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おさとうきゅうさじ
5.
しおりを挟む私を撫でていた指先が、ぴたりと頬に寄り添う。
瞳はあつい。もう、ただそれだけで、何を提案されるのかわかってしまうから恐ろしいと思う。
「……今夜、きみを抱いても?」
絶対に私の意思を聞こうとしてくれる。そのたびに逃げ出したくなるのに、どうして私は頷いてしまうのだろう。
懇願する瞳に頷きたくなって、口を開いた。
「昨日も……、遅くまで、その」
「そうだね。でも今日もきみがほしい」
「お疲れではないですか」
「何度も言うけど、俺は柚葉に触れてる時が一番落ち着くから」
絶対に逸らさせない。まっすぐな情熱が胸に刺さって、あっけなく陥落してしまう。
「じゃあ、今すぐ、ぐっすり眠ってください」
「うん?」
「眠ってくれたら、……その、夜」
「柚葉さんは、本当に俺を煽るのがうまいね」
「……煽ってないです」
「はは、じゃあ、もったいないけど、柚葉さんの羽根の在処を今日こそ暴きたいから、寝ます」
「もう……、おやすみなさい」
「おやすみ。ゆずは」
本当に眠ってくれるのか半信半疑だったのに、案外あっさりと寝息が聞こえてきて驚いてしまった。
毎日ハードワークで、私にまで構っている。家でも仕事をしている姿を見るから、遼雅さんの頭の中はたくさんのタスクであふれかえっていることだろう。
すこしでも安らかに眠っていてほしい。
やさしく髪の毛を撫ぜれば、遼雅さんの頬がやわくほころんだように見えた。
休憩が終わってしまうまであと30分だ。
できるだけ体を動かさないように注意しながら、ゆっくりと髪を撫で続けた。
ふわふわと笑って、見るものすべてを安心させてくれるけれど、無防備なところを見せるような人ではないと思う。
いつもしっかりと線引きができていて、公私を分けている印象のある人だ。
「りょうがさん……?」
こっそりと声をかけて、ころりと寝返りを打つ姿にすこし笑ってしまった。
こんなにもぐっすりと眠ってしまえるらしい。こんなにうまく行くと、起こしてしまうのがもったいないくらいだ。
三回目の衝撃的なデートのときも、初めのころも、遼雅さんは私がすこし動くだけで目を覚ましてしまうほど、眠りが浅かったような気がする。
最近は私が起こすまで熟睡してくれているから、もしかすると、すごく安心できる場になってくれているのかもしれない。
思いあがってみて、一人嬉しくなってしまう。私のお腹に顔を寄せて眠っている遼雅さんの前髪を梳くように流して、もう一度囁いた。
「りょうがさん、もう時間になっちゃいますよ」
囁いているから、起きてくれるはずもない。
健康的な寝息に胸をくすぐられて、もうすこし眠っていてほしくなってしまった。
どうしようか。
そっと抜け出して、給湯室に洗い物をしに行ってから、時間ギリギリに起こしてあげればいいかもしれない。
眠っている間に私が抜け出したと気づいたら、遼雅さんはすこし拗ねたような格好をしてしまいそうだ。
想像できてしまうから、愛おしい。
「あとで、起こしに来ますね」
そっと囁きながら遼雅さんの頭を私の腿からおろして、代わりにクッションを挟んだ。遼雅さんが一瞬、すこしだけ眉を寄せたように見えて、こぼれそうになる笑いをこらえている。
こんなにも穏やかなお昼休みがあるのなら、毎日お仕事を頑張りたいと思えてしまうからすてきだ。
遼雅さんがくれるものは全部があたたかくて、胸がどきどきしてしかたがない。毎日、明日が楽しみになってしまう。好きの力の大きさで、足元がほわほわしてくる。
「ちょっと、給湯室に行ってきますね」
聴こえていないだろう人の耳に囁いて、頬を撫でた。
私が眠っている間、遼雅さんが額にキスをしてくれたり、頬や髪を撫でたりしてくれていることを知っている。
眠くて声をあげることはできないけれど、そのやさしい仕草がとても好きだ。
同じようにできているだろうか。
ひとしきり撫でて、静かに立ち上がる。
お昼用に拝借した二人分のティーカップを持って、そっと役員室を後にした。
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