あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
49 / 88
おさとうななさじ

3.

しおりを挟む

鳥肌が立ってしまった。

サラダを盛り付け終わったらしい遼雅さんが、くすくす笑いながら隣に寄ってきてくれる。

鳥肌をおさえようと腕をさすっていれば、後ろからすっぽりと抱きかかえられてしまった。

片手で火を止められる。もう片方の手で、持っていたお玉から手を剥がされて、耳元にそっと囁かれた。


「ごめん、怖がらせちゃったね。……でも柚葉さん、怖いって感じるってことは、潜在的にしたくないことなんだと思うよ。だから、そういうことは、きみはしない」


まるで私がそうしない理由を、ずっと前から知っていたような口ぶりで、思わず首をかしげてしまった。抱きしめてくれている人が、私の反応にまた喉元で笑っている。

寒気がしていたはずなのに、抱きしめられたら、あたたかくて心地良ささえ感じてしまっている。


「そう、ですかね? でもわからないので、言ってください」

「はは、携帯見てみますか? 俺は気にしないですよ」

「い、いいです! なんかもう怖いです。信頼していますし、見て何をしたらいいのか……、わかりません」

「俺のことを管理するんじゃないですか?」

「遼雅さんは、私のモノじゃないですよ」


けろりと言うから、また心配になってしまう。

気軽に目の前に差し出された携帯の画面を手で隠したら「柚葉さんはかわいい」と笑って耳に口づけられた。

全てが橘遼雅のペースの上にある。

「ひぁ」

「声もかわいい。……別に、俺はきみのものにしてくれて、構わないのに」

「な、に言ってるんですか」

「してくれないんですか?」

「だめ、だめです。遼雅さんは、遼雅さんのものです」

「じゃあ俺があげるって言っているから、柚葉さんのものでもいいですよ」


ちゅ、と耳に音が反響している。

直接口づけられて、眩暈がしてきた。ほしいと言えばもらえるのだろうか。おかしなことを、考えている。


「りょうが、さん、だめです」

「うん?」

「ん、それ……、だめなあまやかし、です」

「あはは、だめですか」

「だめです、安売りしないでください」

「安売りしても、買ってくれない柚葉さんが悪い」

「ひぅ……っ」

「スーパーの野菜はきみのものにしてもらえるのに、俺は食べてもらえないんですか?」


からかわれている気がする。

何が何だかわからないまま、身体がくるりと回されてしまった。振り向かされて、斜め上に見える遼雅さんのひまわりが、夏の日差しみたいにぎらぎら輝いている。

なぞるようにあごの下に長い指先で触れて、誑かすように囁いた。


「柚葉さんが俺を食べるか、それとも俺の質問に答えるか。ひとつ、選んでください」


ほとんど選択権を与えていないような声だ。やわらかに笑って、声を失っている私の唇に、音を立てて吸い付く。
かわいい音が鳴るのに、遼雅さんの瞳の熱は、ずっと狂暴なままだ。


「ゆず」

「し、しつもん、こたえます」


あやしい瞳の揺らめきで、叫ぶようにつぶやいていた。掠れてうまく声にならなかったのに、遼雅さんの顔がふわりとほころぶ。


「柚葉さんも、同棲経験はありますよね?」


断定的な言い方に、おどろいている。けれど、想像していたよりも断然答えやすい質問で、肩の力が抜けてしまった。


「え……、そ、んなことですか?」

「うん? どんな質問がよかったの?」


指先が頬をなぞる。あくまでも笑っている人に、焦って、隠すことなく口を開いた。


「あ、りますよ。すこしだけ」

「なるほど。じゃあ、どれくらい続きました?」

「あ、れ。まだ質問、つづきますか?」

「うん。何でも知りたいって、言ったでしょう」

「うーん、そんなに長くは。……半年くらい、ですかね」

「半年か。すぐ抜きそうですね」

「抜く?」

「俺と柚葉さんが、です」

「あ、え……、そ、うですね?」


すこし、満足したのだろうか。たのしそうな人が、隙を見て、唇に口づけてくる。

もうずっと、とろけてしまいそうな瞳に、射抜かれている。

見つめあって、ぎらぎらしたまま、もう一度唇に触れられた。今にも噛みついてしまいそうな距離で、やわく囁かれる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...