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しおりを挟むこれほどまでにソフィアの行動を庇っていれば、いずれルイスが咎められてもおかしくはない。そのはずが、ルイスは涼しい顔をしながらシェリーを諫めている。
ソフィアが、ルイスの腕輪の解術をすることをひどく躊躇っている理由の大半を占めているのが、ルイスとシェリーの関係だ。
ルイスとソフィアが結ばれることはない。そのくせに、ルイスはソフィアの身を案じ、どこまでも首を突っ込んで来ようとする。
ソフィアが居なければ、ルイスとシェリーは何の問題もなくパートナーになったはずだ。呪いに侵されたソフィアにルイスが気付くことがなければ、このような秘密の関係を築くこともなかった。
シェリーが不安に思うのも当然だろう。
ルイスに宥められたのか、その日のソフィアがシェリーに詰問されることはなかったが、身の程をわきまえないシェリーが声をかけてくるのは、ソフィアも十分に想定していた。
「ルイスさんに近づくのはやめてください」
ソフィアがその声をかけられたとき、ソフィアのそばにマリアの姿はなかった。そればかりか、周りには誰一人おらず、ソフィアは密かに、シェリーの無鉄砲さに吃驚していた。
接近してくるのはソフィアではなくルイスなのだが、ソフィアがそれをシェリーに伝えることはない。
ただ、まっすぐに睨んでくるシェリーを見つめて、扇子で口元を隠した。
「なんですの、貴女」
「ルイスさんに近寄らないでください!」
もう一度同じ言葉を叫ばれて、ソフィアは眉を顰めそうになるのを堪える。
正々堂々と声をかけてきたようだが、魔法の力を持つソフィアに攻撃をされたら、シェリーはどうするつもりなのだろうか。
説教をして、危険性を説き伏せたい思いに駆られるソフィアだったが、それをおくびにも出さずにゆったりと目を細める。
「あら。獣に近づいた記憶なんてありませんけれど」
「ごまかさないでください! 最近、様子がおかしいんです。……おかしな術をかけるなら、私にしてください」
献身的な言葉だ。ソフィアはますます目を細めつつ、剣も持たずに挑んでくる女性の姿から目をそらした。
精神魔法の危険性を知るソフィアは、魅了のような相手を意のままに操る術を使ったことがない。それを知る者は1人もいないが、それこそが、ソフィアの細やかな矜持でもあった。
「貴女に何の権利があって、そのようなことを言うのかしら」
「それは……、わたし、私、私、ルイスさんのその……、つ、番なんです!」
獣人に関する古書をたっぷりと読み込んだソフィアはその言葉の意味を知っている。しかし、わざとそ知らぬふりをしてこてりと首を傾げた。
「そう? それが何なのか存じ上げませんけれど、貴女の玩具だと言うのなら、しっかり手綱を握っていらっしゃればよろしいのではなくって?」
ルイスに番がいたのだとは知らない。
悪女らしく声を発したソフィアは、自身が少なからず衝撃を受けていることを必死に押し隠していた。
獣人たちは、番への感情を隠すことを美徳としていると聞く。そうであれば、2人は番であることを押し隠して側に居るということだろうか。
「ルイスさんは玩具なんかじゃありません!」
正論を叫ばれたソフィアは、甲高い声に耳鳴りを起こしそうになりながら眉を顰める。
「気分が悪いわ。なぜわたくしがゴミと会話をしなければならないのかしら」
「それはっ」
「玩具でないなら、あれがどのような行動をしようとあれの勝手ですわ。それなのに、貴女はあの獣の行動をわたくしの責任になさるの? ねえ、貴女の今のお言葉、随分と傲慢な振る舞いだと思いませんこと?」
「べつに、そういうわけじゃ」
「何の騒ぎです?」
ソフィアが無意識にまくし立てるような声をあげていたとき、後ろからねっとりとした男の声が響いた。
「マクレーン様」
「やあ、ソフィア嬢」
よく会う男だ。ソフィアは面倒に思いながらも、シェリーを罰する理由を失くしたことに内心安堵している。
一瞬、ルイスが来たのだと思いそうになったソフィアは、己の心の奥に眠る感情に気付きかけて、すぐに目をそらした。
「ルイス・ブラッドと懇意にしていると思われるなんて、ソフィア嬢も災難ですね」
話をよく聞かれていたらしい。ソフィアの行くところならあちこちに出現する男だ。そして、誰よりもソフィアとルイスが共に過ごしている場を見ている男でもある。
「しかし、確かにソフィア嬢は近頃よく、副官とともにいらっしゃる。その、番らしい獣人に、教えて差し上げればよろしいのではないですか」
「何を、かしら」
まさか、2人の秘密に勘付かれているのだろうか。一瞬ひやりと背筋を凍り付かせたソフィアは、目の前の男がうっとりと目を細めて唇を開くのを見た。
「あれの精神を弄って遊んでいるのだと。……貴女を見るあれの眼、間違いなく狂っていますよ。ソフィア嬢、一体どのような術をかけたんです?」
断定的な物言いに、わずかに冷や汗をかいたソフィアはゆったりと微笑んだ。
ルイスの行動は、もはや看過しきれないほどにソフィアに傾倒している。オリバーほど察しの悪い男でなければ、勘づかれていた可能性もある。
ソフィアは己の悪女然とした行動が、まだ周囲の目を欺けていることに心底安堵しつつ、口を開いた。
「フローレンスを捨てるような犬から生まれた駄犬ですもの。たっぷり可愛がって調教して差し上げなくてはいけませんわ。そう思わないかしら」
ソフィアが思う以上に、状況は芳しくない。
しかし、こうなってしまえば、貫き通すしかない。高潔な騎士を誑かした悪女を見るシェリーは、怒りに目を燃やして強く拳を握りしめた。
「ルイスさんは、……そういう邪な術に左右されるような人じゃありません! 絶対に!」
そのようなこと、ソフィアとて、よくわかっている。
答えは口に出さず、脱兎のように逃げ出したシェリーの後ろ姿を眺めた。シェリーを追い払うことに成功したオリバーがけらけらと笑っている。悪趣味な男だ。
「あれが貴女の靴を舐めるところを見るのが楽しみで仕方がないですよ」
「あら。嫌だわ。靴が汚れてしまうもの」
「では、私との仲を見せつけてはどうでしょう」
見え透いたオリバーの劣情の眼差しに微笑んだソフィアは、抗いがたい運命の行方を思いながら、僅かに胸に靄がかかるのを感じて、オリバーから理由を付けて離れた。
——それは……、わたし、私、私、ルイスさんのその……、つ、番なんです!
ルイスがシェリーを大切に扱っていることは知っている。ソフィアに見せるような乱暴な振る舞いなどしたこともないのだろう。
シェリーの目に浮かぶ尊敬の眼差しを見ていれば容易にわかることだ。
番がいながら、ソフィアの身を案じて毎日寝所に足を踏み入れてくるのだろうか。そうであるならば、どうしてルイスはそこまで生真面目な男なのだろう。
まるで、ソフィアに恋焦がれる男のような行動を取っている。そうでなければ、あの執着の目に理由がつけられない。
ソフィアはそのことを考えている自分に気付き、はたと足を止めた。
胸の内に感じる気色の悪い靄は、苛立ちのような感情だ。ソフィアはルイスが自分以外の者を愛する可能性に触れて、そのことが受け入れ難いがために、これほど心を揺さぶられ、苛立っているのだと気付いた。
「好かれているなんて」
思い込むことさえも馬鹿馬鹿しい。
呟いたソフィアは、ちくりと胸に棘のような痛みが突き刺さるのを感じ、僅かに狼狽えた。
あってはならない感情だ。この計画を遂行するためには、不必要な感情だ。芽生えてはならないものだ。
——フィア。
熱く、優しい声が囁き落とされるその瞬間を思い出したソフィアは、やはり口を引き結んで、静かにため息を落とした。
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