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おさとうじゅういちさじ
6.
しおりを挟む「どうして笑ってるんですか?」
「ふふ、だって……、遼雅さんも私も、携帯なんて見てもらっていいって思ってるのに、いざ見せられたら、悪いことしてる気分になるんだもん」
「……本当だ」
「ふふ、おんなじ気持ちでしたね」
携帯に触れている指先に手を重ねたら、あっという間にやさしくつなぎ合わされてしまった。
手に持っていた携帯は、ころりとフローリングに転がって、もう、私の頭の中から消えてしまった。
ただ遼雅さんだけが、側にある。
「柚葉を感じさせてくれたら、それでいい」
囁くような声が耳に擦れて、思わず身を捩った。くすぐったくて息を漏らしたら、機嫌のよさそうな遼雅さんが肩の上に口づけてくれる。
全部が遼雅さんのにおいに包まれて、胸がいっぱいで仕方がない。
「ん、ゆずは」
甘えるように私の耳に囁き入れて、遼雅さんのあつい指先が、トップスの裾からお腹にするりと侵入してくる。
もう自分の身体みたいに、よく知られている気がする。すこし触れられるだけで意味が分かってしまうから、慌てて遼雅さんの手首を掴んだ。
「あ、まって」
まだ、ご飯も食べていない。
口に出そうとしたら、遼雅さんのあまい声が耳に突き刺さってしまった。
「抱き枕以外に、俺の価値はない?」
ゆっくりと確かめるように囁いている。吃驚して振り返ろうとしても、首筋に吸い付かれたら、うまく反応することもできなかった。
「ん、どう、いう……?」
「柚葉さんと結婚できた幸運な男だって見せびらかすために、あと何が必要かな」
「なに……? ひつ、よう?」
「どうしたら、柚葉さんは俺ものになってくれますか?」
答えはもう、ずっと前から知っていそうな人が囁きかけてくれる。
私の手を恋人のように繋いで、肌に触れて、誰よりも近くで笑っている人が、もう一度囁いた。
「きみがほしい。――もうずっと、柚葉だけがほしい」
あつい告白で、思考回路の全部がくだけちった。
振り返ったら、どろどろにあまい瞳が、うつくしく輝いて、私だけを見つめてくれている。
すてきな予感がする。瞬きの隙間に愛がこぼれ落ちてくる。
「柚葉さん、」
「は、い」
「俺のこと、どうやったら好きになってくれますか?」
いつものようにやわく首をかしげて、誘うように囁いている。
私の答えなんて、やっぱり知っていそうだと思った。
遼雅さんは何でもお見通しだ。
手を取って、甲に口づけてくれる。愛情深いまなざしで胸が詰まってしまった。あえて口にして欲しくてあまえている人のように見えて、こころの中が、遼雅さんまみれになってしまう。
すきをどうしよう。どんなふうに伝えればいいのだろう。ただ胸がいっぱいで、拙い答えが口からこぼれた。
「……ここにいてくれるだけで」
「うん?」
「いてくれるだけで、じゅうぶんです」
掴まれている手を離して、微笑んでいる遼雅さんの両頬にやさしく添えてみる。私の行動におどろいたらしい遼雅さんと目が合って、どこまでも幸福がはじけた気がした。
「……ごめんなさい、私、遼雅さんが好きになってしまいました」
「はは、謝るんですか」
「好きになってくれない人と結婚したらいいって言ったのに、破ってだいすきになってます」
「だいすき?」
「……うん。どうしよう? 遼雅さん、たすけてください」
じっと見つめて相談してみたら、遼雅さんが私と同じようにくすくすと笑ってくれる。
答えをきかなくても、どう思ってくれているのか、こんなにも伝わってしまうから不思議だ。
橘遼雅は、完璧な旦那さんだと思う。
「あはは、いいですよ。助けます。その代わり……」
「あ、交換条件だ!」
いつも、遼雅さんは交渉が得意だから困っている。
絶対に遼雅さんの思い通りになってしまうだろう。遼雅さんにできないことがあるなら、ぜひ聞いてみたい気がしてしまった。
笑いあって、遼雅さんが茶目っ気たっぷりに囁いてくれる。
「ご名答。……その代わり、きみはもう、絶対この指から指輪を外さないこと」
「会社にバレたら、お隣で働けなくなっちゃいますよ?」
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