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第11章 新たな戦い
11.2章 情報分析
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芝情報研究所の計算機室では新型の計算機が稼働を開始していた。「青葉」にも搭載された最新型の「オモイカネ四型」の演算部を複数に拡張して、記憶部を最大容量まで増設した大規模構成の試作計算機だった。
軍令部第三部の前田少将が小倉課長のところにやってきた。
「この打ち合わせに関しては、『戦史分析』などどいう符丁を使わなくてよろしい。歯がゆくてかなわんからな」
前田少将は、机の上に封筒を置くとすぐに説明を始めた。
「海軍上層部から強い指示があった。イギリスが使用している暗号を解読せよとの命令だ」
「我々は、米国のストリップ暗号の解読を優先的にやってきたので、経験はありますが、今のところ英国暗号は未知です。しかし、何か解読の参考にできる情報があれば、計算機を最大限活用して短時間で解読できる可能性があると思います」
少将は、さもありなんという表情をした。机の上の極秘と印が押された封筒の中からいくつかの書類を取り出した。何かの書類を撮影して引き延ばした写真だった。
「どうやら在日公館の文書らしい。幸いにも受信文字と解読した結果が断片的に示されている。この施設の最新型計算機を使って2日以内で解読してほしい。解読対象の情報はこちらの封筒に入っている」
前田少将は、封筒から磁気テープを取り出すと、静かに机の上に置いた。解読すべき暗号は電子情報というわけだ。
「解読は陸軍参謀本部との共同作業だ。登戸の計算機と回線接続して、直接情報交換することを許可する。陸軍も了解済みだ」
「複数の計算機を連携させるとなると、技研の計算機開発課からの支援を許可していただけると作業がはかどります。試作機を活用して、しかも複数の計算機間の連携となるとプログラムの修正も発生します。専門家の知識を生かせれば、かなり迅速に解析できますよ」
……
「そういうわけで技研にも解析を手伝うように声がかかった。但し、わざわざ芝まで出かけることはない。目黒と芝、それに陸軍の登戸の計算機棟も回線でつながっているからな。初めての英国暗号の解読には、分析プログラムに修正が必要になるだろう。プログラムはこちらで修正して、まずは軍令部の計算機に転送することになる。軍令部の計算機で有効に使えれば、次の送付先は陸軍の登戸計算棟だ」
私は望月少佐の説明が終わらないうちに、机の上の電動タイプに命令を打ち込んで、前面の表示管に認証待ちの画面を表示させた。
「軍令部の計算機と回線がつながりました。管理者権限(アドミニストレーター)の認証(ログイン)により、接続しても良いですか? それができれば芝の試作2号計算機に対して遠隔で全ての操作が可能になります」
「ちょっと待ってくれ。こちらから遠隔認証(リモートログイン)して直接接続(ダイレクトアクセス)することに対して、軍令部の小倉少佐から了承を得る」
陸海の新型計算機を動員した英国暗号の解読は1日半で終わった。その間、解読にかかわった技術者は全て自分の勤務地から作業を行っていた。わざわざ出かけて行って、互いに顔を合わせるようなことは一度もしていない。通信回線で相互接続した計算機の威力が証明された。
これで、最近になって急増している英国の外交暗号と英海軍暗号はかなり短時間での解読が可能になったはずだ。
……
スペインの由利中佐のところには、合衆国で活動中の諜報員からの情報が集まっていた。今回も頻繁に大西洋から太平洋にやってくる艦艇を監視していた。
艦艇の動きを須磨公使に報告する。
「パナマ経由で、太平洋に米軍の空母と英空母が回航されています。1隻は間違いなく、『ワスプ』でしょう。英空母については、『イラストリアス』級をパナマで目撃したとの情報があります」
「空母の増強は重大だ。さっそく日本に報告する。戦艦については何か情報は入っていないかね?」
「新型戦艦の動向が気になっています。1番艦と2番艦は竣工したはずです。そろそろ訓練も終わっている時期でしょう。3番艦も完成しているはずですが、その後の動静がつかめていません」
「『ノースカロライナ』と『ワシントン』が沈められたのだ。抜けた穴を埋めるために、太平洋に新しい戦艦を回航する可能性は十分あるぞ。詳しい情報を集めてくれ」
……
伊藤次長は数人の軍令部長を前にして、会議の目的を説明した。
「第三部の分析により、英国の動静が明らかになってきた。今日の会議は、英国の動向予測を基にして、我々がどのような行動をとるべきか、諸君の意見を聞かせてもらいたい。近い将来において、英海軍と戦うのか否かを判断することになると考えている」
次長からの目配せを受けて、話し手が第三部の前田少将に代わった。
「英国暗号の解読と、ヨーロッパの諜報情報により、英海軍の考えていることが明らかになってきました。分析結果の概要は資料に記載しています」
資料に書かれていた内容は以下の項目だった。
・オーストラリアの港湾に英艦隊を回航する計画がある。目的はオーストラリアを連合国側に引き留めるためだ。
・イギリスとオーストラリア間に密約があるようだ。回航が成功したならば、オーストラリアは日本に宣戦布告する可能性がある。
・英海軍は、シンガポールに戦艦と空母を終結させようとしている。
・真珠湾の太平洋艦隊が増強されている。空母「ワスプ」と「イラストリアス」型が太平洋に回航された。新型戦艦も太平洋に配備されるようだ。
・回航時期と艦隊の具体的な編制については、判明していない。
説明が一息つくと、第一部の福留少将が発言した。彼は積極派だった。
「これは我が国にとって、非常に重大な事態であることに異論はないと思う。このまま座視すれば、オーストラリアが我が国の敵国になる。そうなれば、ニュージーランドも続くだろう。英国と米国の艦隊をまとめて殲滅できるならば、我々にとって好機だと考える」
第二部長の鈴木少将はもっと慎重な意見だった。
「敵艦隊が我々への攻撃の意図を持たないならば、ここは様子見でもよいのではないか。本土の戦いで消耗した航空部隊はまだ完全には回復していない。被害を受けた『翔鶴』や『伊勢』型戦艦も海戦には参加できないだろう。海軍戦力の消耗を考えれば、我が軍が必ずしも有利だとは言えないと思う」
富岡大佐が説明を始めた。
「南洋諸島という広大な地域がの島々、オーストラリアの信託統治領になっていることを思い起こしてほしい。これらの諸島が現状と変わらず中立であるのか、それとも連合国に基地として利用されるのかの違いは大きい。しかもオーストラリアが連合国側で戦うならば、今のところ日和見をしている仏印や東インドも同じような判断をする可能性が高い。そうなれば、太平洋は我が国の敵対勢力ばかりになりますよ」
伊藤次長が皆の意見が出そろったと判断して、最後にまとめた。
「いずれにしても、連合艦隊からの意見を確認する。山本さんの意向は重要だからな。当然だが、軍令部総長にもこの状況を説明しておく必要がある」
……
翌日になって、伊藤次長は再び第一部長と第三部長を呼んだ。
「軍令部総長と連合艦隊司令部の意見を確認した。総長も山本大将もオーストラリアが中立的立場に留まるように全力を尽くせという意見だ。座してオーストラリアが敵対するならば、そのような選択はあり得ないということだった。つまり、オーストラリア北方の海上で米英艦隊と戦うことが必要だ。君たちには、有利な戦闘条件を整えて欲しい」
福留少将が尋ねた。
「連合艦隊に準備を命令します。第三部は、出港時期を明示できますか?」
「シンガポールからは盛んにオーストラリアやアメリカに向けて電文が発信されています。おそらく今から1週間程度で出港することになると想定しています。出港するとなると、真珠湾からもほぼ同時期にアメリカ艦隊が出てくるでしょう。どちらの港もブリスベンまでの距離は大きく変わることはないはずです」
「ところで、艦隊編制に関しては何か情報はあるかね?」
第三部の前田少将が答えた。
「北米の東機関からの情報について、確認できました。『ワスプ』と『イラストリアス』型空母が真珠湾に到着しました。現状では艦隊と訓練をしていると思われます。シンガポールには、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』『ハーミーズ』が入港していました。後続艦隊として、『イラストリアス』型空母とR級戦艦がインド洋からまもなく来航する見込みです」
「米戦艦の動向はどうなっているのか? 具体的な艦名はわかったのかね?」
「おそらく、米国は3隻の40センチ砲の『コロラド』型を真珠湾から出港させてくるでしょう。追加の諜報機関情報ですが、2隻の9門の40センチ砲を備えた新型の戦艦の太平洋派遣が決まったようです。『サウスダコタ』型という名称もわかりました。この艦も出てくるでしょうね」
思わず福留部長が叫んだ。
「大艦隊じゃないか。全て合計すれば空母が4隻以上に加えて戦艦は10隻を超えるんじゃないか? こちらも全力でなければとても対抗できないぞ」
伊藤中将も、英米艦隊の全容が判明してくるとさすがに驚いた。
「確かに大艦隊だ。相当な覚悟をもってかからないと、こちらが大きな損害を被ることになりかねん。戦艦の数が多くなりそうだから、『大和』も『武蔵』も出撃させる必要があるぞ。とにかく我が軍も全力で対抗しなければならない」
……
昭和17年(1942年)10月10日になって、シンガポールからフィリップス大将の率いる艦隊が東に向けて出港した。駆逐艦に先導された、2隻の高速戦艦と3隻の空母による機動部隊が先行した。更に後方にR級とクイーンエリザベス級の戦艦部隊が続いていた。
ほぼ同時にハワイから米海軍艦艇が出港した。「ワスプ」に加えて、「ビクトリアス」が艦隊に参加していた。戦艦も艦隊に加わっている。
英軍と米軍の間で調整のためにやり取りされた暗号通信をほとんど解読することにより、英米艦隊の行動開始を日本は正確につかんでいた。マレー半島に潜入していた現地の諜報員からの報告も暗号の解読結果を裏付けた。
……
「プリンス・オブ・ウェールズ」艦上では、今後の航海について会議が行われていた。
フィリップス長官は、参謀たちが席についたのを確認してから説明を始めた。
「我々のシンガポールからの出港を日本海軍は見逃すことはないというのが、今までの検討の結論だ。しかも日本軍には、連合国の艦隊を攻撃する動機も存在している。その考え方を前提とすると、我々は、どこで日本軍と鉢合わせすることになるのだろうか?」
パリサー少将が、海図を見ながら説明を始めた。
「ヤマモトの艦隊がすぐに日本を出発しても、ニューギニア島の北側の海域には、時間的に間に合いません。しかもニューギニアのポートモレスビーには、我が国とオーストラリア軍が共同で運用している航空基地があります。基地航空隊の哨戒範囲にわざわざ踏み込む可能性は低いでしょう。そうなると最も可能性が高いのは、このあたりです。つまり、ソロモン海の東側から珊瑚海において海戦が生起する可能性が高いと言えるでしょう」
「まあ、そうだろうな。海戦が起こるとすれば、ニューギニア島の南東側を抜けていったソロモン海か珊瑚海の可能性が高いだろう。それで、我々は日本軍をどう迎え撃てばいいのだろうか?」
「戦いが想定される海域での挟撃です。我々は、少しばかりオーストラリア大陸寄りを航行して、日本軍を南下させます。必要に応じて我々からも接近することにより、日本艦隊を引き寄せます。一方、スプルーアンス少将の艦隊はそれに合わせて、ソロモン海の東側を回り込んで日本軍の艦隊を背後から攻撃するのです」
「そのためには、合流する時間や航路の厳密な調整が必要になるな」
「我々の航路をあらかじめ決めておいて、米艦隊が進んでくる方向と到着時間を調整します。若干硬直的な作戦になりますが、スプルーアンス少将と直接顔を合わせて作戦会議をするわけにはいきませんから、やむをえません。しかし、珊瑚海の中央部からブリスベンまで600マイル(966km)余りです。日本にとっても何回も攻撃できる時間もないのです」
フィリップス大将は、英艦隊が身を挺して日本軍をまず引き寄せて、米軍が背後から攻撃するという作戦を了承した。もしも、立場が逆でアメリカ艦隊が、日本艦隊を引き寄せるという役割だったら、首を縦には振らなかったに違いない。
軍令部第三部の前田少将が小倉課長のところにやってきた。
「この打ち合わせに関しては、『戦史分析』などどいう符丁を使わなくてよろしい。歯がゆくてかなわんからな」
前田少将は、机の上に封筒を置くとすぐに説明を始めた。
「海軍上層部から強い指示があった。イギリスが使用している暗号を解読せよとの命令だ」
「我々は、米国のストリップ暗号の解読を優先的にやってきたので、経験はありますが、今のところ英国暗号は未知です。しかし、何か解読の参考にできる情報があれば、計算機を最大限活用して短時間で解読できる可能性があると思います」
少将は、さもありなんという表情をした。机の上の極秘と印が押された封筒の中からいくつかの書類を取り出した。何かの書類を撮影して引き延ばした写真だった。
「どうやら在日公館の文書らしい。幸いにも受信文字と解読した結果が断片的に示されている。この施設の最新型計算機を使って2日以内で解読してほしい。解読対象の情報はこちらの封筒に入っている」
前田少将は、封筒から磁気テープを取り出すと、静かに机の上に置いた。解読すべき暗号は電子情報というわけだ。
「解読は陸軍参謀本部との共同作業だ。登戸の計算機と回線接続して、直接情報交換することを許可する。陸軍も了解済みだ」
「複数の計算機を連携させるとなると、技研の計算機開発課からの支援を許可していただけると作業がはかどります。試作機を活用して、しかも複数の計算機間の連携となるとプログラムの修正も発生します。専門家の知識を生かせれば、かなり迅速に解析できますよ」
……
「そういうわけで技研にも解析を手伝うように声がかかった。但し、わざわざ芝まで出かけることはない。目黒と芝、それに陸軍の登戸の計算機棟も回線でつながっているからな。初めての英国暗号の解読には、分析プログラムに修正が必要になるだろう。プログラムはこちらで修正して、まずは軍令部の計算機に転送することになる。軍令部の計算機で有効に使えれば、次の送付先は陸軍の登戸計算棟だ」
私は望月少佐の説明が終わらないうちに、机の上の電動タイプに命令を打ち込んで、前面の表示管に認証待ちの画面を表示させた。
「軍令部の計算機と回線がつながりました。管理者権限(アドミニストレーター)の認証(ログイン)により、接続しても良いですか? それができれば芝の試作2号計算機に対して遠隔で全ての操作が可能になります」
「ちょっと待ってくれ。こちらから遠隔認証(リモートログイン)して直接接続(ダイレクトアクセス)することに対して、軍令部の小倉少佐から了承を得る」
陸海の新型計算機を動員した英国暗号の解読は1日半で終わった。その間、解読にかかわった技術者は全て自分の勤務地から作業を行っていた。わざわざ出かけて行って、互いに顔を合わせるようなことは一度もしていない。通信回線で相互接続した計算機の威力が証明された。
これで、最近になって急増している英国の外交暗号と英海軍暗号はかなり短時間での解読が可能になったはずだ。
……
スペインの由利中佐のところには、合衆国で活動中の諜報員からの情報が集まっていた。今回も頻繁に大西洋から太平洋にやってくる艦艇を監視していた。
艦艇の動きを須磨公使に報告する。
「パナマ経由で、太平洋に米軍の空母と英空母が回航されています。1隻は間違いなく、『ワスプ』でしょう。英空母については、『イラストリアス』級をパナマで目撃したとの情報があります」
「空母の増強は重大だ。さっそく日本に報告する。戦艦については何か情報は入っていないかね?」
「新型戦艦の動向が気になっています。1番艦と2番艦は竣工したはずです。そろそろ訓練も終わっている時期でしょう。3番艦も完成しているはずですが、その後の動静がつかめていません」
「『ノースカロライナ』と『ワシントン』が沈められたのだ。抜けた穴を埋めるために、太平洋に新しい戦艦を回航する可能性は十分あるぞ。詳しい情報を集めてくれ」
……
伊藤次長は数人の軍令部長を前にして、会議の目的を説明した。
「第三部の分析により、英国の動静が明らかになってきた。今日の会議は、英国の動向予測を基にして、我々がどのような行動をとるべきか、諸君の意見を聞かせてもらいたい。近い将来において、英海軍と戦うのか否かを判断することになると考えている」
次長からの目配せを受けて、話し手が第三部の前田少将に代わった。
「英国暗号の解読と、ヨーロッパの諜報情報により、英海軍の考えていることが明らかになってきました。分析結果の概要は資料に記載しています」
資料に書かれていた内容は以下の項目だった。
・オーストラリアの港湾に英艦隊を回航する計画がある。目的はオーストラリアを連合国側に引き留めるためだ。
・イギリスとオーストラリア間に密約があるようだ。回航が成功したならば、オーストラリアは日本に宣戦布告する可能性がある。
・英海軍は、シンガポールに戦艦と空母を終結させようとしている。
・真珠湾の太平洋艦隊が増強されている。空母「ワスプ」と「イラストリアス」型が太平洋に回航された。新型戦艦も太平洋に配備されるようだ。
・回航時期と艦隊の具体的な編制については、判明していない。
説明が一息つくと、第一部の福留少将が発言した。彼は積極派だった。
「これは我が国にとって、非常に重大な事態であることに異論はないと思う。このまま座視すれば、オーストラリアが我が国の敵国になる。そうなれば、ニュージーランドも続くだろう。英国と米国の艦隊をまとめて殲滅できるならば、我々にとって好機だと考える」
第二部長の鈴木少将はもっと慎重な意見だった。
「敵艦隊が我々への攻撃の意図を持たないならば、ここは様子見でもよいのではないか。本土の戦いで消耗した航空部隊はまだ完全には回復していない。被害を受けた『翔鶴』や『伊勢』型戦艦も海戦には参加できないだろう。海軍戦力の消耗を考えれば、我が軍が必ずしも有利だとは言えないと思う」
富岡大佐が説明を始めた。
「南洋諸島という広大な地域がの島々、オーストラリアの信託統治領になっていることを思い起こしてほしい。これらの諸島が現状と変わらず中立であるのか、それとも連合国に基地として利用されるのかの違いは大きい。しかもオーストラリアが連合国側で戦うならば、今のところ日和見をしている仏印や東インドも同じような判断をする可能性が高い。そうなれば、太平洋は我が国の敵対勢力ばかりになりますよ」
伊藤次長が皆の意見が出そろったと判断して、最後にまとめた。
「いずれにしても、連合艦隊からの意見を確認する。山本さんの意向は重要だからな。当然だが、軍令部総長にもこの状況を説明しておく必要がある」
……
翌日になって、伊藤次長は再び第一部長と第三部長を呼んだ。
「軍令部総長と連合艦隊司令部の意見を確認した。総長も山本大将もオーストラリアが中立的立場に留まるように全力を尽くせという意見だ。座してオーストラリアが敵対するならば、そのような選択はあり得ないということだった。つまり、オーストラリア北方の海上で米英艦隊と戦うことが必要だ。君たちには、有利な戦闘条件を整えて欲しい」
福留少将が尋ねた。
「連合艦隊に準備を命令します。第三部は、出港時期を明示できますか?」
「シンガポールからは盛んにオーストラリアやアメリカに向けて電文が発信されています。おそらく今から1週間程度で出港することになると想定しています。出港するとなると、真珠湾からもほぼ同時期にアメリカ艦隊が出てくるでしょう。どちらの港もブリスベンまでの距離は大きく変わることはないはずです」
「ところで、艦隊編制に関しては何か情報はあるかね?」
第三部の前田少将が答えた。
「北米の東機関からの情報について、確認できました。『ワスプ』と『イラストリアス』型空母が真珠湾に到着しました。現状では艦隊と訓練をしていると思われます。シンガポールには、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』『ハーミーズ』が入港していました。後続艦隊として、『イラストリアス』型空母とR級戦艦がインド洋からまもなく来航する見込みです」
「米戦艦の動向はどうなっているのか? 具体的な艦名はわかったのかね?」
「おそらく、米国は3隻の40センチ砲の『コロラド』型を真珠湾から出港させてくるでしょう。追加の諜報機関情報ですが、2隻の9門の40センチ砲を備えた新型の戦艦の太平洋派遣が決まったようです。『サウスダコタ』型という名称もわかりました。この艦も出てくるでしょうね」
思わず福留部長が叫んだ。
「大艦隊じゃないか。全て合計すれば空母が4隻以上に加えて戦艦は10隻を超えるんじゃないか? こちらも全力でなければとても対抗できないぞ」
伊藤中将も、英米艦隊の全容が判明してくるとさすがに驚いた。
「確かに大艦隊だ。相当な覚悟をもってかからないと、こちらが大きな損害を被ることになりかねん。戦艦の数が多くなりそうだから、『大和』も『武蔵』も出撃させる必要があるぞ。とにかく我が軍も全力で対抗しなければならない」
……
昭和17年(1942年)10月10日になって、シンガポールからフィリップス大将の率いる艦隊が東に向けて出港した。駆逐艦に先導された、2隻の高速戦艦と3隻の空母による機動部隊が先行した。更に後方にR級とクイーンエリザベス級の戦艦部隊が続いていた。
ほぼ同時にハワイから米海軍艦艇が出港した。「ワスプ」に加えて、「ビクトリアス」が艦隊に参加していた。戦艦も艦隊に加わっている。
英軍と米軍の間で調整のためにやり取りされた暗号通信をほとんど解読することにより、英米艦隊の行動開始を日本は正確につかんでいた。マレー半島に潜入していた現地の諜報員からの報告も暗号の解読結果を裏付けた。
……
「プリンス・オブ・ウェールズ」艦上では、今後の航海について会議が行われていた。
フィリップス長官は、参謀たちが席についたのを確認してから説明を始めた。
「我々のシンガポールからの出港を日本海軍は見逃すことはないというのが、今までの検討の結論だ。しかも日本軍には、連合国の艦隊を攻撃する動機も存在している。その考え方を前提とすると、我々は、どこで日本軍と鉢合わせすることになるのだろうか?」
パリサー少将が、海図を見ながら説明を始めた。
「ヤマモトの艦隊がすぐに日本を出発しても、ニューギニア島の北側の海域には、時間的に間に合いません。しかもニューギニアのポートモレスビーには、我が国とオーストラリア軍が共同で運用している航空基地があります。基地航空隊の哨戒範囲にわざわざ踏み込む可能性は低いでしょう。そうなると最も可能性が高いのは、このあたりです。つまり、ソロモン海の東側から珊瑚海において海戦が生起する可能性が高いと言えるでしょう」
「まあ、そうだろうな。海戦が起こるとすれば、ニューギニア島の南東側を抜けていったソロモン海か珊瑚海の可能性が高いだろう。それで、我々は日本軍をどう迎え撃てばいいのだろうか?」
「戦いが想定される海域での挟撃です。我々は、少しばかりオーストラリア大陸寄りを航行して、日本軍を南下させます。必要に応じて我々からも接近することにより、日本艦隊を引き寄せます。一方、スプルーアンス少将の艦隊はそれに合わせて、ソロモン海の東側を回り込んで日本軍の艦隊を背後から攻撃するのです」
「そのためには、合流する時間や航路の厳密な調整が必要になるな」
「我々の航路をあらかじめ決めておいて、米艦隊が進んでくる方向と到着時間を調整します。若干硬直的な作戦になりますが、スプルーアンス少将と直接顔を合わせて作戦会議をするわけにはいきませんから、やむをえません。しかし、珊瑚海の中央部からブリスベンまで600マイル(966km)余りです。日本にとっても何回も攻撃できる時間もないのです」
フィリップス大将は、英艦隊が身を挺して日本軍をまず引き寄せて、米軍が背後から攻撃するという作戦を了承した。もしも、立場が逆でアメリカ艦隊が、日本艦隊を引き寄せるという役割だったら、首を縦には振らなかったに違いない。
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