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第15章 運河攻撃作戦
15.10章 運河攻撃2
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一航戦と二航戦の第一次攻撃隊に随伴していた偵察型天山から編隊の接近が戦闘機隊に通知されてきた。
「こちら西森、10時方向に編隊を探知。約30海里(56km)」
「赤城」戦闘機隊の小山飛曹長は機首を目標よりもやや東側に向けた。米軍機の側面を迂回して側面から仕掛けようと考えたのだ。米編隊側面を通過すると、西側を向くように左翼側に旋回した。
小山飛曹長の一隊が、速度を上げて飛行してゆくと前方に編隊が見えてきた。胴体の太い空冷の単発機が見えている。更にその後方には液冷機が飛んでいる。
「1時方向、やや下方に空冷の戦闘機隊を攻撃する。数は十数機だ」
この時、迎撃してきたのは、ハーマン少将が3番目に発進させた戦闘機の混成隊だった。P-47が16機とP-51が9機、更にP-40が11機の編制だった。一方、一航戦、二航戦の攻撃隊を護衛していたのは、烈風改が48機と烈風が12機であり、数の上では日本軍が有利だった。
飛曹長は、高度で上方をとっているという有利な状況から、P-47編隊への先制攻撃をすぐに決断した。烈風改の編隊は、全速飛行から降下攻撃に移った。
烈風改が、日本軍機を発見して回避しようとしている米軍戦闘機に向けて射撃した。ジャイロ照準器と長銃身機銃のおかげで、遠距離でも20mm弾は命中した。20mm弾の爆発炎により、機体の周囲の雲にオレンジ色の炎が反射した。そのまま、燃えている機体をよけて、その前方の漫然と飛行していた機体に向けて更に射撃した。飛曹長が機銃を連射すると、2機目のP-47も煙を噴き出して墜落していった。
急降下の一撃でP-47を仕留めた小山飛曹長がふり返ると、幾筋もの炎の尾が見えた。あの数だけ航空機が落ちているのだ。
その頃、「加賀」戦闘機隊は、液冷のP-51の編隊と向き合っていた。飯塚大尉にとって、この機首のとがった戦闘機は初めて見る相手だった。しかし、液冷の高性能機が、日本空母を攻撃したB-17を護衛していたことは、母艦からの無線で聞いていた。
「液冷の戦闘機は、爆撃隊を護衛してきた新型機だ。高性能だと聞いているぞ。油断するな」
飯塚大尉の指示に従って、烈風改がP-51に向かっていった。一方、二航戦の烈風隊はそのまま爆撃隊の上空で待機していた。P-51は日本軍の爆撃機を攻撃するためには、護衛の戦闘機を突破する必要がある。米軍機が降下して逃げていかないので、水平面での旋回戦になった。「加賀」の戦闘隊は20機以上なので数で圧倒的に有利だった。烈風改とおおむね同じ性能を有するP-51も数で押されていった。
護衛戦闘機が米軍機を引き付けているおかげで、攻撃隊は、3機の彗星が撃墜されただけで、パナマの南岸から太平洋側の運河へと侵入することができた。パナマ市街が右翼側に見えるので、運河の出入り口の位置を間違えようがない。
日本編隊が運河上空にやってくるのを待っていたかのように、上空の雲の間から10機程度のP-40が急降下してきた。基地レーダーの誘導により日本軍の飛行ルートを知って待ち構えていたのだ。
攻撃隊の上空で警戒していた二航戦の烈風が上昇して、これらの戦闘機に向かおうとしたが、レーダーに誘導された戦闘機の攻撃がわずかに早かった。大半の烈風改はP-47やP-51とまだ交戦をしていた。急降下で、烈風の編隊を強引にすり抜けてきたP-40が2機の天山と1機の流星を撃墜した。すぐに烈風が急降下してP-40の後方から追いついた。半分以上のP-40が煙を引いて墜ちてゆく。残った機体は急降下で逃げてゆく。
被害を出しながらも上空から運河の水路と閘門が見えるところまで日本軍の攻撃隊は前進していた。
パナマ運河の太平洋側施設としては、ペドロ・ミゲル閘門とミラフローレス閘門の2カ所がもっとも重要だ。太平洋側に近いのはミラフローレス閘門で、小さな湖をはさんで、その奥にペドロ・ミゲル閘門が位置する。
海洋から運河を通過しようとする艦船は、まず閘門に入ることになる。閘門にはいくつもの水密扉が取り付けられている。上流側と下流側の双方の扉を閉じるとその間の通路は水密区画になる。閉じた区間内にポンプで給水すれば水と一緒に船舶を上昇させられる。パナマ運河の航路で最も水位が高いのはガトゥン湖だ。艦船はガトゥン湖内を航行することにより、パナマ地峡を超えることになる。ガトゥン湖には、浅いところで座礁するのを避けるために水深の深い通路が設けられていて、船舶は安全な通路内を航行することになる。それに対して閘門は、ガトゥン湖に対して艦艇を段階的に上げ下げするエスカレーターの役割を果たしていることになる。パナマ運河の閘門はどれも上りと下りの通路が別々に設けられていて、鉄道で例えれば複線化されていた。
大西洋側の閘門はガトゥン閘門と名付けられ、太平洋側と異なり一つの閘門によりガトゥン湖と大西洋の間をつないで、艦船を上げ下げしていた。
運河にとって弱点の閘門が狙われる可能性は、米軍も十分想定していた。閘門の周囲には対空砲陣地を構築して待ち構えていた。
第一次攻撃隊が東南方向から太平洋に近いミラフローレス閘門に接近してゆくと、レーダー照準の90mm高射砲の猛烈な射撃が始まった。直線的に飛行していた2機の彗星が高射砲につかまった。
太平洋岸に最も近いミラフローレス閘門には2区画が存在して、しかも複線化されているので、扉は全部で6カ所になる。実際には観音開きの扉なので、物理的には12枚の鋼製の扉が存在していた。
パナマ運河の太平洋側から閘門上空に達した22機の流星が、この扉に照準を合わせて急降下を開始した。新たに配備が始まっていたボフォース40mm機関砲が、運河の両岸から激しく撃ちだす。2機の流星が炎を引きながら墜ちてゆく。他の20機はそれぞれ目標を決めて、爆弾を投下した。さすがに目標としては決して大きくない扉に対して、直撃できた80番爆弾は5発だった。しかし、至近弾となっても爆弾のスプリンターと水中爆発による水圧が、扉を吹き飛ばすと共に開閉機構も破壊した。爆弾が爆発したところには、水路のコンクリート壁に巨大なスコップにより削られたようなくぼみができた。
6機の天山は水路の中央部を水平爆撃で狙った。各機が4発の25番爆弾を投下した。コンクリート製の水路に命中して破孔が生じる。両岸で艦船を牽引する電動車の軌道が破壊された。双方向の通路を仕切っていたコンクリートの壁が崩壊した。流星と天山の攻撃により、ミラフローレス閘門の6カ所の扉は、鋼製の構造物が爆砕されるか吹きとばされるかして、全て原形をとどめないほどに破壊された。きれいな直線状だった水路もいたるところで壁面のコンクリートが破壊されてでこぼこの土台がむき出しになった。
太平洋側の閘門が攻撃されている頃、南南東からミラフローレス湖を越えて、彗星と流星の爆撃隊がペドロ・ミゲル閘門に接近していた。こちらでも閘門の近くの高射砲が射撃を始める。主に低空の航空機を攻撃する40mm機関砲も射撃を開始した。運河の通路の近傍を直線的に飛行したことが対空砲による日本軍機の被害を大きくした。
対空砲火により、3機の彗星と1機の流星が撃墜された。それでも、残りの機体は、躊躇することなく閘門を目指して急降下を開始した。7発の80番と16発の50番が、4カ所に扉を有する閘門に向けて投下された。
3カ所の扉に爆弾が直撃した。更に至近弾による爆圧で扉が吹きとばされた。水路中央部のビルは爆弾で半壊した。ミラフローレス閘門とペドロ・ミゲル閘門の扉が破壊されると、水位が高いガトゥン湖と低い太平洋の間で湖水をせき止める障害物が無くなった。運河の水路は傾斜の大きな川となった。上流のガトゥン湖の水が濁流となって太平洋に流出し始めた。爆弾によりバラバラになった構造物やコンクリートの破片も急流によって太平洋に流されてゆく。
……
五航戦を発艦した銀河の編隊は、パナマ運河から130海里(241km)東側のあたりを北上してカリブ海に抜けていた。パナマというよりもむしろコロンビア国境に近いところを通過して大西洋に抜けてから西北西に進んでいた。わざわざパナマ運河から離れたところを大西洋岸まで飛行したのは、地上からの目撃を避けるためだ。電探に映りにくい機体であっても、目視や飛行音で発見される可能性がある。
銀河隊の飛行経路の選択はうまくいって、太平洋側の閘門が攻撃されている頃には、米軍に発見されることなくリモン湾の上空に達していた。電波反射の少ない機体の特性のおかげで、大西洋岸のココ・ソロ海軍基地のレーダーも探知できなかった。それに加えて、米軍の戦闘機は太平洋側からの攻撃隊を迎撃するために、太平洋側のパナマ市近辺やパナマ湾上空に誘引されていた。
リモン湾から真南に進むと、ガトゥン湖の黒い湖面が前方に見えてきた。「翔鶴」爆撃隊の高橋少佐は、複雑な湖の形を地図と比べていた。
「ガトゥン湖の北岸だ。ダムの位置を確認する」
大きな湖のほとりの目標を探すために、南南西に飛行してゆくと、川のような大西洋につながる水路が湖に接続している部分を判別できた。湖岸の小山のような堤防の間に半円形の構造物が確認できた。湖の水をせき止めているガトゥンダムだ。
「前方に目標のダムを確認した。攻撃態勢に移行する」
攻撃隊は、目標の上空を抜けてダムの南側の湖上に出た。ダムを狙うためには、湖の南方から高度を下げて上流からダムに向かって飛行することが必要なためだ。ガトゥン湖の上空でほぼ180度旋回しながら、銀河の編隊は大量のアルミ箔を投下した。ダム湖の上空にアルミ箔の雲が広がってゆく。
ダム近辺を爆撃編隊が通過したおかげで、米軍も日本軍の奇妙な形状の機体が飛行していることに気が付いた。パナマ運河のアキレス腱ともいえるガトゥンダムの周囲には、10門余りの90mm高射砲とほぼ同数のボフォース40mm機関砲が配備されていた。銀河に向けて高射砲の射撃が始まる。しかし、アルミ箔の反射により、銀河の小さな電波反射はほとんど隠蔽された。レーダーによる測距が信頼できないので、米軍は目視照準に切り替えて高射砲と機銃を撃ち始めた。
銀河の編隊は、ガトゥン湖の上空で降下しながら編隊を縦列に変えると、北北西の半円形のダムに向かって突入を開始した。今や高橋少佐の目にもダムがはっきりと見えていた。
直線飛行に移行した銀河は、ダムの両岸の対空陣地から目視照準で狙われた。さすがにダムとの間の距離が縮まってくると高射砲と機関砲の照準も正確になってくる。機関砲弾が機首に直撃した4番機の銀河が湖面に衝突した。
銀河の周囲には対空砲の水柱が立ち上っていたが、高橋少佐の目は、目標としたダムを見据えていた。通信員の野津少尉が数字を数えている。
「14,12、……10に達した」
銀河には、新たな装備として電波高度計が装備されていた。マイクロ波を真下に放射して反射波から精密に高度を測定する機器だ。
「高度を10mに固定する」
操縦席の前方には、数十cmの定規の両端にピンを立てた手作りの照準器が取り付けられていた。ダムの横幅の808ft(246m)がピンの両端に一致すれば、爆弾投下地点のダムから500mの位置になるように調整されていた。
高橋機の直前に砲弾による水しぶきが激しく立ち上った。少佐の銀河は水面上10mの高度で、爆弾倉の扉を開いた。電波反射を低減するために爆弾は爆弾倉内に格納していたのだ。見かけ上のダムの幅がピンの両端に一致した。
高橋少佐は、右側の爆弾投下レバーを思い切り引いた。爆弾倉天井の爆弾誘導桿の留め金が外れた。爆弾をぶら下げたままで誘導桿が振り子のように、爆弾倉の下方に振り出された。振り子の最下方で、爆弾が弾体抑えから離れた。爆弾が湖面に着水すると、半分ほど水面に弾体が沈んだ後に、水面から空中へと跳ね上がってきた。
銀河が投下したのは、この作戦用に改修した反跳爆撃向けに8号爆弾の名称で開発された爆弾だった。8号80番(800kg)爆弾は、頭部と尾部の安定板の形状を水面でまっすぐ跳躍する形状に修正していた。弾体自身は、コンクリートの破壊を考慮して500kgの炸薬を内蔵した被帽付きの榴弾となっている。榴弾にはダムに命中してから一定時間後に作動する遅動信管を装着していた。
最初は、魚雷攻撃も検討されたが、ダム近辺の水深が想定よりも浅ければ魚雷は、湖面に衝突して航走できないとの理由で却下された。ガトゥン湖は、運河を利用する艦船が通行する航路は大型船でも通れる水深が保証されている。しかし、決められた通路以外は自然の地形がそのまま湖底に沈んでいる。つまり魚雷が航走できるだけの水深が確保されている保証がないのだ。むしろ頻繁に湖底の浚渫工事が行われていることを考えれば、船舶の通路以外はいたるところに浅瀬があると考えた方が良い。
魚雷による攻撃が廃案となると、代わりに採用されたのが、湖面で爆弾を跳躍させてダムに命中させる反跳爆撃だ。水面上で跳躍する爆弾は水深が浅くても目標に命中に命中させることができる。
縦列になった後続の銀河も、反跳爆撃の照準に入っていた。対空砲にすれば縦列で直線的に突っ込んで来る機体は、次々と照準を変更する必要がないので狙いやすい。
縦列で飛行している編隊ならば、目視で照準していても、接近すれば命中率が向上する。銀河のうちの6機が更に撃墜された。それでも29機の銀河が爆弾を投下した。水上で安定して飛び跳ねるために帽子をつけた爆弾は、ダム表面に命中すると、頭部の被帽が衝撃により圧縮された。被帽が破壊されることで衝撃を吸収した爆弾はゆっくりと自重でコンクリート壁に沿って湖底に向けて沈んでいった。ある程度沈んだところで、遅動信管が作動した。
上空から見て部分的な円弧の形状となっているアーチ式のダムは、重力式に比べれば壁面の厚さは薄い。それでも巨大な構造物として多量の湖水を支えられるだけのコンクリート壁の厚さはあった。効果的に破壊するためには水圧の強い湖底に近いところで多量の爆薬を爆発させる必要がある。
次々とダムの下部で爆弾が爆発すると、命中弾が二桁になったあたりから、さすがに頑丈なコンクリート製のダムの表面にも亀裂が発生してきた。最終的に銀河が投下した跳躍爆弾は、18発がダムに命中した。
5発はダムの両岸の堤防の役割をしている人工の丘に命中して爆発した。6発はダム上部を飛び越えて、下流の水路で爆発した。
爆弾が命中したダムは14カ所ある排水口の下部から亀裂が広がっていった。そのうちの3カ所に破孔が開いて、多量の湖水が下流に向かって流れ始めた。一度流れ始めると、水流の圧力により破孔がどんどん拡大してゆく。湖水の水圧が破孔周囲のコンクリートを押し流して、開口部はダム上部まで達して、ダムの中央部が失われた。アーチの中央部が喪失すると左右からの力を受けられなくなる。残っていた左右の壁面の崩壊が始まった。
誰の目にもダムが大きく破壊されたのは明らかだった。ダムが貯水していたガトゥン湖は、船が通過する通路として利用されていた。水位が低下すればそれだけで運河が通過できないことになる。
高橋少佐は、上空からダム崩壊の様子を観察していた。通信員の野津少尉に命令した。
「ダムは完全に破壊されたようだな。追加のダム攻撃は不要だ。艦隊に報告してくれ」
ガトゥンダムは、今回の運河攻撃作戦の中でも最も重要な目標だった。むしろ他の閘門への攻撃は、ダム攻撃のための誘引作戦と言っても過言ではない。そのため、破壊が不十分な場合には、五航戦の第二次攻撃隊が再度攻撃する手はずになっていた。しかし、少佐は再攻撃は不要だと判断した。
第二次攻撃隊は、ダムの代わりに近傍のガトゥン閘門を攻撃した。レーダーに探知されないで、21機の銀河が大西洋に出てから運河の水路をたどって南下しても迎撃してくる戦闘機は皆無だった。すぐに水路の先にガトゥン閘門が見えてきた。「瑞鶴」爆撃隊の島崎少佐は、眼下の閘門への爆撃を命令した。
銀河は、8カ所の水門扉を目標として降下攻撃を実施した。銀河は、彗星のような急降下爆撃はできないので、緩降下爆撃だ。それでも運河の直線的な水路に沿って降下することで、かなりの爆弾が閘門の水路内に着弾した。3発の80番が閘門の扉に直撃した。それ以外の80番爆弾は直撃しなくても水路内で爆発すれば、水中に爆圧が伝わって、閘門の扉やポンプを破壊した。扉からやや離れたところに着弾した爆弾はコンクリート製の通路自身を破壊した。
ガトゥン閘門の全ての扉が破壊されると、ダム同様にガトゥン湖の水が大西洋に向かって勢いよく流れ始めた。大量の水流が破損した扉やコンクリートの破片を流し去って被害をどんどん広げてゆく。
……
米軍の攻撃を受けて発艦が遅れた一航戦と二航戦の第二次攻撃隊がパナマの南方海域から接近していた。米軍戦闘機も日本軍との空戦を終えて、補給のために基地に降りていた。しかし、西側のおとりに誘引された部隊は、戦闘することなく、パナマ運河上空に戻ってきていた。
18機のP-47が上空から攻撃を仕掛けてきた。21機の烈風改が、迎え撃った。P-47が急降下で逃走することを想定していた烈風改は、急旋回で攻撃を回避しながら機首を下げ始めていた。急旋回で攻撃をかわした烈風改が、P-47の背中に向けて一連射した。
22機のP-40は、二航戦の烈風と空戦になったが、烈風が有利に戦っていた。しかし、圧倒的に6機の烈風では戦力が少ない。戦闘に巻き込まれない4機のP-40が爆撃機を攻撃してきた。6機の彗星は爆弾を投下してP-40に向かっていった。
身軽になった彗星であれば、P-40と十分渡り合える。1機の彗星が撃墜されたが、残りの彗星はP-40を撃退することができた。
第二次攻撃隊の橋口少佐には、既に第一次攻撃隊が閘門の破壊に成功していると母艦から連絡があった。
(なるほど、太平洋側の二つの閘門は徹底的に破壊されているようだな)
閘門が破壊されて、船舶が通過する水路はガトゥン湖からの強烈な激流のために、破孔からがれきや土砂が押し流されていた。
もともと、閘門への攻撃が不十分な場合にはそれを完全に破壊することが、第二次攻撃隊の第一の任務だった。少佐は、その必要はないと判断すると、第二の目標を攻撃することにした。第二の目標は閘門の周囲のモーターやポンプを格納している建物と動力源となる変電所だ。更にガトゥンダムの下流にある水力発電所も目標となった。
5機の天山と4機の彗星が太平洋側の水路周辺の建築物と周囲の設備を攻撃した。27機の流星は2群に別れて、ガトゥンダム下流の発電所設備とガトゥン閘門周囲の建物を攻撃した。船舶を引っ張る牽引車も攻撃対象となって、操車場が爆撃された。
……
攻撃を受けたとき、パナマ太平洋岸のロッドマン海軍基地には、パナマを通過してきた艦船も含めて、複数の海軍艦艇が停泊していた。日本の機動部隊が発見されると港湾で攻撃されるのを警戒して、急いで出港準備が始まった。偵察機の上方から、既に米海軍は日本艦隊に4隻以上の空母と高速戦艦が含まれていることを知っていた。
日本軍機がやってくるまでに、これらの艦艇は港から脱出して、パナマ湾の南西方向に向かっていた。これらの艦艇の中でも特に目立っていたのが護衛空母の「コパヒー」と「サンティー」だ。「バックレイ」や「パターソン」など護衛の駆逐艦を伴って、18ノットで太平洋へと出てきていた。これでも、護衛空母にとっては可能な最大速度だ。
「コパヒー」のファレル艦長は南の海上をじっと眺めていた。
「まだ日本軍には我々の行動は見つかっていないようだな。一旦、南南西に進んで太平洋に出る。その後はアスエロ半島を迂回してカリフォルニア方面に向かうぞ」
副長が、気になっていたことを聞いた。
「日本軍を攻撃しないのですか? このまま南下すれば、我々の艦載機による攻撃も可能かと思います」
「もちろん、その可能性は否定しない。しかし、日本海軍の戦力を考えると2隻の護衛空母では、どうにかできる相手ではない。しかも日本軍には恐るべき誘導弾を備えた防空艦がいるのだぞ。中途半端な戦力で攻撃しても、何もしないうちに全滅するだけだ」
「こちら西森、10時方向に編隊を探知。約30海里(56km)」
「赤城」戦闘機隊の小山飛曹長は機首を目標よりもやや東側に向けた。米軍機の側面を迂回して側面から仕掛けようと考えたのだ。米編隊側面を通過すると、西側を向くように左翼側に旋回した。
小山飛曹長の一隊が、速度を上げて飛行してゆくと前方に編隊が見えてきた。胴体の太い空冷の単発機が見えている。更にその後方には液冷機が飛んでいる。
「1時方向、やや下方に空冷の戦闘機隊を攻撃する。数は十数機だ」
この時、迎撃してきたのは、ハーマン少将が3番目に発進させた戦闘機の混成隊だった。P-47が16機とP-51が9機、更にP-40が11機の編制だった。一方、一航戦、二航戦の攻撃隊を護衛していたのは、烈風改が48機と烈風が12機であり、数の上では日本軍が有利だった。
飛曹長は、高度で上方をとっているという有利な状況から、P-47編隊への先制攻撃をすぐに決断した。烈風改の編隊は、全速飛行から降下攻撃に移った。
烈風改が、日本軍機を発見して回避しようとしている米軍戦闘機に向けて射撃した。ジャイロ照準器と長銃身機銃のおかげで、遠距離でも20mm弾は命中した。20mm弾の爆発炎により、機体の周囲の雲にオレンジ色の炎が反射した。そのまま、燃えている機体をよけて、その前方の漫然と飛行していた機体に向けて更に射撃した。飛曹長が機銃を連射すると、2機目のP-47も煙を噴き出して墜落していった。
急降下の一撃でP-47を仕留めた小山飛曹長がふり返ると、幾筋もの炎の尾が見えた。あの数だけ航空機が落ちているのだ。
その頃、「加賀」戦闘機隊は、液冷のP-51の編隊と向き合っていた。飯塚大尉にとって、この機首のとがった戦闘機は初めて見る相手だった。しかし、液冷の高性能機が、日本空母を攻撃したB-17を護衛していたことは、母艦からの無線で聞いていた。
「液冷の戦闘機は、爆撃隊を護衛してきた新型機だ。高性能だと聞いているぞ。油断するな」
飯塚大尉の指示に従って、烈風改がP-51に向かっていった。一方、二航戦の烈風隊はそのまま爆撃隊の上空で待機していた。P-51は日本軍の爆撃機を攻撃するためには、護衛の戦闘機を突破する必要がある。米軍機が降下して逃げていかないので、水平面での旋回戦になった。「加賀」の戦闘隊は20機以上なので数で圧倒的に有利だった。烈風改とおおむね同じ性能を有するP-51も数で押されていった。
護衛戦闘機が米軍機を引き付けているおかげで、攻撃隊は、3機の彗星が撃墜されただけで、パナマの南岸から太平洋側の運河へと侵入することができた。パナマ市街が右翼側に見えるので、運河の出入り口の位置を間違えようがない。
日本編隊が運河上空にやってくるのを待っていたかのように、上空の雲の間から10機程度のP-40が急降下してきた。基地レーダーの誘導により日本軍の飛行ルートを知って待ち構えていたのだ。
攻撃隊の上空で警戒していた二航戦の烈風が上昇して、これらの戦闘機に向かおうとしたが、レーダーに誘導された戦闘機の攻撃がわずかに早かった。大半の烈風改はP-47やP-51とまだ交戦をしていた。急降下で、烈風の編隊を強引にすり抜けてきたP-40が2機の天山と1機の流星を撃墜した。すぐに烈風が急降下してP-40の後方から追いついた。半分以上のP-40が煙を引いて墜ちてゆく。残った機体は急降下で逃げてゆく。
被害を出しながらも上空から運河の水路と閘門が見えるところまで日本軍の攻撃隊は前進していた。
パナマ運河の太平洋側施設としては、ペドロ・ミゲル閘門とミラフローレス閘門の2カ所がもっとも重要だ。太平洋側に近いのはミラフローレス閘門で、小さな湖をはさんで、その奥にペドロ・ミゲル閘門が位置する。
海洋から運河を通過しようとする艦船は、まず閘門に入ることになる。閘門にはいくつもの水密扉が取り付けられている。上流側と下流側の双方の扉を閉じるとその間の通路は水密区画になる。閉じた区間内にポンプで給水すれば水と一緒に船舶を上昇させられる。パナマ運河の航路で最も水位が高いのはガトゥン湖だ。艦船はガトゥン湖内を航行することにより、パナマ地峡を超えることになる。ガトゥン湖には、浅いところで座礁するのを避けるために水深の深い通路が設けられていて、船舶は安全な通路内を航行することになる。それに対して閘門は、ガトゥン湖に対して艦艇を段階的に上げ下げするエスカレーターの役割を果たしていることになる。パナマ運河の閘門はどれも上りと下りの通路が別々に設けられていて、鉄道で例えれば複線化されていた。
大西洋側の閘門はガトゥン閘門と名付けられ、太平洋側と異なり一つの閘門によりガトゥン湖と大西洋の間をつないで、艦船を上げ下げしていた。
運河にとって弱点の閘門が狙われる可能性は、米軍も十分想定していた。閘門の周囲には対空砲陣地を構築して待ち構えていた。
第一次攻撃隊が東南方向から太平洋に近いミラフローレス閘門に接近してゆくと、レーダー照準の90mm高射砲の猛烈な射撃が始まった。直線的に飛行していた2機の彗星が高射砲につかまった。
太平洋岸に最も近いミラフローレス閘門には2区画が存在して、しかも複線化されているので、扉は全部で6カ所になる。実際には観音開きの扉なので、物理的には12枚の鋼製の扉が存在していた。
パナマ運河の太平洋側から閘門上空に達した22機の流星が、この扉に照準を合わせて急降下を開始した。新たに配備が始まっていたボフォース40mm機関砲が、運河の両岸から激しく撃ちだす。2機の流星が炎を引きながら墜ちてゆく。他の20機はそれぞれ目標を決めて、爆弾を投下した。さすがに目標としては決して大きくない扉に対して、直撃できた80番爆弾は5発だった。しかし、至近弾となっても爆弾のスプリンターと水中爆発による水圧が、扉を吹き飛ばすと共に開閉機構も破壊した。爆弾が爆発したところには、水路のコンクリート壁に巨大なスコップにより削られたようなくぼみができた。
6機の天山は水路の中央部を水平爆撃で狙った。各機が4発の25番爆弾を投下した。コンクリート製の水路に命中して破孔が生じる。両岸で艦船を牽引する電動車の軌道が破壊された。双方向の通路を仕切っていたコンクリートの壁が崩壊した。流星と天山の攻撃により、ミラフローレス閘門の6カ所の扉は、鋼製の構造物が爆砕されるか吹きとばされるかして、全て原形をとどめないほどに破壊された。きれいな直線状だった水路もいたるところで壁面のコンクリートが破壊されてでこぼこの土台がむき出しになった。
太平洋側の閘門が攻撃されている頃、南南東からミラフローレス湖を越えて、彗星と流星の爆撃隊がペドロ・ミゲル閘門に接近していた。こちらでも閘門の近くの高射砲が射撃を始める。主に低空の航空機を攻撃する40mm機関砲も射撃を開始した。運河の通路の近傍を直線的に飛行したことが対空砲による日本軍機の被害を大きくした。
対空砲火により、3機の彗星と1機の流星が撃墜された。それでも、残りの機体は、躊躇することなく閘門を目指して急降下を開始した。7発の80番と16発の50番が、4カ所に扉を有する閘門に向けて投下された。
3カ所の扉に爆弾が直撃した。更に至近弾による爆圧で扉が吹きとばされた。水路中央部のビルは爆弾で半壊した。ミラフローレス閘門とペドロ・ミゲル閘門の扉が破壊されると、水位が高いガトゥン湖と低い太平洋の間で湖水をせき止める障害物が無くなった。運河の水路は傾斜の大きな川となった。上流のガトゥン湖の水が濁流となって太平洋に流出し始めた。爆弾によりバラバラになった構造物やコンクリートの破片も急流によって太平洋に流されてゆく。
……
五航戦を発艦した銀河の編隊は、パナマ運河から130海里(241km)東側のあたりを北上してカリブ海に抜けていた。パナマというよりもむしろコロンビア国境に近いところを通過して大西洋に抜けてから西北西に進んでいた。わざわざパナマ運河から離れたところを大西洋岸まで飛行したのは、地上からの目撃を避けるためだ。電探に映りにくい機体であっても、目視や飛行音で発見される可能性がある。
銀河隊の飛行経路の選択はうまくいって、太平洋側の閘門が攻撃されている頃には、米軍に発見されることなくリモン湾の上空に達していた。電波反射の少ない機体の特性のおかげで、大西洋岸のココ・ソロ海軍基地のレーダーも探知できなかった。それに加えて、米軍の戦闘機は太平洋側からの攻撃隊を迎撃するために、太平洋側のパナマ市近辺やパナマ湾上空に誘引されていた。
リモン湾から真南に進むと、ガトゥン湖の黒い湖面が前方に見えてきた。「翔鶴」爆撃隊の高橋少佐は、複雑な湖の形を地図と比べていた。
「ガトゥン湖の北岸だ。ダムの位置を確認する」
大きな湖のほとりの目標を探すために、南南西に飛行してゆくと、川のような大西洋につながる水路が湖に接続している部分を判別できた。湖岸の小山のような堤防の間に半円形の構造物が確認できた。湖の水をせき止めているガトゥンダムだ。
「前方に目標のダムを確認した。攻撃態勢に移行する」
攻撃隊は、目標の上空を抜けてダムの南側の湖上に出た。ダムを狙うためには、湖の南方から高度を下げて上流からダムに向かって飛行することが必要なためだ。ガトゥン湖の上空でほぼ180度旋回しながら、銀河の編隊は大量のアルミ箔を投下した。ダム湖の上空にアルミ箔の雲が広がってゆく。
ダム近辺を爆撃編隊が通過したおかげで、米軍も日本軍の奇妙な形状の機体が飛行していることに気が付いた。パナマ運河のアキレス腱ともいえるガトゥンダムの周囲には、10門余りの90mm高射砲とほぼ同数のボフォース40mm機関砲が配備されていた。銀河に向けて高射砲の射撃が始まる。しかし、アルミ箔の反射により、銀河の小さな電波反射はほとんど隠蔽された。レーダーによる測距が信頼できないので、米軍は目視照準に切り替えて高射砲と機銃を撃ち始めた。
銀河の編隊は、ガトゥン湖の上空で降下しながら編隊を縦列に変えると、北北西の半円形のダムに向かって突入を開始した。今や高橋少佐の目にもダムがはっきりと見えていた。
直線飛行に移行した銀河は、ダムの両岸の対空陣地から目視照準で狙われた。さすがにダムとの間の距離が縮まってくると高射砲と機関砲の照準も正確になってくる。機関砲弾が機首に直撃した4番機の銀河が湖面に衝突した。
銀河の周囲には対空砲の水柱が立ち上っていたが、高橋少佐の目は、目標としたダムを見据えていた。通信員の野津少尉が数字を数えている。
「14,12、……10に達した」
銀河には、新たな装備として電波高度計が装備されていた。マイクロ波を真下に放射して反射波から精密に高度を測定する機器だ。
「高度を10mに固定する」
操縦席の前方には、数十cmの定規の両端にピンを立てた手作りの照準器が取り付けられていた。ダムの横幅の808ft(246m)がピンの両端に一致すれば、爆弾投下地点のダムから500mの位置になるように調整されていた。
高橋機の直前に砲弾による水しぶきが激しく立ち上った。少佐の銀河は水面上10mの高度で、爆弾倉の扉を開いた。電波反射を低減するために爆弾は爆弾倉内に格納していたのだ。見かけ上のダムの幅がピンの両端に一致した。
高橋少佐は、右側の爆弾投下レバーを思い切り引いた。爆弾倉天井の爆弾誘導桿の留め金が外れた。爆弾をぶら下げたままで誘導桿が振り子のように、爆弾倉の下方に振り出された。振り子の最下方で、爆弾が弾体抑えから離れた。爆弾が湖面に着水すると、半分ほど水面に弾体が沈んだ後に、水面から空中へと跳ね上がってきた。
銀河が投下したのは、この作戦用に改修した反跳爆撃向けに8号爆弾の名称で開発された爆弾だった。8号80番(800kg)爆弾は、頭部と尾部の安定板の形状を水面でまっすぐ跳躍する形状に修正していた。弾体自身は、コンクリートの破壊を考慮して500kgの炸薬を内蔵した被帽付きの榴弾となっている。榴弾にはダムに命中してから一定時間後に作動する遅動信管を装着していた。
最初は、魚雷攻撃も検討されたが、ダム近辺の水深が想定よりも浅ければ魚雷は、湖面に衝突して航走できないとの理由で却下された。ガトゥン湖は、運河を利用する艦船が通行する航路は大型船でも通れる水深が保証されている。しかし、決められた通路以外は自然の地形がそのまま湖底に沈んでいる。つまり魚雷が航走できるだけの水深が確保されている保証がないのだ。むしろ頻繁に湖底の浚渫工事が行われていることを考えれば、船舶の通路以外はいたるところに浅瀬があると考えた方が良い。
魚雷による攻撃が廃案となると、代わりに採用されたのが、湖面で爆弾を跳躍させてダムに命中させる反跳爆撃だ。水面上で跳躍する爆弾は水深が浅くても目標に命中に命中させることができる。
縦列になった後続の銀河も、反跳爆撃の照準に入っていた。対空砲にすれば縦列で直線的に突っ込んで来る機体は、次々と照準を変更する必要がないので狙いやすい。
縦列で飛行している編隊ならば、目視で照準していても、接近すれば命中率が向上する。銀河のうちの6機が更に撃墜された。それでも29機の銀河が爆弾を投下した。水上で安定して飛び跳ねるために帽子をつけた爆弾は、ダム表面に命中すると、頭部の被帽が衝撃により圧縮された。被帽が破壊されることで衝撃を吸収した爆弾はゆっくりと自重でコンクリート壁に沿って湖底に向けて沈んでいった。ある程度沈んだところで、遅動信管が作動した。
上空から見て部分的な円弧の形状となっているアーチ式のダムは、重力式に比べれば壁面の厚さは薄い。それでも巨大な構造物として多量の湖水を支えられるだけのコンクリート壁の厚さはあった。効果的に破壊するためには水圧の強い湖底に近いところで多量の爆薬を爆発させる必要がある。
次々とダムの下部で爆弾が爆発すると、命中弾が二桁になったあたりから、さすがに頑丈なコンクリート製のダムの表面にも亀裂が発生してきた。最終的に銀河が投下した跳躍爆弾は、18発がダムに命中した。
5発はダムの両岸の堤防の役割をしている人工の丘に命中して爆発した。6発はダム上部を飛び越えて、下流の水路で爆発した。
爆弾が命中したダムは14カ所ある排水口の下部から亀裂が広がっていった。そのうちの3カ所に破孔が開いて、多量の湖水が下流に向かって流れ始めた。一度流れ始めると、水流の圧力により破孔がどんどん拡大してゆく。湖水の水圧が破孔周囲のコンクリートを押し流して、開口部はダム上部まで達して、ダムの中央部が失われた。アーチの中央部が喪失すると左右からの力を受けられなくなる。残っていた左右の壁面の崩壊が始まった。
誰の目にもダムが大きく破壊されたのは明らかだった。ダムが貯水していたガトゥン湖は、船が通過する通路として利用されていた。水位が低下すればそれだけで運河が通過できないことになる。
高橋少佐は、上空からダム崩壊の様子を観察していた。通信員の野津少尉に命令した。
「ダムは完全に破壊されたようだな。追加のダム攻撃は不要だ。艦隊に報告してくれ」
ガトゥンダムは、今回の運河攻撃作戦の中でも最も重要な目標だった。むしろ他の閘門への攻撃は、ダム攻撃のための誘引作戦と言っても過言ではない。そのため、破壊が不十分な場合には、五航戦の第二次攻撃隊が再度攻撃する手はずになっていた。しかし、少佐は再攻撃は不要だと判断した。
第二次攻撃隊は、ダムの代わりに近傍のガトゥン閘門を攻撃した。レーダーに探知されないで、21機の銀河が大西洋に出てから運河の水路をたどって南下しても迎撃してくる戦闘機は皆無だった。すぐに水路の先にガトゥン閘門が見えてきた。「瑞鶴」爆撃隊の島崎少佐は、眼下の閘門への爆撃を命令した。
銀河は、8カ所の水門扉を目標として降下攻撃を実施した。銀河は、彗星のような急降下爆撃はできないので、緩降下爆撃だ。それでも運河の直線的な水路に沿って降下することで、かなりの爆弾が閘門の水路内に着弾した。3発の80番が閘門の扉に直撃した。それ以外の80番爆弾は直撃しなくても水路内で爆発すれば、水中に爆圧が伝わって、閘門の扉やポンプを破壊した。扉からやや離れたところに着弾した爆弾はコンクリート製の通路自身を破壊した。
ガトゥン閘門の全ての扉が破壊されると、ダム同様にガトゥン湖の水が大西洋に向かって勢いよく流れ始めた。大量の水流が破損した扉やコンクリートの破片を流し去って被害をどんどん広げてゆく。
……
米軍の攻撃を受けて発艦が遅れた一航戦と二航戦の第二次攻撃隊がパナマの南方海域から接近していた。米軍戦闘機も日本軍との空戦を終えて、補給のために基地に降りていた。しかし、西側のおとりに誘引された部隊は、戦闘することなく、パナマ運河上空に戻ってきていた。
18機のP-47が上空から攻撃を仕掛けてきた。21機の烈風改が、迎え撃った。P-47が急降下で逃走することを想定していた烈風改は、急旋回で攻撃を回避しながら機首を下げ始めていた。急旋回で攻撃をかわした烈風改が、P-47の背中に向けて一連射した。
22機のP-40は、二航戦の烈風と空戦になったが、烈風が有利に戦っていた。しかし、圧倒的に6機の烈風では戦力が少ない。戦闘に巻き込まれない4機のP-40が爆撃機を攻撃してきた。6機の彗星は爆弾を投下してP-40に向かっていった。
身軽になった彗星であれば、P-40と十分渡り合える。1機の彗星が撃墜されたが、残りの彗星はP-40を撃退することができた。
第二次攻撃隊の橋口少佐には、既に第一次攻撃隊が閘門の破壊に成功していると母艦から連絡があった。
(なるほど、太平洋側の二つの閘門は徹底的に破壊されているようだな)
閘門が破壊されて、船舶が通過する水路はガトゥン湖からの強烈な激流のために、破孔からがれきや土砂が押し流されていた。
もともと、閘門への攻撃が不十分な場合にはそれを完全に破壊することが、第二次攻撃隊の第一の任務だった。少佐は、その必要はないと判断すると、第二の目標を攻撃することにした。第二の目標は閘門の周囲のモーターやポンプを格納している建物と動力源となる変電所だ。更にガトゥンダムの下流にある水力発電所も目標となった。
5機の天山と4機の彗星が太平洋側の水路周辺の建築物と周囲の設備を攻撃した。27機の流星は2群に別れて、ガトゥンダム下流の発電所設備とガトゥン閘門周囲の建物を攻撃した。船舶を引っ張る牽引車も攻撃対象となって、操車場が爆撃された。
……
攻撃を受けたとき、パナマ太平洋岸のロッドマン海軍基地には、パナマを通過してきた艦船も含めて、複数の海軍艦艇が停泊していた。日本の機動部隊が発見されると港湾で攻撃されるのを警戒して、急いで出港準備が始まった。偵察機の上方から、既に米海軍は日本艦隊に4隻以上の空母と高速戦艦が含まれていることを知っていた。
日本軍機がやってくるまでに、これらの艦艇は港から脱出して、パナマ湾の南西方向に向かっていた。これらの艦艇の中でも特に目立っていたのが護衛空母の「コパヒー」と「サンティー」だ。「バックレイ」や「パターソン」など護衛の駆逐艦を伴って、18ノットで太平洋へと出てきていた。これでも、護衛空母にとっては可能な最大速度だ。
「コパヒー」のファレル艦長は南の海上をじっと眺めていた。
「まだ日本軍には我々の行動は見つかっていないようだな。一旦、南南西に進んで太平洋に出る。その後はアスエロ半島を迂回してカリフォルニア方面に向かうぞ」
副長が、気になっていたことを聞いた。
「日本軍を攻撃しないのですか? このまま南下すれば、我々の艦載機による攻撃も可能かと思います」
「もちろん、その可能性は否定しない。しかし、日本海軍の戦力を考えると2隻の護衛空母では、どうにかできる相手ではない。しかも日本軍には恐るべき誘導弾を備えた防空艦がいるのだぞ。中途半端な戦力で攻撃しても、何もしないうちに全滅するだけだ」
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