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おさとうごさじ
6.
しおりを挟むくすくすと笑って、私の頬を撫でてくれている。
遼雅さんは食べたくなくても、いろいろなところで接待が生じてしまう人だ。腹ペコなんて想像ができなくて、つい笑ってしまった。
「ふふ、腹ペコなこと、あったんですか? じゃあ、夜ご飯はもっと頑張らないと」
気の抜けたような笑い声が響いている。
私の顔を見て、遼雅さんはどこまでもあまい瞳をしてくれる。「ゆずは」と呼んで、丁寧に唇に、遼雅さんのものを触れさせてくれた。すぐ近くで声が響く。
「俺がたべたいのは、いつもかわいい奥さんなんだけどな」
「な、にを」
「気づいてなかったの? 柚葉さん不足で、ふらふらだよ」
「ふら、ふら」
「あはは、そう。一番たべたいもの、ずっと我慢してるんだ」
すこしも話題なんて、逸らせていない。
狼狽した私を見て、もう一度笑っていた。あまい人。やさしい人。でも、すこし困らせてくる人。
「いつならいいのか、考えてくれた?」
「あ、え、ええと」
そらさせないように私のあごに触れた指先で、やわく下唇をなぞってくる。まるで見定められているみたいだ。おかしな感覚だと思う。
「旦那さんはもう、腹ペコです」
わざと足を私の両足の間に挟んで滑らせてくる。反応を楽しまれているとわかっても、どうにもできないから困りきっていた。
「柚葉さんは、たすけてくれないですか?」
「た、すけるって……」
「かわいい」
くらくらする。
朝からすこしも手加減してくれなくて、「どうですか?」と耳元に囁かれたら、慌てて遼雅さんの口を手で塞いだ。そうすると、遼雅さんがすこしだけ待ってくれることを知っている。
「りょうがさん、は、今すっごく、いそがしいですよね?」
つぶやいたら、口を塞がれた遼雅さんがやさしく微笑んでいるのが見えた。その顔に本当に弱い。
「だ、から、だめです。夜も遅いのに……」
言い切って見つめたら、なおも笑っている遼雅さんが、口を塞いでいる私の手を取ってしまった。
いつも、簡単に負けてしまうと思う。
遼雅さんは男性で、力でかなうはずもない。それなのに一度はとまってくれるから、胸がしびれてとまらない。
「じゃあ、朝ならいいですか」
「それは、もっと、だめです」
「どうして?」
「だって、いや、だめです」
「理由を教えて」
すこしも引き下がってくれない。
理由くらい、絶対にわかっているはずだ。
遼雅さんの熱に触れたら、ほとんど意識を保っていられなくなる。恨めしい気分だけれど、もう一度足に遼雅さんの爪先が触れたら、あっけなく口から飛び出してしまった。
「くらくらして、自分じゃなくなっちゃうから、です」
「自分じゃなくなる?」
「う、もう、聞かないでください」
「聞かせてほしいな、どんなふうに、なるのか」
抱き込まれて、頭を撫でられる。
世界に二人しかいないから言ってごらんと、言われているような気さえして、眩暈が止まらない。
あまやかされて、ほだされて、もう、遼雅さんしかいなくなってしまいそうだ。
「遼雅さん、しか、いなくなるんです」
「うん?」
「わたしのなか、遼雅さんでいっぱい、になる、から、……おしごとなんて、とってもできない、です」
「……どうしてそんなに、かわいいんですか?」
どんなにおかしなことを言っても、遼雅さんは嫌がってくれない。どこまでもあまやかしてしまう。
麻薬みたいな人だ。それなしでは、いられなくなってしまう。
「ああ、だめだ。本当に抱きたくなってきた」
「き、きいてました? だめです。ぜったいだめ」
「俺は柚葉さんは仕事なんてしなくてもいいと思ってるけど……、近くにいてくれるのもうれしいから、……がまん、します」
我慢なんて、本当に求めているような言葉を使ってくる。胸があまくて、あつくて、ずっと息がつまってしまいそうな気分だ。
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