の先輩としての重みがあった。きっと、お父様と色々有って今の関係を築いたのだろう。 
誰にだって欠点のようなものはある。私だってそうだ。その欠点を直したり、愛したりしたのだろう。

知り合って、気になって、お互いを意識して、告白して、恋人になる。そんな手順を踏まずに、私は最初から何の苦労もせずに、いきなり婚約してしまった。そう言うものが、私たちには決定的に足りない。
だから、その価値を忘れていたのかもしれない。
( ……… )
「もし、その事であなたがレグールを許せないなら。結婚は止めなさい」
「お母様! 簡単に言わないで」
私を手で払うように別れろと言う。
そんなお母様の態度に切り立つ。
私たちは結婚を前提に、真剣な気持ちで付き合ってきたのに……。
でも、心のどこかで自分が物語の主人公のように幸せになれると勘違いしていた事も否めない。だから、いざ問題が起こるとこんなに狼狽えているんだ。
(現実はこんなにも辛い)
「なら、全て水に流して忘れなさい」
「それは……」
(分かっている……………)
頭では分かっても、心が受け入れる事を拒む。それはきっと、自分への自信のなさから来るものだ。 どうしても、元カノ達の事を紐づけて考えてしまう。 あの古城跡にも他の人と行ったのかな? 馬の相乗りも他の人ともしたのかな? そういうことを考え出す。
そして、次にどっちが楽しかった? 
どっちが良かった? そんなふうに相手と自分を比べて、顔も知らない女に嫉妬してしまう。私以外の女がレグール様を抱き締めて口づけして……。
頭に浮かんだ幻を首を振って追い出す。

「過去は誰も消せない。過去が幾つも積み重なって今のレグールがあるの。今のレグールが好きならレグールの過去も受け入れなくちゃいけないわ」
「 ……… 」
過去はその人の一部。無かったことになど出来ない。そうなのだけれど、恋愛に関しては受け入れられない。
「ロアンヌはレグールが誰にも相手にされない。嫌われ者の方が良かった? 」
そんなこと思っていない。
レグール様は、誰からも素敵な人だと 思われても構わない。
恋の一つや二つ有って良い。
だけど、 私に向けたまなざしを他の女にも向けたという事実に、悔しさが先に立つ。 裏切られた気持ちになる。

 だから、私だけの……私だけのレグール様でいて欲しい。
「いいえ。お母様。私が嫌なのは……私以外の人がレグール様に触れたことです」
私の答えにお母様が満足気に頷いた。
「そう言う事なら、最後の女になればいいのよ。私も、 他の女に目移りされないくらい 綺麗になりたいって頑張ったものよ」
「お母様……」
お母様が美しくなる努力をした理由が、 元カノに勝ちたいという気持ちと、自分を選んだことを後悔させたくないという気持ちが、原動力になっていたなんて 思いもよらなかった。 
意外な一面に 逆に親近感がわく。私と同じ理由で努力するなら、娘である私にも出来る気がしてきた。

私もお母様を見習って、全身全霊でレグール様の心を手に入れなくちゃ。
「……最後の女……」
「そう、過去は変えられないけど未来は変えられるわ。レグールにそれだけの価値があると思うなら。これから先、他の女に目を向けさせない程、良い女におなりなさい」
「なれると思う?」
「そんな弱気なら、さっさと諦めなさい」
「お母様。酷い~」
応援すると言う言葉を期待していたのに……。幾らなんでも厳しすぎる。
お母様が私の両肩を掴むと、揺さぶりながら檄を飛ばす。
「勝ち取らなくては駄目なのよ。あなたはその権利を手に入れただけで、未来が約束された訳じゃ無いの。後は、あなたの次第よ」
お母様の気迫に気圧されながらも、言いたい事は十分伝わって来た。後はこの気持ちと決着をつけるだけ。

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