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第3章 鎌倉の石
第67話 鎌倉大火
しおりを挟む「だそうだ。言い出したら聞かない兄弟を抱えることになりそうだが、それで構わないのだな?」
ヒメコは頷いた。
「大丈夫です。どの子も立派なマスラオに育てます」
コシロ兄はため息をついて横を向いた。でもその目は少し笑っているように見えた。
「二人がそれ程言うなら好きにすればいい。だが金剛、口にした以上は責任を持ち、行ないで示せよ。私の部屋には大切な書類がある。くれぐれも中に入れぬように」
「はい!」
「また、何か願いがある時は誰かの助けを借りずに自分の口で直接言え」
「はい、申し訳ありませんでした。有難う御座います。以後気を付けます」
金剛はそう言って行李から飛び出したタンポを両手で抱え上げ、胸に抱くとコシロ兄に向かって頭を下げた。
コシロ兄は黙って部屋を出て行った。
「金剛君、御免なさい。私が先に口を出してしまって。金剛君がご自分からお話しされようとしてましたのに」
手をついて謝る。
だが金剛は首を横に振って微笑んだ。
「いいえ。却ってそれが良かったのです。さすがは巫女と思いました。真正直に私が猫を飼う許しを求めていたら、恐らくあっさり断られていたことでしょう。でも姫御前に先にああ切り出されては、苦手だなどと答えられません。貴女の前でそんな格好の悪いことを口に出来る筈ありませんから」
「格好の悪い?」
ええ、と頷いた金剛がプッと吹き出した。
「タンポが顔を出した瞬間の父上の顔ったら。あんな動揺した顔、初めて見ました」
口を押さえて必死に声を出さぬよう堪えつつ、床に転がって笑い続ける金剛。
それからタンポを両手で抱え上げて言った。
「良かったな、タンポ。これからお前の名は江間タンポだぞ」
明るく屈托のない笑顔。その顔を見て、ヒメコは心の中で手を合わせ、天に礼を言った。
全てはお計らいだよ。
そんな祖母の声が聴こえた気がした。
やがて弥生三日、鶴岡八幡宮で法会が行われた。その後に臨時祭も開催され、童舞や流鏑馬、相撲など、いつもの倍くらいの数の行事が行われ、大層華やかな祭だった。頼朝が帰洛して前右大将となって初めての祭りだったからだろうか。ヒメコは八幡姫の側にてその様子を眺めていた。コシロ兄はいつもの通りに頼朝の側についていた。祭りだからか、普段よりかなり華やかな装いのコシロ兄に静かに目を送る。
その日、ヒメコは比企の屋敷へと戻った。父は祭りの後の酒宴に呼ばれ不在だった。
だが、深夜、妙な胸騒ぎに目を醒ます。
——何だろう?
風が強い。庭の草木がしなる音だろうか。何かがぶつかり合い弾ける音。そして悲鳴。
「あっ!」
南庭への蔀戸を上げたヒメコは息を呑んだ。南の空が真っ赤に染まっていた。
父の隣、比企能員の屋敷のもう二つ南、大内殿の屋敷が火に包まれている。その火は強い南風に煽られて龍のように首をもたげ、東の佐々木殿の屋敷も呑み込み、こちらへと迫ってくる。
「火事だ!早く逃げろ!」
男たちの怒号と女たちの悲鳴。
ヒメコは部屋を飛び出した。家財を持ち出そうとする家人らに、身一つで逃げるよう叫ぶ。コシロ兄から貰った初めての文のことが、ふと心をよぎったが、ここでヒメコが部屋に戻れば家人達が火に巻き込まれてしまう。
それに櫛とそれを包んでいた文は常に胸元に入れてるから無事だ。
「何も持たず急いで外へ!近隣の人々を連れて由比の浜へと逃げて!」
鎌倉の町は急速に大きくなり住人が増えたから建物が密集している。大路はともかく小路は狭くて逃げ場がない。
「由比へ!浜辺に逃げて!」
言いながら外へ出たヒメコはそこで水が溜められていた樽に目を留めた。でもこんな量の水ではこの火は消えない。そして煙もどんどん増えて来ている。
比企の屋敷が燃えたらその次は江間の屋敷に火が移るだろう。江間の屋敷からもどんどん人が出てくる。風向きが真南から少し西寄りになってきていた。
「大きく東へ迂回して由比の浜を目指して!」
逃げ出す人混みの中にフジの姿を見つける。
「金剛君は?」
「あ、あちらに!」
指差された先に男藤五らしき男の人に手を引かれて駆けていく男児の背中が見える。ホッと息をつく。コシロ兄はきっと父と同じで酒宴に呼ばれている筈。フジと藤五も無事ならこの辺りの皆は無事逃げられただろう。
でも、何か気になって後ろを振り返った。比企の父の屋敷には既に火の手が回っていた。もうすぐ江間の屋敷にも火がつく。
カリカリ。ミュウ。カリカリ。ミュウ。
タンポが呼んでいる。そのように感じた。でも金剛のことだ。タンポを連れずに屋敷を出る筈がない。それにこの騒動の中、タンポの声がヒメコの耳に届く筈もない。
——でも。
ヒメコは懸命に気を鎮めて江間の屋敷内の気配を探った。そして驚愕する。
「金剛!」
まだこの中に居る!先に見たのは別の子だったのか。
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