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知る事と 知る必要がある事は違う
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ロアンヌはクリスの挑発に乗って、レグールの仕事場に押しかけた。
しかし、それがもたらす結果に たいする恐れから 考えなおして帰ろうとしたが、ドアが開いてレグールが顔を覗かせた。
(あっ)
「どうしたんだい。急に? 」
「えっと……その……」
「ロアンヌ? 」
私が、どんな目的で来たか知らないレグールが 笑顔で迎えてくれる。
その事に、ちくりと胸が痛い。
まだ引き返せる。
いつも通り振る舞えばいい。別の話をして、何も無かった事にしてしまってもいい。自分から関係を悪化させようとする必要はない。
そう思っても、ドアを塞ぐように入り口の前にレグールに立たれて、逃げられない。そう感じた。
「 ……… 」
「兎に角、来てくれて嬉しいよ」
チークキスしようとレグールが頬に顔を寄せて来た。だけど、無意識にキスを避けた。そんな自分に驚く。 ハッとしてレグールを見ると、笑顔だが その瞳に痛みが見える。
こんな事がしたいんじゃない。
レグールを傷つけるつもりで来たわけじゃないのに……。
「お茶を用意するから、座って」
レグールが何事も無かったようにお茶の準備をしだした。
「 ……… 」
平坦な声音で話しかけているけど、どれだけ傷つけたかと思うと苦しくなる。でも……。
心に渦巻く不信感や、不安な気持ちを
飲み込んでも、飲み込んでも、無くならない。
心の中に浮かんだ疑念が、止めようとしても、何者かに乗っ取られているかのように 自分で自分をコントロールできない。
私じゃないみたい。
気づけば声をかけていた。
「レッ……レグール様」
(真実なんて知る必要があるの? 機嫌を損ねれば、あっという間に捨てられてしまうかもしれないのよ。それでいいの? )
私をあざ笑うように、もう一人の自分が なじる。
でも、 確かめたくなってしまった。
" あなたの気持ちは本物ですか? "
それを問う事への重さに押しつぶされそうになりながら、
「…………これ……」
(婚約して置きながら、こんな事をしたら信用して無いと言いているようなものよ)
ロアンヌは囁くように言いながら、紙を押し付けた。
「んっ、何だい? 」
何も知らずにレグールが紙を開くとハッとして身を強張らせた。
それを見てロアンヌは、ぎゅっと目を閉じる。
ああ、クリスが 正しかった。
自信に満ちたクリスの顔が浮かぶ。
自分のつまらない自惚れが、ぺちゃんこに 押し潰されてた。
やっぱり、私は一番になれない。
クリスに勝ったといい気になっていたから、こんな目にあうんだ。今までのレグールとの思い出が、セピア色に変わる。
レグールに渡した紙には、悪い男だと言う証拠だと言って、クリスが私に手渡したリストだ。愛されていると自信を手に入れたはずなのに。どうして、こんなことに?
ズブズブと後悔と言う海の中に沈んで行く。そして、光の差し込まない海の底へと、私を連れて行く。
直ぐに否定しなかった事に ショックを受けながらも、渡されたるリストをジッと見ているレグールの顔色を伺う。
(ほら、言ったじゃない。後悔すると分かっているのに、なんて愚かなの)
リストから視線を戻したレグールと眼が合う。だけど、その瞳は鉛のように
光を失っている。
"何も言わないで" 、 "聞きたくない"
そう心が悲鳴を上げる。それなのに、口が勝ってに動く。
「私も……私もこんな事聞きたくないの。……でも、どうしても気になって」
(あなたの望む答えが返って来るとは限らないのよ)
そんなの 分かってる! でも、……。
ロアンヌは何度もスカートで手汗を拭きながら絞り出すような声で弁明した。
ため息ともつかぬ息を吐くと、レグールが、半ば嫌味で延々と続くリストを見ながら自虐的になる。
「しかし、よくまあ これだけ調べた
ものだ」
「……全員恋人だったんですか? 」
もしそうなら、どうしよう。そんな気の多いレグールの心を繋ぎ止めて置けるだろうか?私に興味が無くなったら、どうしたら……。
(そんなことなど無理よ。このままでは、あなたの名前もリストに載るだけよ)
レグールが、さすがにそれは無いと首を横に振る。
「まさか、このリストのほとんどは知らない者たちだ。知ってる名前も店員がほとんどだ。これでも領主としての自覚はある。だから、簡単に付き合ったりしない」
良かった……。
やっと緊張から解放され、無意識に詰めていた息を吐く。
「では、このリストの人たちとは無関係なのですね」
(どうしてそんな事を聞くの? 自分で自分の首を絞めてる事に気づかないなんて、馬鹿なの? 殆どと言う事は数人とは恋人関係だったと言う事よ)
尋ねるとレグールが乾いた唇を何度も舐めながら、なかなか話し出そうとしない。
「 ……… 」
「 ……… 」
返事を待っているだけなのに、足が震えて立っていられない。 口では元カノがいても当たり前だと言いながら、心では そうであって欲しくないと思っていた。
「この中の三人と……付き合ったことがある」
「っ」
レグールの告白にショックで顔から血が引く。
レグールがリストをテーブルに、そっと置くと悲しそうな瞳で私を見詰める。ロアンヌは、その瞳をただ見る。すると、レグールが、そっと目を伏せた。
嘘なんて、いくらでも言えるのに、どうして真実を伝えるの? レグールが言うことなら、どんな嘘でも信じたのに……。
どうして? どうしたらいいの?
動揺して何も考えられない。
消えてしまい。
閉め方も知らないくせに、パンドラの箱を開けてしまった。
もうこれ以上、此処には居られない。
ロアンヌは首を振りながら立ち上がると、ドアノブに手を掛けた。
「かっ、帰ります! 」
一方的に言って部屋を飛び出す。
滲みだした涙を拭う事もせず全力で廊下を走った。
馬鹿みたいだ。
自分で勝手に乗り込んで、聞きたくない話を聞いて、傷ついて、何一つ解決しないまま、すごすごと尻尾を巻いて逃げかえるなんて。
クリスからリストを受け取ったとき、私を困らせるための悪戯だと笑い飛ばせば良かった。
だけど、あのままクリスに、言い負かされたくなかった。人を見る目がないと馬鹿にされたみたいで、悔しかった。私の選択は間違ってない! そう証明したいと言うレグールが婚約者としてのプライドだった。
それなのに……。
嫌な思いだってした事もある。傷ついた事もある。ショックな事だってあった。何時だって、黙って耐えていた。なのに、どうして? どうして今回に限って耐えられなかったの? 我慢すれば、こんなに 傷つかずに済んだのに。
「ロアンヌ! 」
そう呼んだ声は、ロアンヌの閉めたドアには弾き飛ばされて床に落ちる。
いつか、自分の過去が二人に試練を与えると覚悟していた。それでも、こんなに自分が動揺するとは思わなかった。もし、その時がきたら、上手に誤魔化そう。そう考えていた。本当の事を言うか、言わないかで悩んだ。
結局、事実を伝えた。
後で 嘘だと知られたら、ロアンヌを信頼を失なうとからだ。
「くそっ! 」
力任せに机を叩く。
ロアンヌを手に入れる事が出来て、 初めての恋人になれて、完全に有頂天になっていた。
誰も二人の仲を裂く事など出来ないと思っていた。
ロアンヌは誰の手あかも付いてない。
それに引きかえ私は、手あかまみれの男。 ふたりの違いを思い知らされた。片方の口角だけをあげて自嘲の笑いを漏らす。
体中が軋んで痛い。十年間の思い全てが、たった一枚の紙切れで崩れようとしている。
捨てないでと縋りつけば、優しいロアンヌは私を見捨てたりしない。
でも、それが何になる。同情から始まる恋なんて余りにも脆い絆だ。そんな物に根は張らない。私がロアンヌを選んだように、私を選んでもらうしかない。そこからスタートしなくては何も咲かないし実らない。
(どうか、私を選んで。どうか、私を捨てないでくれ……)
レグールは、ロアンヌが結論を出すのを待つことしか出来ない。私の差し出した手を、もう一度握って欲しい。
追いかけそうになる自分を机を掴んで堪える。
狂いそうな気持ちを支えているのは、二人で過ごした日々。その思い出だけを頼りにするしかない。
今のロアンヌには、言えば、言うほど嘘に聞こえるだけだ。
しかし、それがもたらす結果に たいする恐れから 考えなおして帰ろうとしたが、ドアが開いてレグールが顔を覗かせた。
(あっ)
「どうしたんだい。急に? 」
「えっと……その……」
「ロアンヌ? 」
私が、どんな目的で来たか知らないレグールが 笑顔で迎えてくれる。
その事に、ちくりと胸が痛い。
まだ引き返せる。
いつも通り振る舞えばいい。別の話をして、何も無かった事にしてしまってもいい。自分から関係を悪化させようとする必要はない。
そう思っても、ドアを塞ぐように入り口の前にレグールに立たれて、逃げられない。そう感じた。
「 ……… 」
「兎に角、来てくれて嬉しいよ」
チークキスしようとレグールが頬に顔を寄せて来た。だけど、無意識にキスを避けた。そんな自分に驚く。 ハッとしてレグールを見ると、笑顔だが その瞳に痛みが見える。
こんな事がしたいんじゃない。
レグールを傷つけるつもりで来たわけじゃないのに……。
「お茶を用意するから、座って」
レグールが何事も無かったようにお茶の準備をしだした。
「 ……… 」
平坦な声音で話しかけているけど、どれだけ傷つけたかと思うと苦しくなる。でも……。
心に渦巻く不信感や、不安な気持ちを
飲み込んでも、飲み込んでも、無くならない。
心の中に浮かんだ疑念が、止めようとしても、何者かに乗っ取られているかのように 自分で自分をコントロールできない。
私じゃないみたい。
気づけば声をかけていた。
「レッ……レグール様」
(真実なんて知る必要があるの? 機嫌を損ねれば、あっという間に捨てられてしまうかもしれないのよ。それでいいの? )
私をあざ笑うように、もう一人の自分が なじる。
でも、 確かめたくなってしまった。
" あなたの気持ちは本物ですか? "
それを問う事への重さに押しつぶされそうになりながら、
「…………これ……」
(婚約して置きながら、こんな事をしたら信用して無いと言いているようなものよ)
ロアンヌは囁くように言いながら、紙を押し付けた。
「んっ、何だい? 」
何も知らずにレグールが紙を開くとハッとして身を強張らせた。
それを見てロアンヌは、ぎゅっと目を閉じる。
ああ、クリスが 正しかった。
自信に満ちたクリスの顔が浮かぶ。
自分のつまらない自惚れが、ぺちゃんこに 押し潰されてた。
やっぱり、私は一番になれない。
クリスに勝ったといい気になっていたから、こんな目にあうんだ。今までのレグールとの思い出が、セピア色に変わる。
レグールに渡した紙には、悪い男だと言う証拠だと言って、クリスが私に手渡したリストだ。愛されていると自信を手に入れたはずなのに。どうして、こんなことに?
ズブズブと後悔と言う海の中に沈んで行く。そして、光の差し込まない海の底へと、私を連れて行く。
直ぐに否定しなかった事に ショックを受けながらも、渡されたるリストをジッと見ているレグールの顔色を伺う。
(ほら、言ったじゃない。後悔すると分かっているのに、なんて愚かなの)
リストから視線を戻したレグールと眼が合う。だけど、その瞳は鉛のように
光を失っている。
"何も言わないで" 、 "聞きたくない"
そう心が悲鳴を上げる。それなのに、口が勝ってに動く。
「私も……私もこんな事聞きたくないの。……でも、どうしても気になって」
(あなたの望む答えが返って来るとは限らないのよ)
そんなの 分かってる! でも、……。
ロアンヌは何度もスカートで手汗を拭きながら絞り出すような声で弁明した。
ため息ともつかぬ息を吐くと、レグールが、半ば嫌味で延々と続くリストを見ながら自虐的になる。
「しかし、よくまあ これだけ調べた
ものだ」
「……全員恋人だったんですか? 」
もしそうなら、どうしよう。そんな気の多いレグールの心を繋ぎ止めて置けるだろうか?私に興味が無くなったら、どうしたら……。
(そんなことなど無理よ。このままでは、あなたの名前もリストに載るだけよ)
レグールが、さすがにそれは無いと首を横に振る。
「まさか、このリストのほとんどは知らない者たちだ。知ってる名前も店員がほとんどだ。これでも領主としての自覚はある。だから、簡単に付き合ったりしない」
良かった……。
やっと緊張から解放され、無意識に詰めていた息を吐く。
「では、このリストの人たちとは無関係なのですね」
(どうしてそんな事を聞くの? 自分で自分の首を絞めてる事に気づかないなんて、馬鹿なの? 殆どと言う事は数人とは恋人関係だったと言う事よ)
尋ねるとレグールが乾いた唇を何度も舐めながら、なかなか話し出そうとしない。
「 ……… 」
「 ……… 」
返事を待っているだけなのに、足が震えて立っていられない。 口では元カノがいても当たり前だと言いながら、心では そうであって欲しくないと思っていた。
「この中の三人と……付き合ったことがある」
「っ」
レグールの告白にショックで顔から血が引く。
レグールがリストをテーブルに、そっと置くと悲しそうな瞳で私を見詰める。ロアンヌは、その瞳をただ見る。すると、レグールが、そっと目を伏せた。
嘘なんて、いくらでも言えるのに、どうして真実を伝えるの? レグールが言うことなら、どんな嘘でも信じたのに……。
どうして? どうしたらいいの?
動揺して何も考えられない。
消えてしまい。
閉め方も知らないくせに、パンドラの箱を開けてしまった。
もうこれ以上、此処には居られない。
ロアンヌは首を振りながら立ち上がると、ドアノブに手を掛けた。
「かっ、帰ります! 」
一方的に言って部屋を飛び出す。
滲みだした涙を拭う事もせず全力で廊下を走った。
馬鹿みたいだ。
自分で勝手に乗り込んで、聞きたくない話を聞いて、傷ついて、何一つ解決しないまま、すごすごと尻尾を巻いて逃げかえるなんて。
クリスからリストを受け取ったとき、私を困らせるための悪戯だと笑い飛ばせば良かった。
だけど、あのままクリスに、言い負かされたくなかった。人を見る目がないと馬鹿にされたみたいで、悔しかった。私の選択は間違ってない! そう証明したいと言うレグールが婚約者としてのプライドだった。
それなのに……。
嫌な思いだってした事もある。傷ついた事もある。ショックな事だってあった。何時だって、黙って耐えていた。なのに、どうして? どうして今回に限って耐えられなかったの? 我慢すれば、こんなに 傷つかずに済んだのに。
「ロアンヌ! 」
そう呼んだ声は、ロアンヌの閉めたドアには弾き飛ばされて床に落ちる。
いつか、自分の過去が二人に試練を与えると覚悟していた。それでも、こんなに自分が動揺するとは思わなかった。もし、その時がきたら、上手に誤魔化そう。そう考えていた。本当の事を言うか、言わないかで悩んだ。
結局、事実を伝えた。
後で 嘘だと知られたら、ロアンヌを信頼を失なうとからだ。
「くそっ! 」
力任せに机を叩く。
ロアンヌを手に入れる事が出来て、 初めての恋人になれて、完全に有頂天になっていた。
誰も二人の仲を裂く事など出来ないと思っていた。
ロアンヌは誰の手あかも付いてない。
それに引きかえ私は、手あかまみれの男。 ふたりの違いを思い知らされた。片方の口角だけをあげて自嘲の笑いを漏らす。
体中が軋んで痛い。十年間の思い全てが、たった一枚の紙切れで崩れようとしている。
捨てないでと縋りつけば、優しいロアンヌは私を見捨てたりしない。
でも、それが何になる。同情から始まる恋なんて余りにも脆い絆だ。そんな物に根は張らない。私がロアンヌを選んだように、私を選んでもらうしかない。そこからスタートしなくては何も咲かないし実らない。
(どうか、私を選んで。どうか、私を捨てないでくれ……)
レグールは、ロアンヌが結論を出すのを待つことしか出来ない。私の差し出した手を、もう一度握って欲しい。
追いかけそうになる自分を机を掴んで堪える。
狂いそうな気持ちを支えているのは、二人で過ごした日々。その思い出だけを頼りにするしかない。
今のロアンヌには、言えば、言うほど嘘に聞こえるだけだ。
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