あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
30 / 88
おさとうよんさじ

6.

しおりを挟む
私が押さえつけていたはずの指先は、あっという間に恋人のように繋ぎ合わされていた。

どうやっても抗えない魅力を持った人がいる。


「まだ、身体がつめたい」

「あ、ついです」

「まだ、だめ」


もう、のぼせてしまいそうなのに、遼雅さんは丁寧に私の指先を握って、口元に寄せては口づけたり、舐めたり、かじったりしている。

いつもこうやって、同じように身体中に火をつけられるのに、何度見ても慣れない光景だった。


「りょうがさ、ん、あ、つい……っ」


必死に逃げようとしているのに、遼雅さんの手に捕まえられたら、どこにも逃げ場なんてない。

広いベッドにしようと言って、大きなものを買ったはずなのに、限界まで身体を近づけて放してくれない。


「だめだよ。まだ、どろどろになるまでしないと、つめたくなってしまうかもしれないから」

「な、らない、から……、ぁ」


愛されていると錯覚してしまうから、こまる。

恨めしい目で見つめたら、こまったような、愛らしいものをめでるような顔をした人が、指先へのキスをやめて抱きしめてくれる。

その腕の中がすきだ。

すごく、すきだ。もう、どこよりも安心できる場になってしまった。だからまずい。

「かわいい」

「かわいくな、あっ」

「もうふにゃふにゃだ」

「りょうがさん、が」

「うん、俺のせいです」

「もう……っ」

「たくさんあたためてあげるから、ゆるしてくれるかな」

「こ、いうこと、しなくても……」

「うん?」


一定の間隔で背中を撫でられている。やさしさにあまえて、いつまでもこの腕の中にいたくなってしまう。

どこまでも欲張りになってしまいそうで、自分がおそろしいのだ。


「抱きしめてくださるだけで、じゅうぶん、あたたかくて」


だから、もうやめませんかと、最後まで言い切ることは終ぞなかった。



ぐるりと視界が回った。

問いかける暇もなく誰かに押し倒されて、うすいひかりの中で、あつい瞳の遼雅さんが、ためらいなく私の口を、自分の口で塞いでしまったのが見えた。

吃驚して抵抗してみても、もう何度も共有した熱に抗う方法もない。


大胆な指先で触れる。

身体中を確認して、すこし前に見た時から何かが変わってしまっていないか、つぶさに見つめられているようだ。

遼雅さんのすべてに酔わされて、何かを考えている隙もなくなってしまう。


「柚葉」

「……ゆずは」


脳内に残る音が、遼雅さんの吐息と掠れた声だけになる。

ほかのすべてがかき消されて、ただ泣きそうな瞳で、見上げていることしかできない。


「かわいい」

「ゆず、かわいい」


いくつも囁かれて、否定しようと首を振るたびに口づけられる。

隅々まで触れて、身体の奥のおくまで攻め込まれたら、もう、何一つ正気でいられなくなっていた。


「あ、ぅ……っ!」

「しってますか」


どろりととろけてしまったキャンディみたいな声が、耳元で囁く。

ただ、聞いているような、聴こえていないような心もちで、遼雅さんの瞳にうつる、うつくしいひまわりのような光彩に見とれていた。

——ずっとみていたい。


「ゆず、」

「ふ、ぁ、っ……!」

「好きな匂いがする相手には、遺伝子レベルで、惹かれているん、ですよ」

「ん、あ、」


むずかしい言葉を並べられているような気がする。

いでんし、とすこしだけ唇に乗せようとして、知らないような高い声が、自分の喉に張り付いた。

こんなにもはずかしい声なのに、遼雅さんは、いつも嬉しそうな顔をしてくれる。だから、安心してまたどろどろになってしまうのだ。


「聞こえてる?」


聴こえている、はずだ。

けれど、何を吹き込まれていたのか、すこしも理解できていない。とろとろになった視界のなかで、遼雅さんがあまく微笑んでいる。


「おれのにおい、すきですか」

「う、あ……っにお、い?」

「うん、俺の匂い、すき?」

「……っあ、す、すき?」


におい、すき。断片的な声にぐるぐると思考が回って、抱きしめられたら、とにかく必死でうなずいていた。


「す、すきで、す」

「うん?」

「す、き」

「あはは」


どうしてこんなにも、あついのか。


「――それはうれしいな」


うれしいのか。それならよかった。

単純なことしか考えられなくなった頭で結論を出して、同じように笑って見せる。

私の表情を見た人が、とろけそうに瞳をあまくさせて、もう一度唇を重ねてくれた。


「ああ、もう、たまんないな」


あいまいな記憶が残るのは、どこまでだろうか。

ぴんと張り詰めた心地よさで、くたりと身体から力が抜けてしまう。

汗をかいた身体で抱きしめてくれている人の熱に、心底安心して、そのまま意識が揺らいでしまった。


「りょう……」


おやすみなさい、と声をかけることもできないまま、深い波に抗いきれずにぷつりと途切れた。



「ゆずは」

「ゆず」


心地よい寝息に包まれた寝室で、静かに囁いている。

頬を染めた柚葉は、しきりにつぶやいていた通り、あつくて仕方がなさそうだ。

頬を撫でて、手近に置いていたタオルで身体を拭きとってから、柚葉の身体を抱き込んで瞼を下す。


瞼の裏に、柚葉の濡れた瞳がうつる。


『こ、いうこと、しなくても……』



「……俺がしたいだけって言ったら、きみは怒るかな」


答えのない問いが、夜に滑る。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

Perverse second

伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。 大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。 彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。 彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。 柴垣義人×三崎結菜 ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

処理中です...