【完結】姫の前

やまの龍

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第3章 鎌倉の石

第49話 奥州からのモノ

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 また年が明けた。正月九日、小御所の南面で弓始めが行われる。射手は十人。

 その中に海野幸氏の姿があり、八幡姫と二人、手を取り合い固唾かたずを飲んで見守る。
幸氏は見事に皆中の腕前を見せ、ヒメコと八幡姫は飛び上がって喜んだ。

 その昼過ぎ、八幡姫と共に江間の邸へ赴く。幸氏は馬の世話をしているとかで留守だった。

「ね、重隆。義高様は幸氏と同じくらい弓が上手だったの?」

 八幡姫の問いに重隆はええと頷いた。

「若君はそれはそれは見事な腕前でした。ただ」
「ただ、何よ?」
 八幡姫に詰め寄られ、重隆は後退る。

「あ、いえ、ただお優しいゆえに狩ではわざと外したりなさることもあり、大殿に叱られていたこともございました」

 八幡姫は、そう、と答えると重隆に尋ねた。

「重隆はどうして此度の流鏑馬に出なかったの?弓は得意って言ってた癖に」

「大姫さま」
ヒメコがたしなめた時、後ろから声がかかった。

「重隆は野外の狩では私より早くて腕も確かなのですが、緊張するとたまに的を外してしまうのです」

 幸氏だった。

「あら、じゃあ父の前で失敗して本番には選ばれなかったのね」


 八幡姫が笑い出す。

「姫さまったら」

「幸氏、余計なことを言うな!」

重隆が幸氏に摑みかかり、二人がじゃれるのを微笑ましく見守る。

 ヒメコは頃合いを見て包みを前に出した。

「鯛や椎茸、煮物など祝いの膳を少し詰めてきました。余り物ですみませんが」

 重隆が歓声を上げる。続いて八幡姫が胸に抱えていた包みを前に出した。

「幸氏、これは母からの祝いの品よ。言われた通り伝えるわね。幸氏、見事でした。これから御家人の一人として御所様を護って下さい。期待しています、ですって」

 ホゥと幸氏が溜め息をつく。安心したのだろう。これでやっと一人前の御家人として鎌倉に居場所を与えられたのだ。

「クソッ、俺だって今に!」

重隆のボヤキを耳に、八幡姫とヒメコは江間の邸を出た。

「ねぇ、ヒメコ。もし義高様が生きてらしたら今日の流鏑馬にお出になられたかしら」

 八幡姫の呟きにヒメコはうまく答えられなかった。

 その三ヶ月後、北条時政の三男、五郎が御所で元服した。三浦義連が加冠役になり、五郎はそれから時連と名乗るようになる。

 そして閏四月、とうとう奥州が動いた。院宣と頼朝からの圧力に屈した藤原泰衡が、義経の居住していた衣川の館を襲撃し、義経は妻子を自らの手で殺し、自死したのだと言う。首は追って鎌倉に送られて来るとの事だったが、襲撃時に館が燃えた為に首も焼けて顔はよくわからないかも知れないとの話だった。頼朝は笑った。

「泰衡め、殺したと見せかけて何処かで再起をはかる積もりであろう」

 丁度片付けをしていて話を聞いてしまったヒメコは驚く。死んだと見せかけて再起を諮る?

 広元も頷いた。

「あの秀衡殿が、数ある子らの中から後継にと選んだのです。そう凡庸ぼんような人物ではありますまい。妥当な線だと思います」

「では次に何をしてくるか?」

「さて、こちらが軍備を増強していることは承知しているでしょうから逃げる手筈でも整えますかな」

「そうだな。素直に逃げてくれるなら深追いはすまい。時と兵の無駄だからな。この国から去ってくれればそれでいい」

 泰衡からの義経死亡の報を受けて頼朝は京へ使いを送った。

 やがて義経の首が鎌倉から少し離れた腰越へと着く。

 その日、ヒメコは八幡姫の元に居た。八幡姫はぼんやりと座っていた。ここ数日具合が良くなかったが、今日は起きて外を眺めていた。

「大姫さま、そろそろ蔀戸を閉じましょう」

 声をかけて蔀戸を下げていく。でもふと手が止まった。

——何かおかしい。

 異様な気配を察してヒメコは辺りを見回した。辺りの空気がガラリと変わっていた。何かが入り込んでこようとしている。そしてそれを跳ね返そうとする力とぶつかり、微かに建物が揺れた。

 ギシリと太い梁が軋む。

 鎌倉に魔が入り込んだ。もしや義経殿の首?

 ヒメコはそっと息を整えて広く辺りの気配を探ってみる。確かに御所より東、腰越の方角に何か嫌な気配を感じる。でもあれは九郎殿の気配ではない。恐らく誰か殺された人の怨念のようなものが首に取り憑いているのだろう。その怨念が鎌倉に入り込もうとして鎌倉に集う陰陽師達や僧侶達の結界に阻まれ、ぶつかり合っているのだ。

 悪しきモノは悪しきモノと共鳴する。

 ふと、大姫の枕元に常に置かれている文箱に目が止まった。普段は目に留まることのないそれが、今日はいやに気にかかる。

 ヒメコはそっと文箱に近付いた。目にはよく視えないけれど何か黒い影のようなものが取り巻いている。

 ヒメコは呼吸を整え、人差し指と中指を交差させると、その二本の指をスッと小刀のように振り下ろした。黒い影が消えたのを確認して文箱の紐を解き、そっと蓋を持ち上げる。

 中にあったのは小さな黒石だった。
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