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おさとうじゅういちさじ
5.
しおりを挟む「きみはかわいいから、もっと自覚してほしいな」
「そ、なこと、ない」
「すこし連絡が取れないくらいで取り乱す俺は気持ち悪い?」
「ええ?」
思っても見ないことを言われて、気の抜けたような声が出てしまった。ゆるくお腹を撫でられる。ぴったりと背中に身体を寄せられて、耳の一番近くで遼雅さんが囁いてくれる。
「今まで受けてきた仕打ちが、すこし、理解できる気がした自分が怖いよ」
「どう、」
「たった数分しか経ってないのに、柚葉から連絡がないだけで気分が落ち着かなくて、連絡を入れてから、はっとしたよ。……自分がされたことを、柚葉にしてるんじゃないかって」
「ええ? おおげさ、です」
「柚葉は天然だからなあ……」
天然ではないと思うし、遼雅さんが心配してしまうのは当然だ。しっかりと意見を言おうと思って振り返ったら、遼雅さんが首をかしげて私のことを見つめてくれていた。
「……私だって、同じこと、きっとしちゃいます」
「うん?」
「毎日遼雅さんがしっかり連絡してくれるから、ずっと安心していられるんです」
「そう?」
「はい! 突然なくなったら……」
「うん」
「びっくりして、たぶん……、会長に相談します」
「え、会長。それはこまったな。逆らえないや」
「ふふふ、そうでしょう。私のほうが、悪い人間です」
精いっぱい茶化してみたのは、きっと伝わってしまっただろう。
実際にそんなことがあったら、私は何もできずにきっと号泣してしまうのだと思う。じっと見つめたら、あまい瞳の遼雅さんが、もう一度やさしいキスをくれた。
「柚葉さんは、あまやかしすぎです」
「でも、だって、私の携帯が見たいとか、そういうことじゃないんですよね」
目のまえの瞳に問いかけて、すこし瞳孔が震えてしまったのが見えた。これにはさすがにびっくりして、目が丸くなってしまう。
「私の携帯、見たい、んですか?」
「……み、ない」
見たいのか。
びっくりしてしまった。遼雅さんにそんなにも関心を持たれているとは思わない。
残念ながら私の携帯は、遼雅さんと姉と幼馴染くらいしか連絡を取り合っていない。
そのほかのお友達はだいたい壮亮を通して連絡をしてくるから、この携帯はほとんど遼雅さん以外の人から連絡がこないものなのだ。
たぶん、一度見てしまえばすっかり安心できるだろうと思って、すぐ近くに転がっている携帯を手に取った。
後ろで遼雅さんの肩が、ぴくりと動いたのを感じる。
「ええと、ぜひ、見て……、ください?」
やましいものなんて何もない。
姉に遼雅さんへのプレゼントの相談をしたりとか、どうしたら喜んでもらえるかを聞いたり、母に忘れてしまった料理のレシピを聞いて、遼雅さんに作ったりしていることくらいだろうか。
小さなことだから、遼雅さんならきっと笑ってくれるだろうと思う。信じてほしくて、ただそれだけの思いで画面を見せようとした。
ロックを解除しようとして、後ろから私を抱え込んだまま、遼雅さんの大きな手が画面をおさえるように携帯を握りしめてしまった。
「あ、」
「ストップ」
「……遼雅さん?」
「見ないから、しまって」
「み、てくれないんですか……?」
自分で口に出しておきながら、変なことを聞いてしまったと気づいた。私の声で、遼雅さんの言葉が固まってしまう。
遼雅さんから、何度か携帯を見ないかと言われたことを不意に思いだして苦笑してしまう。
あの時の遼雅さんも、私に信じてほしくて、さみしい気持ちだったのかもしれない。そう思ったら、すごく近くにいてくれている気がして胸がいっぱいになってしまった。
「されて嫌なこと、柚葉にはしないよ」
「でも、」
私は、遼雅さんになら、すこしも嫌じゃないと気づいてしまった。
それで遼雅さんの心が穏やかになるなら、見てほしいとさえ思う。けれど、見せられるほうとしては複雑な気分になることも知っているから、小さく笑ってしまった。
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