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おさとうろくさじ
5.
しおりを挟む「うん、ありがとう。わかる。……そうくん来てくれなかったら、あんまりいい気分じゃなかったと思う。部長と二人はね、私もちょっと嫌なの」
「だろうよ」
「愚痴付き合ってくれてありがとう。ちょっと元気出てきた」
「はあ?」
「午後も頑張る」
「午後も頑張る、じゃねえよ。貢献してやってんだから、お前も橘の権力にあやかっとけ」
「えええ」
「あいつに何もしてもらってねえだろ」
抱きしめて眠ってもらっていますとはさすがに言い難い。
声を飲んで「いろいろ助けてもらってるよ」と言ったら、半信半疑の不機嫌な幼馴染が、「色々ってなんだよ」ともう一度呆れて立ち上がった。
私が食べ終わるのを待ってくれていたらしい。
2人分のごみをまとめて立ち上がれば、さっきまでの怒った表情を改めた壮亮がため息を一つ落としてしまった。
「そうくん」
「あんま心配させんなよ。なんかあったら俺に連絡してこい、な?」
いつものように大きな手が、頭の上に乗せられる。子どものころからずっと、私を大事にしてくれている大切な幼馴染だ。
「ありが……」
「柚葉さん?」
「……あ、橘、専務?」
今日は、あんまりよろしくないところばかりを、見られてしまう日なのかもしれない。
ぴたりと視線がぶつかった。
コートを着たまま、ドアの近くで立ち止まってしまっている。驚きというには足りない、すこし感情が抜けてしまったような顔をしていた。
橘専務は、私にあてていた視点を軽く逸らして、すぐ隣の壮亮に向ける。勘違いさせると思ったのは一瞬で、けれど、弁明しなければいけないものなのかどうかが疑わしい。
私と遼雅さんは、ただの契約結婚の関係だ。
お互いにメリットがあるから、そばにある。でも、遼雅さんも園部さんのことがあったときに、否定をしてくれていたから、私もそうするべきなのだろうか。
ぐるぐると考えだけが回って、壮亮の手がぱっと頭から離れてしまった。
「柚、じゃあまた来週な」
「え、あ……」
束の間に沈黙があって、裂くように壮亮が言った。
私を見つめる目はいつも以上にやさしい。きれいに笑っていると言っても良いくらいだ。
静かに頷いたら、テーブルの上に置いていたビニル袋を渡される。
「ん、それ食えば? 今日忙しんだろ?」
「うん? いいの?」
「プリン、柚のために買ったんだよ」
「あ、りがとう……?」
「はいはい、じゃあまたな」
壮亮は、他のことを問うたり、否定したりする隙を与えない。
有無を言わせぬ壮亮が笑って、あっさりと入口のほうへと歩いて行ってしまう。その先にいる橘専務とすれ違いざまに、どこまでも通る声が響いていた。
「柚のこと、よろしくお願いします」
返事を聞くつもりもない。言うだけ言って、勝手に扉の奥に消えてしまった。
どこまでも低くつぶかれた壮亮の声に、狼狽えてしまっている。
言葉とは正反対に、まるで、橘専務を威嚇するような言い方だ。どう考えても壮亮が悪い。
当てつけられたのに、橘専務はすこし黙り込んでから、困ったように私を見つめてくる。
「……佐藤さん」
「あ、はい?」
あくまでも、同僚として声をかけてくれているのだとわかる。すぐ目の前まで歩いてきて、やさしい瞳で見つめられた。
橘遼雅は、どんなにひどいことを言われても、決して感情的になって威圧したりしない。いつも状況をただしく判断しようと努める人だ。
「業務のことで、私に言いたいことは、ありませんか?」
やさしい問いかけだった。ほとんど答えを知っているような音程で耳に擦れて、胸がしびれてくる。
「ごめんね。お昼のお休み中に。でも、今すぐ教えてもらったほうが、きみを守れるような気がするから」
毎朝「何か困りごとはないですか」と聞かれていた。そのたびに否定していた私を、橘専務はどう思っていたのだろうか。
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