要らないオメガは従者を望む

雪紫

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スライを通して兄と文通すること約2週間、兄は意外にもリオを気にかけていたことか分かった。

(てっきり、嫌われているのかと思ってた)

兄から初めて貰った手紙には、今までの態度を謝るような言葉が何度も入っていた。リオは今更そんなこと気にしてはいなかったが、兄から疎ましく思われてないことは嬉しいことだ。

何通も手紙を渡し、本題の相談も親身になって聞いてくれた。何年もまともに会話してない兄だが、頼りになる人だとしみじみ感じる。

「リオ様、マシュー様から新たな御手紙です」
「ありがとう」

ペーパーナイフをスライから貰い、手紙を開ける。手紙の内容は、リオにとっての希望だった。

『本人が望めば、シルヴェスターは世話係として働いてもらう』

受け取った手紙には、確かにそう書かれている。
リオが屋敷から出ていったあとも、スライは産まれてくる双子の世話係として働くことが決まった。心配事が無くなったリオは一段落付いたとばかりに、両手を上げ伸びをする。

「嬉しそうですね、リオ様」

リオが家を出ていくことを知らないスライは、嬉しそうで何よりといった顔で微笑んでいる。スライに何も言えずに別れるのは辛いが、言ったところでどうにかなる訳じゃない。なら、変にスライに心配をかけるより黙っていた方がいいだろう。

「ああ、いい事があった。そうだ、兄がお前を呼んでいる」
「マシュー様が?」
「そう書いてあった。午前中はもう休むから、その間に行っておいてくれ」
「畏まりました」

そういってスライは部屋を出ていく。その後ろ姿を見ただけで、胸が痛んだ。

(僕は今、すごく感傷的なのかもしれない……)

背を向けるスライを見て、悲しいと思ってしまった。
これから先もアイリーン家に居られるとなってもリオはただ存在するだけで、何かの役目を得る訳でもない。そんなことは分かっているが、1人になることを拒む自分がいる。1人で生きるための何かができるという自信があればいいのだけれど、生憎伯爵家で家事をすることはない。

書斎のデスクに上半を預け、腕を放り投げて突っ伏していると、急に眠気が襲ってきた。大して疲れることもしていないのに、リオはここ最近よく眠る。一種の現実逃避なのではないかとリオは予想を立てているので、素直に意識を手放した。





「ん……?」

ドアの開く音で目が覚める。恐らくそう時間は経っていない。10分20分と言ったところだろうか。いつもとは違う乱暴なドアの開け方で、バタンっという音が耳にまだ残っている。

「……スライ?」

様子が変だと思い、リオはその場に立ち上がる。
こちらに歩いていたかと思うと、急に肩を掴まれた。骨が軋むほどの力で掴むものだからリオは眉を歪める。

「なあ、どうした?スライ?」
「マシュー様から聞きました、貴方が屋敷を去ること」

初めて見るスライの表情には、怒りと悲しみが読み取れる。
手紙での兄は快く協力してくれたと思っていたが、そうではなかったらしい。今思えば手紙には『本人が望めば』と確かに書いてあった。

「何故、何も言ってくれないのですか、頼ってくれないんですか?」
「い、たいよ……スライ」
「やはりもう、私に信頼はおけませんか……?何も言わずに、私の前から居なくなろうとしてたんですか?」
「信頼してないなんて、そんなこと思ったことない」

スライに相談していたら、何か変わることがあっただろうか。家を出ていくことになった、と言っても従者からすればどうしようも出来ない話でしかない。

「マシュー様の元へ、私を寄越したのに?」
「僕のそばに居たら、お前の仕事が無くなる。父がお前を雇ったのは発情期の為だけだ。僕が家を出る前に兄の従者になっておけば、スライは今のままアイリーンの従者でいられる」
「リオ様のいない屋敷に勤めるくらいなら、職を失う方がマシです。そんなことされて、私が喜ぶとでも思ったんですか?」

侮辱されたとでも言うような剣幕で、リオは気迫に押されて後ずさる。

「勝手にこちらの気持ちを慮って、貴方の考えを押し付けないでいただきたい」

強い口調でそう言われる。薄い蒼色のリオの瞳には涙の膜が表れ、今にも溢れて零れ落ちそう。そんなリオをスライは強く抱き込んだ。

「……私は働くのが好きなのではありません。貴方のそばに居ることが、何よりの喜びなのです。リオ様が嫌でなければ、私をこれからもそばに置いてください」

スライの声は震えている。自分より年上の男のこんな弱々しい声を聞いたことがなかったため、リオは戸惑う。
恐る恐る、リオはスライの大きな背に腕を回した。

「……それは、肯定と見なしていいんでしょうか」
「好きに取れ。お前は怒ったらとんでもなく恐ろしいから、僕はスライの気持ちを図らない。お前の感情に任せる」
「……声を荒らげてしまったことは反省しています、すみません」

叱られた犬のようなスライに、リオはふっと吹き出す。

「リオ様が私のことを考えてくれたというのは、すごく嬉しいことです。強く言ってしまいましたが、あれは誇張しすぎたと言うか……」
「お前のことを、これからも考えていいって?」
「はい」
「そうか、それはよかっ……」

涙もひっこんだリオは無邪気に笑ったが、目の前にあるスライの顔は驚くほど近くに来ていた。顔と顔がくっついてしまうのではないか、と思うほどの急接近にリオは固まる。
形のいい唇がリオのそれと重なり合い、リオはあまりの驚きに目を見開く。発情期中、何度も触れたいと思った唇が今初めて触れ合っている。

「目は、閉じてくれないと」
「え、あ……く、口が……」

血液が頭に、顔に登ってきて熱い。そばにいさせてと言うのは、こういう意味だったのかとリオは驚いた。

(そりゃそうか、従者としてそばに……なんて言わないよな。払える給金もそんなに無いわけだし……)

「お顔、真っ赤になっていますね。キス以上のことは、……もう何度も致したのに」
「いっ、言うな!」
「はい、もう言いません」

若干頬を赤らめながらも楽しそうに微笑んでいるスライを見て、気持ちが和む。怒っている彼は恐ろしかったが、これからも一緒にいられると思うと、怒られたことも含め心底嬉しいと感じられる。

「もう離しません。好きです、リオ様」
「僕もだ……」

二度目のキスは、ちゃんと目を閉じた。















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