あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
83 / 88
おさとうじゅういちさじ

6.

しおりを挟む


「どうして笑ってるんですか?」

「ふふ、だって……、遼雅さんも私も、携帯なんて見てもらっていいって思ってるのに、いざ見せられたら、悪いことしてる気分になるんだもん」

「……本当だ」

「ふふ、おんなじ気持ちでしたね」


携帯に触れている指先に手を重ねたら、あっという間にやさしくつなぎ合わされてしまった。

手に持っていた携帯は、ころりとフローリングに転がって、もう、私の頭の中から消えてしまった。

ただ遼雅さんだけが、側にある。


「柚葉を感じさせてくれたら、それでいい」


囁くような声が耳に擦れて、思わず身を捩った。くすぐったくて息を漏らしたら、機嫌のよさそうな遼雅さんが肩の上に口づけてくれる。

全部が遼雅さんのにおいに包まれて、胸がいっぱいで仕方がない。


「ん、ゆずは」


甘えるように私の耳に囁き入れて、遼雅さんのあつい指先が、トップスの裾からお腹にするりと侵入してくる。

もう自分の身体みたいに、よく知られている気がする。すこし触れられるだけで意味が分かってしまうから、慌てて遼雅さんの手首を掴んだ。


「あ、まって」


まだ、ご飯も食べていない。

口に出そうとしたら、遼雅さんのあまい声が耳に突き刺さってしまった。

「抱き枕以外に、俺の価値はない?」


ゆっくりと確かめるように囁いている。吃驚して振り返ろうとしても、首筋に吸い付かれたら、うまく反応することもできなかった。


「ん、どう、いう……?」

「柚葉さんと結婚できた幸運な男だって見せびらかすために、あと何が必要かな」

「なに……? ひつ、よう?」

「どうしたら、柚葉さんは俺ものになってくれますか?」


答えはもう、ずっと前から知っていそうな人が囁きかけてくれる。

私の手を恋人のように繋いで、肌に触れて、誰よりも近くで笑っている人が、もう一度囁いた。


「きみがほしい。――もうずっと、柚葉だけがほしい」


あつい告白で、思考回路の全部がくだけちった。

振り返ったら、どろどろにあまい瞳が、うつくしく輝いて、私だけを見つめてくれている。

すてきな予感がする。瞬きの隙間に愛がこぼれ落ちてくる。


「柚葉さん、」

「は、い」

「俺のこと、どうやったら好きになってくれますか?」


いつものようにやわく首をかしげて、誘うように囁いている。

私の答えなんて、やっぱり知っていそうだと思った。

遼雅さんは何でもお見通しだ。

手を取って、甲に口づけてくれる。愛情深いまなざしで胸が詰まってしまった。あえて口にして欲しくてあまえている人のように見えて、こころの中が、遼雅さんまみれになってしまう。

すきをどうしよう。どんなふうに伝えればいいのだろう。ただ胸がいっぱいで、拙い答えが口からこぼれた。


「……ここにいてくれるだけで」

「うん?」

「いてくれるだけで、じゅうぶんです」


掴まれている手を離して、微笑んでいる遼雅さんの両頬にやさしく添えてみる。私の行動におどろいたらしい遼雅さんと目が合って、どこまでも幸福がはじけた気がした。


「……ごめんなさい、私、遼雅さんが好きになってしまいました」

「はは、謝るんですか」

「好きになってくれない人と結婚したらいいって言ったのに、破ってだいすきになってます」

「だいすき?」

「……うん。どうしよう? 遼雅さん、たすけてください」


じっと見つめて相談してみたら、遼雅さんが私と同じようにくすくすと笑ってくれる。

答えをきかなくても、どう思ってくれているのか、こんなにも伝わってしまうから不思議だ。

橘遼雅は、完璧な旦那さんだと思う。


「あはは、いいですよ。助けます。その代わり……」

「あ、交換条件だ!」


いつも、遼雅さんは交渉が得意だから困っている。

絶対に遼雅さんの思い通りになってしまうだろう。遼雅さんにできないことがあるなら、ぜひ聞いてみたい気がしてしまった。

笑いあって、遼雅さんが茶目っ気たっぷりに囁いてくれる。


「ご名答。……その代わり、きみはもう、絶対この指から指輪を外さないこと」

「会社にバレたら、お隣で働けなくなっちゃいますよ?」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...