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おさとうななさじ
2.
しおりを挟む「ええ? 遼雅さんは休んでください」
「あはは、俺が言ってるのは、そういうところなんだけどなあ」
「今、あまやかしていましたか?」
「そうだね。俺のほうが独身歴は長いし、料理も一通りは作れるよ」
「それはわかってますよ。遼雅さんの朝ごはん、いつもおいしいです。ありがとうございます」
「じゃあ、リクエスト」と言いつつ、遼雅さんの手がカレーのルーを掴んでいた。
今日の献立はそれに決めたらしい。「どう?」と首を傾げられて、おかしく思いながら頷いた。
すこし子どもっぽくて可愛らしいなんて、独身歴も年齢も上の遼雅さんには、言うべき言葉ではないだろう。
「一緒に料理したら、ずっと隣にいられるし、はやく作り終えたら、そのぶんきみを独占できる」
「え?」
「だから今日はカレーにします」
「……すきだから、なのかと」
「あはは。すきですよ」
ひまわり模様の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
そらせない色気に、言葉が止まってしまった。遼雅さんの生命がはじきだす音以外は、すべてが水中都市におっこちてしまったような錯覚がある。
「かわいい奥さんを独占していられる時間、たまらなく好きです」
強烈な引力に惹かれている。遼雅さんの瞳がゆっくりと瞬いて、やわく眇められる。
「はやく帰りましょう。――それでたっぷり、柚葉さんを俺に下さい」
もちろん、遼雅さんの料理のセンスは完璧だ。
包丁さばきも味の感覚も、分量も、すべてよく料理をしている人にしかわからないような手際の良さで、進められている。
隣に立っているだけで、私はほとんど仕事をしていないような気がする。
鍋を丁寧にかき混ぜながら、サラダを盛り付けていく遼雅さんの真剣な瞳を盗み見ていた。
「うん? どうしたの?」
かけられる声は、まるで会社で会う時とは違う。
もっとずっとあまい。
砂糖とも、はちみつとも言い難い。もっとあまくて、どろどろで、とろけてしまいそうな何かだ。触れてしまったら、指の先から、とびきりのあまさに制圧されてしまう。
「遼雅さん、同棲したことはないんですか?」
唐突な問いかけのようで、何度も聞きかけた質問だった。
聞いてしまったら、自分の感情が暴かれてしまいそうで黙り込んでいたくせに、恋心とは単純なものだ。全部を知りたいと思ってしまう。
「柚葉さん以外にですか?」
「はい。遼雅さんと、ずっと一緒にいたくなってしまう女性はたくさんいたんじゃないかと思って」
遼雅さんはすべてを一人でこなすことができる、完璧な人だ。それがなおさら、私が何かをしてあげたいという闘争心を掻き立ててしまうのだろうか。
「一度だけありますが、ひどい目に遭ってからは……、極力避けていますね。問題ないと思えたらそういうことも視野には入れていましたが」
「……みなさん、やっぱりああいう、感じに?」
「ありていに言えば、そうですね」
すこし安堵してしまう自分がいることに気づいている。
同棲にはあまりいい思い出を持っていなかったのに、私とは、すぐに踏み込んでくれたらしい。
特に目立った特徴のない私と、どうして婚姻関係を結ぼうと思ったのか、ますます謎が深まってしまった。
やはり、ただ、真顔で感情の動かなさそうな人間に見えるからだろうか。
好きにならなさそうだから?
問うにはすこし、勇気が足りない。
もしも仮に自分が、今までの遼雅さんが受けた仕打ちと同じことをしてしまうようになったら、遼雅さんはばっさりと切り捨ててくれるのだろうか。
「まだ、気になりますか?」
「あ、いえ」
やさしい瞳と目が合ってしまったら、とてもそんなふうには思えなくて、黙り込んでしまった。
遼雅さんのやさしさが、つい心配になってしまう。
「私に、そういう兆候があったら……、言ってくださいね」
「うん?」
「遼雅さんを、その……、縛り付けるような言動とか、ええと、そう。携帯を見たり、とか?」
「監視カメラを設置したり、GPSを起動させたりとか? 徹底的に交友関係を洗い出し……」
「あの、もういいです。聞いているだけで、怖い」
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