蒼穹の裏方

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第5章 帝都防空戦

5.1章 本土の戦いの始まり

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 昭和17年3月中旬、私は軍令部第三部からわざわざ、軍令部で内密の会議を行いたいということで、呼び出された。相手は情報担当の軍令部第三部長の前田少将と通信担当の四部の金子少将だった。今日はいつものような連合艦隊の出席者はいない。インド洋での作戦に出かけて日本を離れているのだ。

 早速、前田少将が切り出す。
「わざわざ呼び出して、済まなかったね。今日は我々がつかんだ米国の太平洋艦隊の動きについて、君の見解を聞かせてもらおうと思って、会議を設定させてもらった」

 金子少将が引き継いだ。
「軍令部で入手した情報によると、米海軍の空母ホーネットがパナマから太平洋に出てきたようだ。1月末に太平洋に回航されたワスプに続いて、2隻目の空母だ。これで太平洋上の米海軍正規空母はヨークタウンとホーネット、ワスプ、サラトガの4隻ということになる。この4隻に増えた空母を用いて何か作戦を考えていると思える」

 前田少将が続ける。
「ワスプは、今のところ米本土の近くで訓練しているようだ。一方、ホーネットは一度カリフォルニアに回航した後、アラメダで停泊してたくさんの荷物を積み込んだ。これに何か気がつくことはあるかね?」

 この時期にホーネットが登場して、しかもアラメダで荷物を積み込んだということは、あの件が進んでいるということか。エンタープライズがいなくなっても、代わりにヨークタウンかサラトガをあてがって作戦を実行しようとしているのか。ワスプの回航も気になる。

 私のミリオタの知識もフル動員すると、1942年3月のこの時期には米軍の攻勢として二つの可能性がある。一つは日本本土、もう一つはソロモン、ニューギニア方面だ。
「今後の米国の攻勢を考えると、二つの可能性があります。一つは日本本土への攻撃です。アメリカは、ハワイという本国の一部を直接攻撃されました。ルーズベルトは国民に対して強いアメリカを示そうとあせっています。やられたらやり返すという考え方からすれば、次の作戦でのアメリカの目標は日本本土ということになります」

「それで、もう一つというのは、どこなのかね?」

「もう一つは日本の南方進出を食い止めるための反撃です。我が軍は今年になって、ニューアイルランド島とラバウルのあるニューブリテン島まで侵攻して、オーストラリアに近づいていますよね。次は米豪遮断のために東部ニューギニアとソロモン諸島が侵攻の候補となっているはずです。米国もオーストラリアも米豪遮断はさすがに座視できないとなって、反撃に出てくる可能性があります」

 前田少将が質問する。
「それでどちらが先なのか、あるいは二つ同時なのか、君の意見はどうか?」

「正直、わかりません。しかし、本土攻撃は米軍が日時を選べます。攻撃準備が完了して、やろうと決めた時に実行できます。一方、南方への攻勢は、ニューギニア方面へ侵攻する日本の艦隊を攻撃して撃滅しない限り懸念をなくせません。つまり我々が作戦開始の日時を選ぶことができます」

「ソロモン方面の侵攻については、我が軍のニューギニア攻略の前に米軍がラバウルなどに反撃してくることもあり得るだろう」
「その場合は、ニューブリテン島の基地などが被害を受けるかもしれませんが、侵攻艦隊への攻撃という意味では空振りです。我が軍の艦隊や船団が無事ならば、後になって攻略作戦は可能です」

 前田少将がなるほどという顔をしている。
「陸軍の準備などもあり、東部ニューギニア、すなわちポートモレスビーへの侵攻は5月になるだろう。ラエとサラモアの攻略も先送りするように井上中将には提案している。それが受け入れられれば、今月と来月半ばまではこの地域は小康状態になるはずだ。現実的な状況分析からは、先に対策が必要なのは本土への攻撃ということになるな」

「本土攻撃のためにホーネットがアラメダで新たに搭載したのは、双発の爆撃機です。ホーネットが大西洋にいる間にも双発爆撃機を搭載して、発艦実験を済ませたようです。空母から双発爆撃機を発艦させて、日本本土を爆撃します。空母はあまり日本に近づけないので、双発機の航続距離を目いっぱい生かした遠距離での攻撃です。もちろん双発機は空母には戻れないので、そのまま中国大陸に逃げるという片道作戦になります」

 前田少将が疑念を口にした。
「双発爆撃機であれば、空母に搭載できる数に限りがあるはずだ。理屈の上では実行可能かもしれないが、たとえうまくいっても得られる戦果が小さいのではないだろうか? 1機に25番が数発で、20機を空母に搭載しても約80発の25番爆弾で攻撃することになる。一方、参加した機体は戻ってくることはできないので、反復不可の1度限りの作戦だ。本土の上空では当然迎撃もされるし、爆撃できない機体もあるだろう。苦労して実行することに見合う戦果があるとは思えない」

 金子少将が大きな声で反論する。
「80発の爆弾が帝都中心の皇宮に向けて使用されたら、我々帝国軍人が絶対に避けなければならない、あってはならない事態が起こらないとも限らない。帝都の爆撃だけは万難を排しても阻止せねばならん。それがわずかな可能性であってもだ。鈴木大尉には迎撃のための方策はあるのかね?」

 ドーリットル空襲を防がねばならないという気持ちは同じだ。米国の作戦についてもっと話しておこう。但し、エンタープライズがいないので、必ずしも同じ作戦になるかどうかわからない。詳細の日時や航路などは、ミリオタの知識として知っている戦史からずれてくる可能性もある。しかも、米国内でF4Uの開発を早めた人物が何か仕掛けてくるかもしれない。

「幸い日本の近海には漁船などを改造した小型の哨戒艦が配備されていて、艦隊が近づけば、発見されるはずです。しかし、発見されても攻撃を受ける前に爆撃機を発進させれば、爆撃は可能です。爆撃機は本土に近づいて発見されれば迎撃を受けますが、空母は爆撃機を発艦させれば反転できます。すぐに反転して距離をとれば、逃げきることも可能でしょう。逃がさないためには、我が軍の空母で追撃することが必要です。幸い今月と来月は、しばらくは関東の近海で、新造の空母を使った訓練が続いていますよね。これらの艦を活用して、哨戒と追撃をさせるという案もあり得ると思います。また、本土に近づく敵編隊の早期探知には電探が必須です。本土に向かって飛行する爆撃機の迎撃ができるのは局地戦闘機の配備です。これらの配備をもっと加速する必要があります」

 前田少将が答える。
「わが国の本土防衛のための体制をしっかりと整えるということは私も必要だと考える。敵空母が本土に接近して爆弾を落とすという危険性は常にある。基地航空隊の整備や電探哨戒機の整備も必要だろう。私から、本土の機体や機器の増備について、山本長官と軍令部総長に要請してみる」

 金子少将が質問する。
「ところで、君は攻撃の時期はいつごろと考えているのだね?」

「ホーネットでは、新規の機体を使って攻撃訓練が必要です。それが終わって、しかも日本まで航海してくることを考えると、1カ月後には攻撃を受ける可能性が高まると考えます。私としては、敵が攻撃するのは4月中旬が最も可能性が高いと考えていますが、何らかの影響で日程がずれるかもしれません。それともう一つ、敵空母に2,000馬力級の新型戦闘機が載せられてくる可能性が高いと思います。そうなると、我々は、2,000馬力級の戦闘機、あるいはジェット戦闘機も準備する必要が出てきます。ホーネットが単独で作戦を行うのはあまりに危険なので、護衛の空母がつくはずです。作戦に参加する空母は2隻なのか、3隻なのかはわかりません。航路も全く不明ですが、我が軍の真珠湾攻撃のように、北太平洋を通る可能性もあり得ます」

「新型機の必要性は理解するが、彗星や十六試艦戦はゴッソリと山口さんの艦隊がインド洋作戦のために持って行ってしまった。この時期に本土に残っているとすると、増加試作機の様な試験をしていた機体と今月になって工場から出来上がってきた新品の機体くらいだぞ。銀河や雷電などのような空母に搭載されない機体ならば、あてがつくだろう。しかし、空母搭載の新型機がどれだけ集められるかわからんぞ」

 ……

 航空局のタワーズ局長は、受話器を置くとため息をついた。
「やはりあの作戦は、中止にはできなかったか」

 海軍作戦部に出かけていた副官のウィルキンソン中佐が電話をかけてきた。作戦部の考えている太平洋での作戦について、仕入れた情報を報告してくれたのだ。タワーズ少将の予知夢では、ドーリットル空襲は必ずしも失敗とは言えない結果だった。しかも、本土攻撃が日本軍のミッドウェー作戦の遠因にもなるはずだ。

 しかし、自分と同じような知識を持っている人物が日本にいて、ハワイでの戦いのように日本軍の戦い方にも影響を及ぼしていると考えると、この作戦はかなり危険だ。戦史さえ知っていれば、日本軍が本土周辺で待ち構えるのは容易だ。しかも彼らのホームグラウンドで戦うことになるのだ。

 海軍内のいくつかの部門には、日本本土への作戦の危険性を説明した文書を送ったが、ほとんど無視された。大統領が意向を示した作戦に対して、彼一人で軌道修正することは困難だった。それでもこれらの装備が間に合ったことが、唯一の救いかもしれない。とにかく、航空局長としてできることはやったのだ。

 彼が手にとった3枚の写真のうちの一つには、空母艦上のF4Uコルセアが写っていた。もう一つの写真は、R-2800を搭載したF6Fヘルキャットの飛行中の写真だった。最後の写真は、翼下にぶら下げたロケット弾ポッドだった。

 タワーズ少将は、気を取り直してやりかけていた仕事に意識を戻した。既に、ノースアメリカン社には何度か打診を行っており、第一次の試作契約は終わっていた。彼らが開発したNA-73と呼ばれている機体について、海軍向けに改修して試作機を納めてくれという契約だった。但し、納入にあたっては条件をつけていた。昨年末からパッカード社で生産が開始されたV-1650にエンジンを交換してくれという内容だった。V-1650はロールスロイスのマーリンXXをアメリカ国内で生産したものだ。

 NA-73はもともと海軍が開発した機体ではないので、陸軍の口出しを心配していた。しかし、陸軍はこの機体にあまり興味はないようで、海軍の好きにしてくれてよいという態度だった。試作機はイギリス向けの機体の中から3機を抽出して、エンジンを乗せ換える作業をしただけで、1月には完成していた。海軍のテストパイロットによる試験では、時速395マイル(636km/h)という好成績を記録していた。タワーズ少将が予想した通りの結果だ。

 海軍の試作契約は既に第二次に移行しており、間もなく試作機が完成するとの報告が上がってきていた。第二次契約では、改修の範囲が広がっており、ノースアメリカン社もすぐに納入というわけにはいかなかった。変更の要点は、まずエンジンを最新型のV-1650-3に変更すること。艦上機として運用可能なように、主翼中央部に上方への折り畳み機構を追加すること。空母での離着艦が可能なように脚を強化して、着艦フックを追加すること。最後に着艦時の視界を改善するために風防の改良を要求していた。

 エンジンを2段2速の過給機を備えたV-1650-3に乗せ換えればこの機体は傑作機になる。それも海軍が最初に艦載機として活用するのだ。この機体でこれから大きな問題が起こることはないはずだ。恐らく、海軍向けの機体も順調に完成して、それ程遠くない未来に配備が始まるに違いない。彼はこの機体の名前を誰からも聞く前から知っていた。「ムスタング」だ。
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