電子の帝国

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第15章 運河攻撃作戦

15.7章 迎撃戦3

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 機動部隊の防空艦は、高空を飛来してきたB-24の編隊と激しい戦闘を繰り広げていた。その間に、高度を下げて接近してきたのが後続のB-26マローダーの編隊だった。一航戦と二航戦の艦隊に向かっていたのは、2群にわかれた32機のB-26編隊だった。

 双発の機体には、四発機のように誘導弾の欺瞞弾が装備できなかったので、指揮官のジョンソン少佐は、最初から低空飛行で回避することを方針としていた。逆に運動性の悪い大型の四発機ではなかなか難しい戦法だ。
「レーダーによる探知をできる限り遅らせるために、早期に高度を下げて日本艦隊に接近する。低高度を飛行するため、敵艦隊の位置も含めて状況がわかりにくいが、その点は高空を飛行する爆撃隊から情報をもらうことで補う」

 少佐はあえて言わなかったが、上空のB-24やB-17が敵戦闘機も引き付けてくれることを願っていた。間違いなく、高空の四発機の大編隊はかなり遠距離からでも日本の捜索レーダーに探知されるはずだ。昆虫を引き付ける夜間の明かりの様に、日本の戦闘機を誘引してくれるに違いない。我々の爆撃隊はその後方を高度を下げて、ついてゆくのだ。

 しかし、少佐にとっても想定外だったのは艦載レーダーによる探知は遅れたものの、上空を飛行するレーダー搭載機に比較的早く発見されたことだ。海上のレーダーとは異なり、航空機のレーダーからは低高度を飛行する機体も見通せた。海面上からの反射ノイズの影響で多少時間がかかったものの、B-26の編隊を見逃すことはなかった。

 偵察型天山は80海里(148km)の地点で、低高度を飛行する双発機の編隊を探知して旗艦に通報した。

 本来、第二次攻撃隊に加わる予定の25機の烈風改が艦隊の北側へと飛行していた。戦闘機隊を率いていた指宿大尉に、母艦から敵編隊の情報が入って来た。

「方位320度に、2群にわかれた大編隊だ。おそらく数十の機体が、高度を下げて飛行している」

 指示された方向に飛行してゆくと、下方にB-26の編隊が見えてきた。しかし、爆撃機の上空にもっと小型の機体が見えてきた。

「注意しろ。上空に戦闘機の護衛が随伴している。おそらく双発戦闘機のライトニングだ」

 P-38ライトニングは、排気タービンにより高性能を確保していた。しかし、高空で高性能をもたらすターボスーパーチャージャーもこんな1,000m以下の高度ではお荷物でしかない。実際、P-38のこの高度での最大速度は550km/hだった。一方、烈風改は、増槽を装備しないクリーンな状態ならば、海面に近い高度でも600km/hは発揮できた。

 しかも、上空からの烈風改の降下攻撃に対して、P-38は急降下で回避できなかった。下方には護衛すべき爆撃機が飛行していて、その下は海面だ。必然的に上昇か水平旋回により攻撃を避けて、反撃の機会を狙うことしかできない。

 P-38は、双発のエンジン出力を生かして、低高度でも980m/min程度で上昇できた。これは、戦闘機としては、零戦を上回るかなり良い性能だ。しかし、大馬力エンジンを搭載した烈風改は、銃弾や燃料を搭載した戦闘状態でも低高度で1,200m/minの比率で上昇できた。もちろん旋回性能では、双発で機体の大きなP-38は単発機の烈風改に全く太刀打ちできない。

 18機のP-38とほぼ同数の烈風改の戦闘は圧倒的に、日本軍機の優勢となった。P-38は上昇しても旋回しても烈風改を振り切ることができない。他方、性能に優る烈風改は後方にP-38が迫っても容易に引き離せた。次々と撃墜されるのはいずれも双発の米軍戦闘機ばかりだ。

 日米戦闘機が戦っている間に、残りの烈風改は編隊の後方に回り込んで、B-26を攻撃してゆく。やがて、P-38を追い払った烈風改も爆撃機の攻撃に加わった。

 指宿大尉の耳に、母艦からの通信が入ってきた。
「防空巡洋艦から対空射撃が始まる。5分以内に退避せよ」

 しかし、指宿大尉の目の前には、依然として十数機の爆撃機が飛行していた。低空飛行で発見が遅れた影響により、戦闘機による攻撃時間が少なかったのだ。
「もう少し待ってくれ。あと5分攻撃を続けたい。そうすれば、数機は墜とせるはずだ」

 指宿大尉が攻撃を続けていると遠方に艦隊の前衛を航行する艦艇が見えてきた。大尉は、飛行している爆撃機が十機程度になったところで、母艦に退避を告げた。東方に退避しながらも、海上の戦艦から立ち上っている黒煙が見えた。
(『榛名』がやられたのか。やはり容易ならざる相手ということだな)

 海上の「愛宕」と「足柄」が対空誘導弾を発射した。既に、誘導弾にとっては近距離だ。4発の誘導弾を発射したが、命中したのは1発だけだった。「秋月」と「照月」が10cm砲の射程に爆撃機が入ってくると全力で射撃を開始した。

 しかし、海面の電波反射により上空の爆撃機を砲撃した時ほど命中率は高くない。まるで雷撃機のように高度を下げた双発の爆撃機は、噴進弾に続いて激しく対空砲を撃っている「愛宕」と「足柄」に向かった。

「足柄」には4機のB-26が迫ってきた。爆撃直前に、37mm機銃が直撃して1機が機首から海上に突っ込んだ。その水柱をものともせずに3機が突撃してきた。それぞれの機体が、4発の500lb(227kg)爆弾を低空で投下した。いずれの爆弾も反跳爆撃を考慮して、頭部形状と尾部のフィンを修正している。

 この時、艦長の阪大佐は、低空の爆撃機は雷撃するものだと信じていた。魚雷の速度を想定して回避を命令した。
「おもーかーじ、艦首を雷撃機に向けて回避するぞ」

 しかし、海面を跳ねてきた12発の爆弾は、艦長が想定していたよりもかなり速い速度で巡洋艦に迫ってきた。しかも爆撃機の機首の向きや、爆弾の個体差により軌道が少しずつ違っている。この時「足柄」は、33ノットの全速で面舵により右に急回頭していたが、向きを変えるよりも爆弾の方がかなり早かった。

 水上を飛び跳ねてくる爆弾を、阪艦長は注意深く監視していた。すぐに、命中を避けられないと判断した。

「右舷側、被弾に備えろ。爆弾が命中するぞ」

 ほとんどの爆弾は、巡洋艦の右舷側を通過したが、3発が「足柄」の右舷に連続して命中した。

 1弾は斜め上方から船体中央部の102mmの傾斜した舷側装甲に斜めに命中して、貫通できずに表面で爆発した。船体内部への被害は防げたが、水面直下のバルジが数メートルの区間で脱落した。

 次の2発は船体後部に命中した。1発は、舷側上部から上甲板を斜めに貫通して、中甲板の36mm装甲上で爆発した。更に艦尾のカタパルト上に1発が命中して艦尾発射機と動力室を吹きとばした。この2発の爆発により、後部甲板上では格納庫が破壊されるとともに、火災が発生した。内部の誘導弾の炸薬と燃料に引火すると、誘爆が始まった。推進剤と弾頭を内部に詰め込んだ誘導弾は火砲の弾薬以上に危険物の塊だった。「足柄」の後半部はあっという間に炎に包まれた。「足柄」は、風下に艦尾を向けて後進して風邪を避けながら消火を試みたが、消火設備も吹きとばされて全く手がつけられない。煙突より後部全体が炎に包まれた。しかも、炎がついた燃料が、吸気口から下方にも流れていって船体内部の機関室にも火災が広がっていった。

「愛宕」には3機のB-26が接近していった。88mmと37mmの猛烈な対空砲火が2機を撃墜した。残った1機が4発の爆弾を投下したが、「愛宕」は左に旋回して回避した。

 ……

 パナマ運河の大西洋岸に建設されたココ・ソロ海軍基地を発進したPBYは、陸軍機とは別行動をとっていた。日本艦隊から100マイル(161km)ほど離れた西側を大きく迂回して南下していた。

 海軍機の編隊長だったウェイン中佐は、最短距離となる日本艦隊の北側から、直線的に接近するつもりは毛頭なかった。決して性能の高くない飛行艇であるPBYが、防空網を正面突破しようとしても被害が甚大になるだけだ。
「このままレーダーの探知距離外の遠方から日本艦隊を迂回する。その後、南西方向から艦隊に向けて接近する」

 通信士のティース中尉が報告する。
「北方では陸軍機の攻撃が始まったようです。きれぎれですが、攻撃中の通信が入ってきています」

「陸軍には悪いが敵を引き付けてもらう。日本の直衛戦闘機も防空艦も北側からの攻撃に注意を奪われているはずだ。その間に我々は接近できるだろう」

 中佐には、日本の誘導弾を欺瞞できるような装備は搭載していないPBYにとっては、低空の想定外の方向から接近するしか攻撃可能な作戦はないと思えた。

 空母の上空を周回しながら警戒していた偵察型天山は、方位230度の方向から飛行してくる編隊を探知した。二航戦を発艦した烈風隊にこの新たな敵機の情報が伝達されてきた。

「南西方向、約50海里(93km)から接近する目標を攻撃せよ。米軍の爆撃編隊だ」

 1時間程前に「蒼龍」を発艦して空母の直上を警戒していた小田飛曹長に母艦からの情報が通知された。
(50海里だと、近いじゃないか。それも方向が南西だ。低空飛行で迂回してきたということか)

「蒼龍」の戦闘機隊が南西方向に飛行してゆくと、低空に飛行艇の編隊を発見した。この時、二航戦の戦闘機隊は、烈風改への更改が間に合わずに、烈風21型を装備していた。本来、「蒼龍」から第二次攻撃隊として参加する予定だったのは、6機の烈風だ。一方、迎え撃つべき米軍機は21機のPBYカタリナだった。

 最新型ではないが、20mm機銃を備えて低空でも600km/h近くの速度で飛行する烈風は、PBYにとっては恐るべき相手だ。上空からの攻撃を繰り返すうちに10機が撃墜された。

 烈風隊が攻撃を繰り返すうちに、日本艦隊が見えてきた。一航戦と二航戦の周囲を航行していたのは、「金剛」と「利根」、それに数隻の吹雪型駆逐艦だった。二航戦の西側を航行していた「金剛」は電探のアンテナを高いところに装備していた効果もあって、早期に米編隊を探知した。88mmと37mmにより対空火器は強化しているが、「榛名」と異なり対空誘導弾は装備していない。

 小田飛曹長に母艦から警告が入った。
「対空砲の射撃を開始する。烈風隊は退避せよ。繰り返す。対空射撃が始まる。逃げろ!」

 烈風の編隊が北方に向けて退避を始めるのと、「金剛」の左舷側がチカチカと光ったのがほぼ同時だった。PBYはこれを見て一層高度を下げた。さすがに飛行艇のパイロットだ。いつもの着水のつもりで海面ぎりぎりまで高度を下げられた。低空飛行は、電探制御の対空砲にとっても苦手な行動だ。それでも激しい対空砲火が、立て続けに2機を撃墜した。

 一航戦の北側を航行していた「利根」は、爆撃隊の接近を知って急遽艦首を180度回頭して、空母と反航するように二航戦の西側に戻ってきた。88mm砲と37mm機関銃が、射撃を開始した。1機が撃墜された。

 空母が見えてきたところで、7機が雷撃態勢に入った。後方を航行していた「蒼龍」が狙われた。左舷側の連装3基の88mm高角砲と5基の37mm四連装機銃は既に全力で射撃している。37mm弾が直撃して1機が海面に墜落していった。

 残った4機は次々と魚雷を投下した。PBYは1機当たり2本のMk13魚雷を搭載していた。8本が「蒼龍」に向けて航走していった。「蒼龍」は、雷撃機が迫ってくるのを発見してからは、常時全速の34ノットで航行していた。

 艦長の柳本大佐は、雷撃方向を確認すると右に回頭して、艦尾を魚雷に向けるように命令した。
「おーもかじー。右舷に転舵だ」

 それでも、完全に艦首が東の方向に向く前に魚雷が接近してきた。7本は左舷の離れたところを通過していったが、1本が7時の方向から左舷後部に命中した。

 ウェイン中佐の機体は、激しい対空砲火に突っ込んでいった。
(聞きしに勝る強力な対空砲火だ。無事に戻ることはできないかもな)
 
 高角砲弾の破片がビシッと機体に当たってくる。その直後に、爆発音とともに上下に大きく揺さぶられた。何かの破片がガンガンと当たる音がする。

 外側を監視していたティース中尉が叫んだ。
「機体の上方で、高角砲の至近弾が爆発」

 その影響はすぐにあらわれた。破片が当たったのだろう。右翼のエンジンが煙を吐き出して停止した。それでも、残りのエンジンを全開にすれば、速度は落ちるが飛ぶことはできる。
 しかし、1分も飛ばないうちに残っていた左翼のエンジンも息をつき始めた。こちらもどこかに被害を受けたに違いない。エンジン出力が低下してきてどんどん高度が下がり始める。

 中佐は機首を持ち上げながら、普段の着水ではありえないような速度で海上に滑り込んだ。海面に衝突した衝撃で右翼側のフロート支柱がおかしな角度にねじ曲がった。艇面にも被害が生じて浸水が始まったようだ。

 海上に降りたウェイン中佐の目の前を右から左に空母が駆け抜けるように航行しているのが見えた。残ったエンジンの最後の出力で海上の機体を10時方向に向けた。

「雷撃コースに機首を向けたぞ。魚雷を投下しろー!」
 PBYカタリナが苦労して運んできた2本の魚雷が、投下された。次の瞬間、中佐機に37mm弾が直撃してPBYはバラバラに飛散した。しかし、魚雷は中佐の遺志を引き継いだかの様に、空母の進行方向に向けて突き進んでいった。

 柳本大佐も墜落したと思った機体が海上から雷撃してくることまでは、予想できなかった。見張り員が叫んだ時には、魚雷はかなり近くなっていた。
「左舷方向、2本の魚雷。左舷に魚雷2本だ!」

「とりーかじー! いっぱーい」
「蒼龍」の艦首が向きを変え始めたところで、衝撃が襲ってきた。しかも衝撃は2回繰り返された。

 柳本艦長は衝撃で床に倒れたが、すぐに立ち直って、周囲に命令した。
「艦の中央部に魚雷2本被雷。被害を確認せよ。浸水を防げ」

 しかし、柳本大佐の命令にもかかわらず、「蒼龍」は左舷に傾き始めた。2万トンの空母にとって、片舷に集中した3本の魚雷は限界を超えていた。

 しかも、格納庫には第二次攻撃隊として発進させる予定の天山と彗星を合わせて12機が駐機されていた。爆弾と魚雷はさすがに米軍機が接近した時点で弾薬庫に降ろしたが、燃料タンクには航空ガソリンを満載していた。

「蒼龍」の西北を護衛として航行していた「綾波」艦長の作間中佐は、絶望的な面持ちで東南の海上を眺めていた。水柱の数から、3本の魚雷が次々と命中したことがわかった。魚雷の水柱が落ちた後も船体中央部から激しく黒煙が噴き出していた。しかも赤い炎を伴った小規模な爆発が時々発生しているようだ。船体はやや傾斜して、海上に停止していた。

 誰にも話さなかったが、状況はよくわかった。
(魚雷の浸水と搭載機のガソリンによる火災の合わせ技だ。こりゃあ、長くはもたないぞ)

 そこまで考えて、作間中佐は顔を上げて大きな声で命令した。
「本艦は、これから『蒼龍』乗組員の救助に向かう。できる限り空母の火災をおさえる。甲板上で放水の準備をせよ。その間に『蒼龍』の左舷側につけて、救助を行う。通信員、空母の被害状況を『衣笠』に伝えよ」
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