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しおりを挟む「……っん、ふ、……、ふ、ぅ」
強烈な飢餓感が慢性的にソフィアの体内を蝕み、頬は常に薔薇色に染め上げられている。彼女の鮮やかなルビーの瞳は、どこか虚ろで危うげだ。
ソフィアは体内に芽吹く呪いが、ひどく彼女の体力と魔力を摩耗させていることに察したころ、激しい飢餓感に襲われて、寝食さえも忘れながら部屋の床に倒れ込んだ。
「あ……、ふ、ぅ……っ」
鏡に映る彼女は、まるで発情した雌猫のようだ。ソフィアは、明らかに身体が何かを求めていることを感じ取って、きつく瞼を瞑る。
ルイスの言葉の通り、ソフィアの身体を苛む苦しみは、前回のものをゆうに超えていた。
少し指先を動かすだけでも激しい動悸が襲い、ソフィアはたちまち蹲る。確かに、週に一度の触れ合いだけでは、どうにもならないだろう。しっかりと彼の言葉を信頼すべきだったのか、今のソフィアには考える力も残されていなかった。
ただ猛烈に苦しいのだ。今囁かれれば、ソフィアはどれほどの機密であろうと、躊躇うことなく語りだしてしまいそうだ。
部屋の中には、いくつもの薬草と古書が散乱している。ソフィアが呪いの解術のためにどれほど無駄な努力を重ねているのかが一目でわかるような部屋だった。誰一人としてこの場を訪れる者がいないことを知っているソフィアは、もはやそれらの物を片付ける気力もなかった。
「ん、っぅ、あ」
熱が滞留する腹は、すでにぐずぐずにとろけきっている。昨夜までは、その下着にべっとりと張り付いた蜜に泣き出しそうな表情を浮かべていたソフィアも、今ではその不快ささえも忘れ、荒い呼吸を続けていた。
ルイスを頼れば、おそらく、間違いなくこの苦しみから解放される。
答えを知っていて抗うのは、何故こうも耐えがたく苦しいのだろうか。
ソフィアはただ一つの矜持を頼りに、いくつもの方法を試して疼き続ける身体を諫めようとしていた。それも、すでに彼女の頭から抜け落ちている。
満月の光が差し込む部屋の中で、彼女だけが悩ましい吐息を吐き出し続けている。
会えばこちらの状況がルイスに悟られてしまうことを理解していたソフィアは、ライにさえ会うこともせず、この部屋に閉じこもっていた。
ユリウスには、呪いを食い止める方法を知ったとだけ報告している。
何者かの助けがあるはずもない。そもそも、おそらくソフィアのこの異常反応を治すことができるのは、ルイス・ブラッドただ一人だ。
——ここへ来る頻度をあげれば、このような簡単な触れあいで済ませられるが、あまり強情にしていれば、その身体の奥に精を放つしかなくなる。好きなほうを選べ。俺はどちらでも構わない。
その言葉が意味する行為を、ソフィアが知らぬわけではない。ここまで放置した己を心から恥じてさえいた。まるで、ルイスの手に穢されることを望んでいるかのようではないか。
「ち、がう、……ん、ちが、う」
譫言のように否定の言葉を囁いたソフィアの目は、潤みきっている。幻覚でも見ているのだろうか。熱に浮かされたソフィアの姿はあまりにも儚い。襲ってくれと男を誑かしているかのような格好だ。
途方もない暑さに苛まれたソフィアは、薄い生地のネグリジェを身に着けて、無防備に床に転がり込んでいる。彼女はその熱に耐えかねて、無意識のうちに細い指先を自身の股へと伸ばした。
数日前に、その場を蹂躙した男の吐息を思い返してとぷ、と蜜がこぼれ出てくる。はしたない身体に半泣きになったソフィアは、やはり我慢が利かずにそっと指先を秘所へと導いた。
「あっ、……んん、ぅ、あっ」
ルイスにされたことをなぞるように秘められた突起を撫でたソフィアは、背筋に微弱な電流が流されるような快楽に酔って、高い声をあげた。
その声を恥じるように片手で口を塞いだソフィアは、恥じ入る己の心とは正反対に突起を弄る手を止められなくなる。
無意識に法悦を恐れる拙い指先では、好いところを刺激しきれない。ぬるい刺激に高められきった身体はかえって記憶に残る男の愛撫を欲していた。
頭が、ルイスのこと以外を考えられなくなっている。熱に侵されたソフィアは、ふらふらと立ち上がり、魔術師のローブを羽織りこんだ。
何も考えられない。
何一つ思考がまとまらぬうちに部屋の外へと歩き出したソフィアは、歩き慣れない道を覚束ない足取りで進んで行く。
どこへ向かおうとしているのか、彼女自身もわからなかった。ただ、足が赴くままに歩くソフィアは、靴を履くことさえも忘れて、草原を進んで行く。
草木が生い茂る道の先に建つ宿舎は、一つしかない。
魔法さえもかけることを忘れているソフィアが、誰にも見咎められることなく、その場にたどり着けるはずもない。
「ソフィア嬢?」
ただ、見つかる相手が、あまりにも悪すぎたのだ。
ソフィアは己に掛けられた声が、誰のものであるのか瞬時に判別することができず、ぴくりと肩を揺らしてしまった。
応えることもできずにゆっくりと顔をあげれば、いかにも貴族らしい優男がこちらを見据えていた。オリバー・マクレーンだ。
オリバーは、月明かりに照らし出されたソフィアの表情が、とろけきった女の顔つきをしていることを察して僅かに息をのんだ。ソフィアの身体に触れることを望む男は少なくない。その性格に目を瞑れば、ソフィアは絶世の美女だ。その女が、今、しどけなく表情を潤ませながら、ただ一人で暗い森を進もうとしている。
明らかに、男を探しているのだと思い込んだオリバーは、愉悦に己の表情が緩むのを感じながら静かに声をかけた。
「レディ? 何かお困りですか?」
努めて甘い声を吐けば、ソフィアはあからさまに熱い吐息をかみ殺して、ふるふると顔を横に振った。深く被ったローブから覗く金糸の髪が、美しく光る。
「何でも、ありませ、んわ」
震える声で囁くソフィアの姿はどうしようもなく男の庇護欲を誘った。普段気の強い女が怯える表情の、なんと欲情を誘うことか。眩暈を感じた男は、さらに強引にことを進めようと一歩を踏み出し、間に邪魔者が入った瞬間に眉をひそめた。
「何だお前」
ソフィアを庇うように躍り出たものは、威嚇するように牙を剥きオリバーと対峙する。銀糸の毛並みを輝かせた狼は、臆することなくオリバーへ襲い掛からんとしていた。
ソフィアは熱に浮かされたままその様を見つめ、オリバーが魔法を唱えようとした瞬間、無意識に反転魔法を練りだしていた。
自分自身よりも弱い魔力を持つ者の魔法を無効化する術だ。
オリバーは自身が練りだそうとした魔法が発動しない怪異に目を丸め、襲い掛かろうとする狼を前に、一歩後ずさりをした。
「ライ、やめろ」
オリバーが腰を抜かしかけたその時、低く威圧感のある声が、狼を咎める言葉を発した。その声を聞いたソフィアは、いっそう心音がうるさくわめきだしたのを感じ取って、平静を装おうと強く拳を握りしめる。
「すまない。索敵のために放っていた魔獣だ。怪我はないか」
淡々と声を発する男は、ゆっくりとソフィアとオリバーのもとに近づいてくる。その顔が月明かりに照らし出されたとき、ソフィアは抗いがたい欲望に駆られて、強く瞼を瞑った。
「ブラッド副官か……。お前、索敵魔獣の管理くらいしっかりしてくれないか?」
「ああ、悪かった。こいつは不埒な真似をする者にしか反応しないよう訓練されているのだがな。仕込みが足りなかったらしい」
どこか非難の色を孕んだ声をあげたルイスに、オリバーが言葉を詰まらせた。ソフィアを誑かそうとしていたところを見られたことを察したのだろう。
稀代の悪女とはいえ、襲えばただの女だ。オリバーはルイスの公正さが悪女にさえ適応されるらしいことに苦笑しつつ、マントを翻して体勢を整えた。
「では、魔獣に敵とみなされるような私は退散いたしましょう」
どうせ、ソフィア・フローレンスがルイス・ブラッドに微笑むことはない。
馬鹿馬鹿しいほどの真面目な男を放り出したオリバーは、その後のルイスがソフィアの腕を強引に掴み寄せ、奪うようにその身体を抱き上げたことなど、知る由もない。
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