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第15章 運河攻撃作戦
15.9章 運河攻撃1
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パナマ運河の南西方向のアスエロ半島から南西100海里(185km)の海上に複数の潜水艦が浮上した。
ハワイ東海域の輸送船団の襲撃にも参加していた3隻の潜水艦が南下してきたのだ。「伊19」「伊17」「伊25」の3隻はいずれも姉妹艦で巡潜乙型に属している。これらの潜水艦は、いずれも零式小型水偵という水上機を搭載していた。
3隻の潜水艦はチカチカと発光信号でお互いに準備ができていることを確認すると、搭載していた小型水偵を船体前部のカタパルトから発進させた。もちろん、作業が終わると3隻はすぐに退避を始めた。米軍の哨戒機の存在を考えれば、危険なほどに海岸に接近している。
3機の小型水偵は北北東を目指して飛行を続けた。目指しているのはパナマの中央あたりに四角形のこぶのように南東方向に突き出したアスエロ半島の付け根だ。パナマ運河の中心部からは、南西方向に約80海里(148km)の距離だ。
小型水偵は、目標地点に向かいながら、上昇限度の5,000m付近まで高度を上げていった。やがて、両翼下に懸架していた小型の増槽のような形状の容器を投下した。格納容器は、空中で割れると内部から多量の金属箔が出てきた。
続いて、後席の搭乗員が水偵に積み込んできた50センチ四方の荷物を総計6個、投下した。空中で大きめの落下傘が開くとふわふわと漂いながら落ち始めた。この荷物には、かなり波長の短い電波を放射する電子装置と電池が内蔵されていた。
落下傘の下の荷物が、日本軍が今まで収集した米軍の対空電探と同じ周波数で、しかもパルス幅も合わせた電波の発信を開始した。6個の荷物がそれぞれ種類の異なる電探の波長に合わせているので、米軍の電探の種類が違ってもいずれかが合致しているはずだ。限られた大きさなので電波の出力は決して大きくないが、遠方で単純に反射して戻ってゆく電波の強度に比べれば十分大きな出力だ。電探の電波を受信している機器から見れば電波反射の大きな輝点に見えるはずだ。
しかも、ご丁寧にもタイマーにより30分後には起爆する炸薬を内蔵させて、この装置を米軍が回収しても機能を解析させないように配慮していた。
……
パナマ防衛を任務とする第6空軍の司令部に最初に通報されたのは、小型水偵が投下した電波反射箔と電波発信機の情報だった。ハーマン少将のところにクライン中佐が探知情報のメモを持ってやってきた。
「バルボア基地のレーダーが運河の100マイル(160km)南西方向に編隊を探知しました。反射波形を見ると、金属箔をばらまいているようです。それとは別の大きな反射波形が出ています」
「金属箔によりレーダーを欺瞞させながら編隊が飛行しているということか?」
「レーダー探知の状況から、そのように解釈できます」
ハーマン少将は、既に日本軍からの空襲を予測して、麾下の基地の戦闘機に迎撃準備命令を発していた。レーダーの探知報告を受けてすぐに空襲警報に切り替えた。
「想定通り日本軍機が攻撃にやってきたぞ。運河を破壊するつもりだ。我々は全力で阻止しなければならない」
この時、陸軍の戦闘機は、長距離飛行可能な機体は、日本艦隊攻撃のために出払っていた。それでもハワード基地とリオ・ハト基地にはP-47やP-40などの単発機が多数残っていた。それにP-51も一部の機体が出撃しただけで、胴体内燃料タンクを増設する前のP-51B型は長距離の侵攻任務には不適と判断されて残されていた。
少将は、以前からパナマ運河の攻撃作戦について検討していた。大西洋側から太平洋につながる運河を破壊するためには、多くの攻撃隊が必要だ。つまり、複数の部隊による同時攻撃の可能性が極めて高い。
「全戦闘機の一斉出撃はちょっと待ってくれ。日本の機動部隊は東西の2群に分かれて航行していたはずだ。間違いなく、それぞれの艦隊から攻撃隊が発進したはずだ。それに、空母は、飛行甲板の広さの都合から攻撃隊を一度に発艦させずに2隊に分けるようだ。考え合わせると、日本軍の編隊は3群または4群で同時に攻撃してくると思う。我々は日本の攻撃隊の全容がわかるまでは、その前提で行動する。まずは3割程度の戦闘機で迎撃させてくれ」
「わかりました。一部のP-47とP-40を迎撃隊の主力として発進させます。P-51と残りのP-47は予備兵力として基地に残します」
第6空軍司令官の判断により、24機のP-47と28機のP-40が西方に向けて離陸していった。
……
五航戦を発艦した烈風改の編隊は、パナマ湾の東端を目指して北上していた。烈風改戦闘機隊の兼子大尉は、想定していた距離を飛行すると、最初の目標としていた海岸線を前下方に発見できた。
(計画通りの海岸線が見えてきた。これで間違いなく運河の太平洋側の出入口に到達できるぞ)
戦闘機隊に随伴していた磯野飛曹長の偵察型天山から連絡が入ってきた。
「逆探の受信電波が強くなっています。間違いなく我々は米軍の電探に探知されていると思われます」
兼子大尉は編隊に注意を促した。
「各機に告げる。我々は探知された。周囲を警戒せよ。そろそろ米軍の戦闘機が迎撃してきてもおかしくない」
パナマに接近すれば、米軍の電探に発見されるのは想定内だ。むしろ攻撃隊よりも先に発見されて、戦闘機が向かってきてくれた方が望ましい。
しかし、日本の戦闘機隊にとって想定外だったのは、日本機動部隊の存在を知ってロッドマン海軍基地から駆逐艦が出港していたことだ。パナマ湾の南方まで出ていた駆逐艦「ブキャナン」がレーダーにより早期に日本編隊を探知していた。
ハーマン少将の複数の敵編隊から攻撃されるという懸念が現実になりつつあった。パナマ湾の駆逐艦から湾の東岸から運河に接近してくる別の編隊を探知したとの報告があった。
「やはり、最初の目標とは逆の東の方向からやってきたな。我々の戦力を分散させるつもりなのは明らかだ。放置はできない。直ちに迎撃せよ」
クライン中佐は麾下の戦闘機隊から、24機のP-47と20機のP-51を出撃させた。ハーマン少将の方針に従って、まだ予備兵力として約3割の兵力は基地に待機していた。
基地から戦闘機が発進した頃には、警戒状態にあったパナマ太平洋岸のハワード基地と運河太平洋岸のロッドマン海軍基地の2カ所のレーダーも駆逐艦と同様に、東寄り海岸近くから運河に向かってくる編隊を捉えて正確な位置を通報してきた。米軍の戦闘機に飛行してくる日本軍の位置と高度の情報が伝えられた。
……
一航戦と二航戦を発艦した第一次攻撃隊は、艦隊から北上して運河の太平洋側の出入口を目指していた。パナマ湾の南の海上から、運河に接近することになった。既に、パナマ市街までは、50海里(93km)を切っている。攻撃隊長の村田少佐は、距離を確認して電波妨害の開始を命令した。
「そろそろパナマに近づいた。電波妨害策を実行する。金属箔を散布せよ」
編隊に先行してパナマ寄りを飛行していた偵察型天山が上昇しながら編隊から離れてゆく。東と西にそれぞれが飛行して離れたところで、翼下に搭載していた小型の増槽型の容器を投下した。空中で割れると、多量の短冊状のアルミ箔が空中へと広がった。
偵察型天山の西森飛曹長が、村田少佐に連絡した。
「電波妨害用の金属箔の散布を終了。続いて、妨害電波の放射を開始します」
妨害によりロッドマン海軍基地のレーダースコープに吹雪のようなノイズが出現した。しかし、アメリカ軍は珊瑚海やアリューシャンの戦いで日本軍の電波妨害は経験済みだった。米軍は、妨害を受けにくい周波数に変更して、更に雑音を内部回路により電子的に除去する機能をレーダーに追加していた。この結果、方位や距離の分解能は若干悪化するが妨害を避けることができた。
しかも海上の駆逐艦は側方から日本編隊を監視することになったので、北方のアルミ箔の妨害は艦載のレーダーには効果がなかった。
ハーマン少将は第3の編隊の探知報告を受けて、手元に残っていた戦闘機の出撃を命じた。16機のP-47と9機のP-51、11機のP-40が離陸していった。基地に残っていた機体の寄せ集めのようになったがやむを得ない。
……
運河の東南東を海岸沿いに飛行していた烈風改の編隊に対して、P-47とP-51の編隊がレーダーの誘導で接近していった。戦闘機隊に随伴していた偵察型天山は、逆探の電波強度が大きくなってからは、蛇行しながら編隊の西方を飛行していた。機載電探が警戒している前方の扇形の範囲を広げるためだ。しばらくして、磯野飛曹長は運河の方向から飛行してくる編隊を探知した。
「方位300度から、編隊が接近してくる。距離20海里(37km)。おそらく30機以上」
兼子大尉は、緊張していた。覚悟していたとはいえ、米軍機の方が数は多いようだ。
「敵機が襲撃してくるぞ。奇襲攻撃を受けないように周囲を注意しろ」
岩本一飛曹は、2群に分かれた戦闘機隊が自分たちとほぼ同じ高度で接近してくるのを発見した。
「2時方向。我々と同高度。戦闘機は大きく2群に分かれている」
兼子大尉は、高度の優位を確保するために緩やかに上昇を始めた。米軍機を左翼側に見ながら大きく旋回をしながら高度を上げていった。
P-51に搭乗して米軍戦闘機隊を率いていたヒル中佐は、日本の戦闘機の作戦をすぐに察知していた。
「敵機は高度を上げて、優位な態勢に持ってゆくつもりだ。こちらも上昇するぞ」
日米の戦闘機軍は互いに左側に相手の編隊を見て、大きく旋回しながらどんどん上昇していった。しかし、この高度ではP-47の上昇性能は決して良好ではない。重量級の機体は、6,000m近辺の高度では、毎分450m程度がやっとだった。これは、毎分900mを超える烈風改やP-51Bの半分の性能だった。
結果として、P-47の編隊だけが徐々に下方に取り残されることになった。兼子大尉は2群に米編隊が分かれていったのを見て、攻撃開始を決断した。
「上空の液冷機の編隊を優先して攻撃する。下方の編隊は、上昇には時間がかかるはずだ」
烈風改の編隊は急旋回で内側に回り込むとP-51の側面から攻撃を開始した。岩本一飛曹は、既に米編隊の後方の1機に狙いを定めていた。こんな場合は早めに目標を決めて、躊躇なく一直線に攻撃すべきだ。
ヒル中佐も急旋回による攻撃を警戒して日本の戦闘機の動きを注視していた。すぐに、P-51を左翼側に旋回させて機首を日本戦闘機に向けた。中佐の読んだ鹵獲したサム(烈風)のテストレポートには旋回性能が非常に優れているとの記述があった。このまま水平面での格闘戦に巻き込まれるのは避けたかった。それでも編隊後方のP-51は行動が遅れた。しかも右旋回で背中を日本戦闘機に向けた機体も存在した。
(想像した通りだ。後ろの機体ほど機動開始が遅れている。背後を向けて降下しようとするのはこの場合は悪手だ)
岩本一飛曹は狙っていた目標が右側を旋回してゆくのを見て、一直線に近づくと遠方から射撃した。烈風から装備が始まった長銃身型の20mm機銃から弾丸がわずかな山なりで飛んでいった。P-51が下腹部を見せて旋回に入ったところで、数発の20mm弾が命中した。
既に編隊の他の機体も、P-51に向けて射撃を開始していた。有効な回避ができなかった数機のP-51が黒い煙や赤い炎を引きながら墜ちてゆく。
兼子大尉は、逃げて行くP-51を追撃することなく、下方のP-47の編隊に急降下を仕掛けた。すぐにP-47も攻撃を察知して急降下に移ったが逃げ遅れた機体が目標になった。岩本一飛曹も急降下に入ろうと急反転するP-47に狙いをつけて射撃をすると、エンジンに命中してカウリングが飛散した。次の瞬間には、機首から煙を噴き出して、きりもみで墜ちていった。ここでも回避行動が遅れた機体が真っ先に犠牲になる。
米編隊は数で優位だったが、2隊に分離してその後バラバラになってしまった。既に10機程度が撃墜されて、数の優位もほぼなくなっていた。特にP-47が一目散に急降下で低空に逃げてゆくと、飛行していたのは、十数機のP-51になった。
米軍がテストしたサムの速度情報からヒル中佐は、新鋭のP-51であればサムよりも飛行性能が優秀だと信じていた。それを信じて、最大速度まで加速して高速戦闘を挑んできた。烈風改の編隊もP-51に向けて全速まで加速した。米戦闘機は、射程に日本軍機を捉えようとしたが、380ノット(704km/h)に達していた烈風改の速度は決してP-51に劣っていなかった。徐々に烈風改が後方から接近することになった。
もはやP-51がどの方向に回避しようと思っても、後方の烈風改が追いついて、攻撃可能な態勢だ。ヒル中佐はほとんど垂直に近い降下に機体を持ち込もうとしていた。急降下を開始したところで左翼に激しい振動を感じた。思わずその方を見ると国籍マークのあたりに数十センチの穴が開いていた。20mm弾が命中したのだ。後方では、幾本もの煙の筋が見える。ほとんどは友軍機が墜とされたものだろう。
「低空に逃げろ。この日本軍機は改良されたサムだ。我々が教えられたサムから大きく性能が改善されている。繰り返す。日本軍機は我々よりも高性能だ。各機自分を守ることを優先せよ」
……
ハワード少将のところに、西方の目標を迎撃した編隊から報告が入っていた。
「アスエロ半島の上空には、日本軍機は存在していません。何も発見できません」
少将は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「日本軍の欺瞞作戦に引っかかったんだ。西側の探知はおとりだった。すぐに運河の上空に呼び戻せ。西方がおとりならば、それ以外は本物の攻撃隊だということだ。すぐにも運河への攻撃が始まるぞ」
ハワイ東海域の輸送船団の襲撃にも参加していた3隻の潜水艦が南下してきたのだ。「伊19」「伊17」「伊25」の3隻はいずれも姉妹艦で巡潜乙型に属している。これらの潜水艦は、いずれも零式小型水偵という水上機を搭載していた。
3隻の潜水艦はチカチカと発光信号でお互いに準備ができていることを確認すると、搭載していた小型水偵を船体前部のカタパルトから発進させた。もちろん、作業が終わると3隻はすぐに退避を始めた。米軍の哨戒機の存在を考えれば、危険なほどに海岸に接近している。
3機の小型水偵は北北東を目指して飛行を続けた。目指しているのはパナマの中央あたりに四角形のこぶのように南東方向に突き出したアスエロ半島の付け根だ。パナマ運河の中心部からは、南西方向に約80海里(148km)の距離だ。
小型水偵は、目標地点に向かいながら、上昇限度の5,000m付近まで高度を上げていった。やがて、両翼下に懸架していた小型の増槽のような形状の容器を投下した。格納容器は、空中で割れると内部から多量の金属箔が出てきた。
続いて、後席の搭乗員が水偵に積み込んできた50センチ四方の荷物を総計6個、投下した。空中で大きめの落下傘が開くとふわふわと漂いながら落ち始めた。この荷物には、かなり波長の短い電波を放射する電子装置と電池が内蔵されていた。
落下傘の下の荷物が、日本軍が今まで収集した米軍の対空電探と同じ周波数で、しかもパルス幅も合わせた電波の発信を開始した。6個の荷物がそれぞれ種類の異なる電探の波長に合わせているので、米軍の電探の種類が違ってもいずれかが合致しているはずだ。限られた大きさなので電波の出力は決して大きくないが、遠方で単純に反射して戻ってゆく電波の強度に比べれば十分大きな出力だ。電探の電波を受信している機器から見れば電波反射の大きな輝点に見えるはずだ。
しかも、ご丁寧にもタイマーにより30分後には起爆する炸薬を内蔵させて、この装置を米軍が回収しても機能を解析させないように配慮していた。
……
パナマ防衛を任務とする第6空軍の司令部に最初に通報されたのは、小型水偵が投下した電波反射箔と電波発信機の情報だった。ハーマン少将のところにクライン中佐が探知情報のメモを持ってやってきた。
「バルボア基地のレーダーが運河の100マイル(160km)南西方向に編隊を探知しました。反射波形を見ると、金属箔をばらまいているようです。それとは別の大きな反射波形が出ています」
「金属箔によりレーダーを欺瞞させながら編隊が飛行しているということか?」
「レーダー探知の状況から、そのように解釈できます」
ハーマン少将は、既に日本軍からの空襲を予測して、麾下の基地の戦闘機に迎撃準備命令を発していた。レーダーの探知報告を受けてすぐに空襲警報に切り替えた。
「想定通り日本軍機が攻撃にやってきたぞ。運河を破壊するつもりだ。我々は全力で阻止しなければならない」
この時、陸軍の戦闘機は、長距離飛行可能な機体は、日本艦隊攻撃のために出払っていた。それでもハワード基地とリオ・ハト基地にはP-47やP-40などの単発機が多数残っていた。それにP-51も一部の機体が出撃しただけで、胴体内燃料タンクを増設する前のP-51B型は長距離の侵攻任務には不適と判断されて残されていた。
少将は、以前からパナマ運河の攻撃作戦について検討していた。大西洋側から太平洋につながる運河を破壊するためには、多くの攻撃隊が必要だ。つまり、複数の部隊による同時攻撃の可能性が極めて高い。
「全戦闘機の一斉出撃はちょっと待ってくれ。日本の機動部隊は東西の2群に分かれて航行していたはずだ。間違いなく、それぞれの艦隊から攻撃隊が発進したはずだ。それに、空母は、飛行甲板の広さの都合から攻撃隊を一度に発艦させずに2隊に分けるようだ。考え合わせると、日本軍の編隊は3群または4群で同時に攻撃してくると思う。我々は日本の攻撃隊の全容がわかるまでは、その前提で行動する。まずは3割程度の戦闘機で迎撃させてくれ」
「わかりました。一部のP-47とP-40を迎撃隊の主力として発進させます。P-51と残りのP-47は予備兵力として基地に残します」
第6空軍司令官の判断により、24機のP-47と28機のP-40が西方に向けて離陸していった。
……
五航戦を発艦した烈風改の編隊は、パナマ湾の東端を目指して北上していた。烈風改戦闘機隊の兼子大尉は、想定していた距離を飛行すると、最初の目標としていた海岸線を前下方に発見できた。
(計画通りの海岸線が見えてきた。これで間違いなく運河の太平洋側の出入口に到達できるぞ)
戦闘機隊に随伴していた磯野飛曹長の偵察型天山から連絡が入ってきた。
「逆探の受信電波が強くなっています。間違いなく我々は米軍の電探に探知されていると思われます」
兼子大尉は編隊に注意を促した。
「各機に告げる。我々は探知された。周囲を警戒せよ。そろそろ米軍の戦闘機が迎撃してきてもおかしくない」
パナマに接近すれば、米軍の電探に発見されるのは想定内だ。むしろ攻撃隊よりも先に発見されて、戦闘機が向かってきてくれた方が望ましい。
しかし、日本の戦闘機隊にとって想定外だったのは、日本機動部隊の存在を知ってロッドマン海軍基地から駆逐艦が出港していたことだ。パナマ湾の南方まで出ていた駆逐艦「ブキャナン」がレーダーにより早期に日本編隊を探知していた。
ハーマン少将の複数の敵編隊から攻撃されるという懸念が現実になりつつあった。パナマ湾の駆逐艦から湾の東岸から運河に接近してくる別の編隊を探知したとの報告があった。
「やはり、最初の目標とは逆の東の方向からやってきたな。我々の戦力を分散させるつもりなのは明らかだ。放置はできない。直ちに迎撃せよ」
クライン中佐は麾下の戦闘機隊から、24機のP-47と20機のP-51を出撃させた。ハーマン少将の方針に従って、まだ予備兵力として約3割の兵力は基地に待機していた。
基地から戦闘機が発進した頃には、警戒状態にあったパナマ太平洋岸のハワード基地と運河太平洋岸のロッドマン海軍基地の2カ所のレーダーも駆逐艦と同様に、東寄り海岸近くから運河に向かってくる編隊を捉えて正確な位置を通報してきた。米軍の戦闘機に飛行してくる日本軍の位置と高度の情報が伝えられた。
……
一航戦と二航戦を発艦した第一次攻撃隊は、艦隊から北上して運河の太平洋側の出入口を目指していた。パナマ湾の南の海上から、運河に接近することになった。既に、パナマ市街までは、50海里(93km)を切っている。攻撃隊長の村田少佐は、距離を確認して電波妨害の開始を命令した。
「そろそろパナマに近づいた。電波妨害策を実行する。金属箔を散布せよ」
編隊に先行してパナマ寄りを飛行していた偵察型天山が上昇しながら編隊から離れてゆく。東と西にそれぞれが飛行して離れたところで、翼下に搭載していた小型の増槽型の容器を投下した。空中で割れると、多量の短冊状のアルミ箔が空中へと広がった。
偵察型天山の西森飛曹長が、村田少佐に連絡した。
「電波妨害用の金属箔の散布を終了。続いて、妨害電波の放射を開始します」
妨害によりロッドマン海軍基地のレーダースコープに吹雪のようなノイズが出現した。しかし、アメリカ軍は珊瑚海やアリューシャンの戦いで日本軍の電波妨害は経験済みだった。米軍は、妨害を受けにくい周波数に変更して、更に雑音を内部回路により電子的に除去する機能をレーダーに追加していた。この結果、方位や距離の分解能は若干悪化するが妨害を避けることができた。
しかも海上の駆逐艦は側方から日本編隊を監視することになったので、北方のアルミ箔の妨害は艦載のレーダーには効果がなかった。
ハーマン少将は第3の編隊の探知報告を受けて、手元に残っていた戦闘機の出撃を命じた。16機のP-47と9機のP-51、11機のP-40が離陸していった。基地に残っていた機体の寄せ集めのようになったがやむを得ない。
……
運河の東南東を海岸沿いに飛行していた烈風改の編隊に対して、P-47とP-51の編隊がレーダーの誘導で接近していった。戦闘機隊に随伴していた偵察型天山は、逆探の電波強度が大きくなってからは、蛇行しながら編隊の西方を飛行していた。機載電探が警戒している前方の扇形の範囲を広げるためだ。しばらくして、磯野飛曹長は運河の方向から飛行してくる編隊を探知した。
「方位300度から、編隊が接近してくる。距離20海里(37km)。おそらく30機以上」
兼子大尉は、緊張していた。覚悟していたとはいえ、米軍機の方が数は多いようだ。
「敵機が襲撃してくるぞ。奇襲攻撃を受けないように周囲を注意しろ」
岩本一飛曹は、2群に分かれた戦闘機隊が自分たちとほぼ同じ高度で接近してくるのを発見した。
「2時方向。我々と同高度。戦闘機は大きく2群に分かれている」
兼子大尉は、高度の優位を確保するために緩やかに上昇を始めた。米軍機を左翼側に見ながら大きく旋回をしながら高度を上げていった。
P-51に搭乗して米軍戦闘機隊を率いていたヒル中佐は、日本の戦闘機の作戦をすぐに察知していた。
「敵機は高度を上げて、優位な態勢に持ってゆくつもりだ。こちらも上昇するぞ」
日米の戦闘機軍は互いに左側に相手の編隊を見て、大きく旋回しながらどんどん上昇していった。しかし、この高度ではP-47の上昇性能は決して良好ではない。重量級の機体は、6,000m近辺の高度では、毎分450m程度がやっとだった。これは、毎分900mを超える烈風改やP-51Bの半分の性能だった。
結果として、P-47の編隊だけが徐々に下方に取り残されることになった。兼子大尉は2群に米編隊が分かれていったのを見て、攻撃開始を決断した。
「上空の液冷機の編隊を優先して攻撃する。下方の編隊は、上昇には時間がかかるはずだ」
烈風改の編隊は急旋回で内側に回り込むとP-51の側面から攻撃を開始した。岩本一飛曹は、既に米編隊の後方の1機に狙いを定めていた。こんな場合は早めに目標を決めて、躊躇なく一直線に攻撃すべきだ。
ヒル中佐も急旋回による攻撃を警戒して日本の戦闘機の動きを注視していた。すぐに、P-51を左翼側に旋回させて機首を日本戦闘機に向けた。中佐の読んだ鹵獲したサム(烈風)のテストレポートには旋回性能が非常に優れているとの記述があった。このまま水平面での格闘戦に巻き込まれるのは避けたかった。それでも編隊後方のP-51は行動が遅れた。しかも右旋回で背中を日本戦闘機に向けた機体も存在した。
(想像した通りだ。後ろの機体ほど機動開始が遅れている。背後を向けて降下しようとするのはこの場合は悪手だ)
岩本一飛曹は狙っていた目標が右側を旋回してゆくのを見て、一直線に近づくと遠方から射撃した。烈風から装備が始まった長銃身型の20mm機銃から弾丸がわずかな山なりで飛んでいった。P-51が下腹部を見せて旋回に入ったところで、数発の20mm弾が命中した。
既に編隊の他の機体も、P-51に向けて射撃を開始していた。有効な回避ができなかった数機のP-51が黒い煙や赤い炎を引きながら墜ちてゆく。
兼子大尉は、逃げて行くP-51を追撃することなく、下方のP-47の編隊に急降下を仕掛けた。すぐにP-47も攻撃を察知して急降下に移ったが逃げ遅れた機体が目標になった。岩本一飛曹も急降下に入ろうと急反転するP-47に狙いをつけて射撃をすると、エンジンに命中してカウリングが飛散した。次の瞬間には、機首から煙を噴き出して、きりもみで墜ちていった。ここでも回避行動が遅れた機体が真っ先に犠牲になる。
米編隊は数で優位だったが、2隊に分離してその後バラバラになってしまった。既に10機程度が撃墜されて、数の優位もほぼなくなっていた。特にP-47が一目散に急降下で低空に逃げてゆくと、飛行していたのは、十数機のP-51になった。
米軍がテストしたサムの速度情報からヒル中佐は、新鋭のP-51であればサムよりも飛行性能が優秀だと信じていた。それを信じて、最大速度まで加速して高速戦闘を挑んできた。烈風改の編隊もP-51に向けて全速まで加速した。米戦闘機は、射程に日本軍機を捉えようとしたが、380ノット(704km/h)に達していた烈風改の速度は決してP-51に劣っていなかった。徐々に烈風改が後方から接近することになった。
もはやP-51がどの方向に回避しようと思っても、後方の烈風改が追いついて、攻撃可能な態勢だ。ヒル中佐はほとんど垂直に近い降下に機体を持ち込もうとしていた。急降下を開始したところで左翼に激しい振動を感じた。思わずその方を見ると国籍マークのあたりに数十センチの穴が開いていた。20mm弾が命中したのだ。後方では、幾本もの煙の筋が見える。ほとんどは友軍機が墜とされたものだろう。
「低空に逃げろ。この日本軍機は改良されたサムだ。我々が教えられたサムから大きく性能が改善されている。繰り返す。日本軍機は我々よりも高性能だ。各機自分を守ることを優先せよ」
……
ハワード少将のところに、西方の目標を迎撃した編隊から報告が入っていた。
「アスエロ半島の上空には、日本軍機は存在していません。何も発見できません」
少将は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「日本軍の欺瞞作戦に引っかかったんだ。西側の探知はおとりだった。すぐに運河の上空に呼び戻せ。西方がおとりならば、それ以外は本物の攻撃隊だということだ。すぐにも運河への攻撃が始まるぞ」
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そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
超量産艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
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