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おさとうきゅうさじ
6.
しおりを挟む秘書課の管理体制も変更になり、お昼の時間帯や、秘書が部屋に一人で待機しているときには必ず施錠がなされるようになった。
そのうち秘書室と役員室は個別のセキュリティーロックをして、カードを持っていない人は入室できないようにするつもりらしい。
今は応急処置で、鍵をかけて過ごすようにと指示があった。
遼雅さんが動いてくれたのだろう。
一緒にお昼を摂ることを提案された日の会議で告知されたから、遼雅さんの手腕に驚かされてしまった。だから、あんなにも自信たっぷりにばれないと言いきれたのだ。
本当に、どこまでもスマートな人だと思う。
給湯室はこの部屋から出てすぐ右端に位置している。
ちらりと時計を見て、まだ13時まで5分ほど時間が残っているのを確認して、部屋の鍵を首からかけた。
片手に重ねたティーカップを持って、部屋の鍵を開いて外へ出る。
専務付きの秘書室を出れば、人ひとりいない静かな廊下と対面した。
どこの部屋も最低でも後5分間は扉が開かない仕様になっているから、ゴーストタウンのような、おそるべき静けさだけが存在している。
何となく肌寒さを感じて、身震いしてしまう。
遼雅さんにはあまり部屋から出ないようにと言われていたから、急いで用事を済ませようと足を踏み出していた。
コツコツ、と自分の足音だけが響き渡る。
お昼の雑踏も、誰かの笑い声も、テレビの音も、何一つない。
世界に自分だけしかいないような気がしてしまう。
さっき遼雅さんの頬に触れて笑っていたばかりなのに、もう会いたくてたまらなくなってしまった。
もう、しばらく一人になる隙のない生活をしている。
必ず遼雅さんが側にいてくれるからか、些細なことに心細くなるようになってしまったみたいだ。
しっかりしなければ。
自分に言い聞かせて、給湯室に足を踏み入れた。
「っひ……!?」
すりつぶしたような音が出た。
強引に背中を押されて、その場に倒れ込む。大きく音を立ててティーカップがこぼれ落ちた。
スローモーションの視界の中で、白い陶器がばらばらに砕けていく。
まるで、壊れたら戻らない、人の心みたいに。
「……あ、な、」
言葉にならない。
明かりも付けられていない給湯室に押し込まれて、立ち上がることもできずにただ震えている。
誰が。どうして。なぜ。
いくつも疑問だけが浮かんで、シューズがにじり寄る音を聞いたら、こわばった体が壁まで後退していた。
逃げる先がない。どこにもない。
どんなに叫んでも、聴こえることもないだろう。絶望の温度が指先に触れて、かたかたと肩がしびれ続けている。
「――どんな技で、誑かした?」
「っひ、わ、わたり、ぶちょ……」
腰を抜かして、ただ見上げるしかない。その人は暗がりの中でもわかるくらいに、不気味な表情を浮かべている。
怒りとも愉悦とも取れるような、おそろしい顔だった。
目が合ってたまらず声に出た。
渡総務部長だ。
どうしてこんなことをしているのかわからない。混乱して後ろへ下がろうとしても、ただ壁に張り付くだけだった。
「な、なんで」
「なんで? なんでだろうな? お前が誘ってきたんだろ」
「な、に……を」
「しらばっくれんなよ。俺に惚れてるんだろ? 毎回教育してやっただろ。お前はわかってないから、俺がたくさん教えてやったよな」
「ぶ、ぶちょ……」
「柚葉のためにやってやっただろ? それなのになんだ? あんまりさみしくて、浮気したのか?」
「なに、いって……」
ゆっくりとしゃがみこんで、顔を寄せてくる。その目が血走っているのが見えて、喉がひりついた。
こわい。どうしようもなくこわい。
ただおそろしくて、言葉にならない。
「犯してやる。お前が誰のものか、ちゃあんとわかるように、いますぐ、ここで」
「や……、めて」
「純情ぶんなよ、クソあばずれが」
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