電子の帝国

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第11章 新たな戦い

11.1章 太平洋の戦い再び

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 イギリス首相のチャーチルと外務大臣のイーデン、それにパウンド海軍卿は、オーストラリアからの回答を前にして今後の対応を相談していた。

 イーデン外相は、オーストラリアの立場にわずかながら同情していた。
「やはり、オーストラリアは、無条件に我々のヨーロッパへの派兵追加の要求を呑むつもりはないようですな。アメリカと日本の戦いが始まったからには、太平洋は今までと違い、もはや安全な海ではありません。しかもアメリカが今回の海戦で敗退したことにより、太平洋の戦力バランスは大きく変わってしまいした。さすがにオーストラリアも自国のことが心配なのです」

「自国領土のことを心配するのは、許せる。しかし、インドシナのように、日本に対して中立を宣言するようなことは、絶対に許容できない。彼らにはイギリス連邦の一つとして、我々と同じ方向を目指してもらわねばならない。オーストラリアは我が国と同じ国王を君主と仰ぐ王国なのだぞ。イギリスが日本に宣戦布告したならば、オーストラリアにも歩調を合わせてもらう必要がある」

「しかし、カーティン首相もオーストラリア国民の意向を無視できないと言っています。我々が太平洋の防衛にも力を注いでいることを見せなければ、オーストラリア国民も納得しません。私のところに、エバット外相からもう一つメッセージが伝えられてきました。我が国とアメリカの軍事力が太平洋でも健在であるということを証明できれば、日本に宣戦布告することもやぶさかではないとのことです」

「なるほど、オーストラリア首相が表向きの発言をしておいて、外相が裏の条件を示してきたということか。連合国側について日本と戦うか、東洋の国と国交を継続するのか究極の選択をすると言っているのだな。この問題は想像以上に波及するぞ。間違いなく、ニュージーランドはオーストラリアに追随するだろう。しかもこれらの国に属している太平洋上の島々のことを考えてくれ。広大な海域の諸島を我々が軍事的に利用できるのか、そうではなくて中立的な島々として扱うのかは、軍事的にも非常に大きな影響があるだろう」

 外相が海軍卿に向き直った。
「私の意見も同じです。我が国はここで引き下がれません。そのためにパウンド海軍卿に来てもらいました。我が国には東洋艦隊という駒があります。この艦隊を最大限活用して、大英帝国海軍としてのプレゼンスをオーストラリアに示さなければなりません。海軍の行動がオーストラリアの決断を左右すると考えて下さい」

 今まで黙っていた海軍卿が口を開いた。
「海軍力で威光を誇示せよとおっしゃるならば、シンガポールの艦艇のみでなく、インド洋や大西洋からも戦艦や空母を集めて大艦隊を編制することは可能です。多数の戦艦と空母、巡洋艦、駆逐艦からなる大艦隊を太平洋に浮かべてみせますよ」

「できる限り努力してくれ。なにも日本の領土を攻撃しろと言っているわけではない。シンガポールから東に進んで、オーストラリアのブリスベンあたりに寄港して戻ってくればいいのだ。我が国の大艦隊を目の当たりにすれば、カーティン首相も日本との戦いを決断するはずだ。その点については、私からオーストラリア首相に事前の約束を取り付ける」

 チャーチル首相は、壁に掛けられた世界地図の北アメリカのところを指さした。
「ルーズベルトにも艦隊を出すように依頼するぞ。大きな被害を日本海軍から受けたとはいえ、まだ彼らの国には大型艦が残っているはずだ。そもそも日本との戦いはルーズベルトが始めたことだ。しっかりと責任をとってもらおう。アメリカが我々と行動を共にするならば、我が国からも大西洋の戦力の一部をパナマ経由でハワイに回航してもよい」

 パウンド元帥は席から立ち上がった。
「お先に失礼しますよ。すぐにも、準備のために大西洋とインド洋の艦艇を動かすように手配します。それと同時にシンガポールのフィリップスにも艦隊行動の準備をするように命令を出します」

 ……

 ハル長官がホワイトハウスを訪問していた。
「イギリス政府からの要請です。彼らは、オーストラリアに大艦隊を遠征させるつもりだと言っています。我が国にも艦隊を出してほしいとの要請です」

「それで見返りは何なのかね? 今の状況では、さすがに黙ってイエスとは言えないぞ」

「オーストラリアから、連合国の海軍兵力が太平洋において健在であることの証明を要求されているとのことです。連合国が海軍力を示せるか否かにより、連合国側について日本と戦うか、それとも中立なのか判断するとのことです」

「これは、極めて影響の大きな作戦になるな。ハワイとミッドウェー、ウェーク、グアムなどの太平洋の島々は、軍事力だけでなく普段の生活も含めて太平洋を運ばれてくる物資に大きく依存している。輸送路の確保は死活問題だ。特にグアムとウェークは、我が国の本土から遠い。これらの島の周囲に存在するマリアナ諸島やマーシャル諸島がオーストラリアの統治下にあるということを忘れるな」

 会話を聞いていたキング大将が発言した。
「ええ、中部太平洋の諸島と周辺海域を連合国側の領域として活用できるのか、それとも中立国の一部として扱うのかは、非常に大きな違いがあります。海軍では、オーストラリアが許可するならば、マリアナやマーシャルに基地を作っても良いとさえ考えています」

「オセアニアの国々が我々の側について戦うか否かは、重大だというのは自明だ。私はこのゲームから降りるつもりはないぞ。諸君も議論の余地はないだろう」

 大統領は海軍大将に顔を向けた。キング長官も大統領の意向に従った。
「すぐにイギリス海軍に連絡をとって、作戦の準備を開始します。一部の大西洋の艦艇を太平洋に移動することになります」

 キング長官は、大きな損害を受けた米海軍にとって、さして軍事的に意味のない作戦を実行する必要性は全くないと感じていた。しかし、オーストラリアの態度を決めさせるための作戦だと言われれば逆らうことができない。

 ……

 イギリス本国からの電文をしかめっ面で読んでいたフィリップス長官は、それを参謀長のパリサー少将に差し出した。東洋艦隊司令部への命令書だ。

 電文を一読したパリサー少将が尋ねた。
「そもそもこんなことをする意味はあるのですかね?」

「私宛の電文に説明があったよ。なんでも我々の作戦の成否により、オーストラリアは日本に宣戦布告するのか否かを判断するとのことだ。太平洋で大きな比率を占めるオーストラリアの領土が、連合国側なのか中立地域なのか、その差を考えてみたまえ。我々が苦労するだけの価値があるということだ。ところで、この命令に従うとすると、行動を開始できるのはいつ頃の時期になるのか?」

 フィリップス長官の自問自答のような問いにパリサー参謀長が答えた。
「インド洋のサマービル中将の艦隊とボイド少将の空母部隊とは、来月早々には合流できそうです。それに加えて、なんと真珠湾からアメリカ艦隊もオーストラリアにやってくるとの意思を示しています。つまり連合国の海軍力を示す今回の作戦は、アメリカもかなり重要視しているということです」

「これは外交にかかわる問題なので、ルーズベルト大統領自身が作戦の後押しをしているはずだ。アメリカ海軍にとって、大統領命令で実行する作戦になったということだ。アメリカが参加しても、我々の航海自身は気楽な旅にはならないだろうな」

「ニューギニア島の北側には、パラオ諸島やトラック環礁などオーストラリアの信託統治領が存在します。しかし、オーストラリアはこれらの地域に軍艦を派遣していません。彼らの海軍力では手に余る広さなのです。ヤマモトの艦隊が南下する場合には、何の妨害もなくこの地域を通過することができます。もう一つ重要なのは、ハルゼー艦隊に対する日本軍の反撃の迅速さです。明らかに日本人は何らかの手段で、アメリカからの攻撃を事前に察知していたと思われます」

「日本人の諜報網と情報分析力を侮るなということか。今回も日本人が同様の力を発揮すれば、我々が艦隊を動かせば、日本人の情報網に引っかかるということだな」

「そもそもこの本国からの暗号文自身が大丈夫なのか、私は心配です。ドイツのエニグマのような状況になっていると聞いても私は驚きませんよ」

 半分冗談で言った言葉の後に、少将は説明を続けた。
「暗号解読は別にしても、シンガポールに大艦隊が集合すれば、日本に知られると覚悟した方がいいでしょう。シンガポールの現地人の中にはイギリスに対して良からぬ思いを抱いている人間がかなりいます。彼らは、敵の敵は味方だという単純な論理で、日本人を頼りになる友人だと思っているでしょう。つまりこの港の様子は、現地人から日本人に今でも漏れているというわけです」

「日本海軍は我々の行動を知れば、やはり攻撃してくるのだろうか?」

 パリサー少将が答えた。
「日本軍は、我々、東洋艦隊を少なからず邪魔者だと考えているはずです。それを海上で攻撃できると知ったならば、積極的に仕掛けてくる可能性は決して低くないでしょう。万が一、オーストラリアが揺れ動いていることが日本に漏れていた場合には、間違いなく攻撃してくると考えます。しかも、我々がインド洋からの戦艦や空母の到着を待っていたり、アメリカ艦隊との合流を考慮する必要があるのに比べて、日本艦隊はもっと自由に動き回ることができます。我々よりも素早く行動して待ち構えることが可能でしょう」

 フィリップス大将の前には、マレー半島からオーストラリアまでを記載した地図が広げられていた。パリサー少将が予定している航路をなぞるように示した。

「このセレター軍港からブリスベンまでおおむね5,000マイル(8,047km)を超えます。一方、日本軍は東京からまっすぐ南下すれば、珊瑚海まで3,500マイル(5,632km)で到達します。つまり、我々が出港した時点で情報を入手して、ヤマモトの艦隊が行動を開始しても我が艦隊がオーストラリアに到着する前に待ち構えることが可能です。しかも、ソロモン海や珊瑚海など、どこで仕掛けるのかは、彼らが自由に選択できるのです」

「これは全く油断ならんぞ」

「まさか、日本艦隊が出現する可能性が高いという理由では、この作戦は中止になりませんよね?」

「これは軍事作戦ではなく、政治的な行動なのだ。チャーチル首相から中止の指示がない限り、実行せざるを得ない」
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