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しおりを挟むそんなわけで修道院についた。いとも簡潔な挨拶を修道院長だという老女から受け、そのまま敷地内の塔に押し込められた。着の身着のまま。ごはんももらえなかった。……こういうレベルの扱いなの? やばい思ってたより状況は悪かった。腐っても公爵令嬢なんだから、もうちょっと優遇があるもんかと。
グォン、と大きな音を立てて扉は閉められる。鉄製の何の装飾もない無骨な扉だ。ここは塔の最上階で、一応は生活できるだけの家具は揃っているけれど、広さは学園のアマルベルガの部屋より二回り小さい。
壁は石づくりそのまま、窓はなし。唯一天井に小さな明り取りが複数、空いていて、そこから陽光が差し込んでいる。けれどもうすぐ夕方、そこからさらに夜がくる。
「しまった……こんなことならもっと何かしておくんだった」
何か。何か今の状況を改善できる、ちょっとしたものでいいから。
自分ののろまを悔いてもしょうがない、私はうろうろ歩き回り、そのたびにペチコートとスカートがカサコソ音を立てる。今朝侍女が着せてくれたときは思いもよらなかったが、今夜は自分でこれを脱がなきゃいけないのだ。
ふと、ディートリヒ皇子のあざけりの顔が思い浮かんだ。――お前ときたら毎日毎日、貴族女連中とお茶会だの夜会だの。どうしてシャルがドレスの脱ぎ着ができるかわかっているのか? かわいそうに、お前とお前の母親に虐げられていた幼い頃、庶民の暮らしに貶められていたからだよ! 一人で何もできないことが、自分の高貴さの表れだと思い込んでいるようだな、醜悪な女め!
私はつかつか寝台に(アマルベルガは使ったこともないだろう、木製の古びた小さなそれだ。薄っぺらい毛布が一枚ぺいっと乗せられている)歩み寄り、思いっきり蹴飛ばした。つま先が痛んで悲鳴をあげる。
――その『庶民の暮らし』とやらは、平民街の上流階級が住む区画の豪勢な屋敷をまるまる借り上げて、使用人までつけられて実現していたのだ! ジェラールもシャルロッテもその母親も、公爵の金で何不自由なく生きていたというのに!
――貴族仲間との連帯を保つのは重要だ、それこそが内向きの仕事というものだ! いざというときの出兵や同盟には、日々の交流こそがものを言うのに。
――アマルベルガはお前と結婚して王妃になるために、日々を誇り高くすごそうと努力していたのに!!
「……っだー! あのクソ皇子顔面ブチのめしてやる! やらなきゃ気が済まない!」
と私はわめき、暴れ、それでも寝台も塔もびくともしない。当たり前だ、ここは罪人を許しがあるまで軟禁しておく、牢屋の形をしていない檻なのだから。そもそもこの怒りはアマルベルガのものなのか、それとも私のものなのか。二人の感情の輪郭は入り交じりあい、ほとんど区別がつかない。
ぜいぜい息を整えながら、私は思い返す。それに……たしか、この塔には。
と、ゴトンと音がして身を起こした。重たい鉄の扉を難儀そうに押し開けて、小さな修道女服姿の女性が二人、部屋に入ってくるところだった。手にはお盆と、パンとチーズ、それから水差しにコップ。ふきんも一枚だけ、見える。
「……ありがとう。それ、わたくしの?」
と私はせいぜい高慢な公爵令嬢に見えるよう、気取って横座りした。彼女たちは私の監視役だろう、言動は逐一報告されると思った方がいい。深くベールをかぶり、周到に口布までしているので顔がわからないが、院長ほど年老いてはなさそうだ。
彼女たちはしんとした沈黙で私に応えた。小さなテーブルにお盆の上のものを並べると、一礼もせずに部屋を立ち去る。
「わたくしに礼はせぬのか。皇帝に連なる血に敬意も持たぬのか」
とあくまで私は詰問口調で続けたが、まったくなんの反応もなく、扉は閉まった。
舌打ち。私は寝台を降り、机について粗末な食事を始める。
たぶん、態度はこれでいいはずだ。弱っているところを見せて得することなんて何もない。むしろハッタリと虚勢を振り回し、堂々と立っているところを見せよう。エイリーク皇室打倒をもくろむ一派だとか、ちょっとした利権や領土をかすめ取ろうと目論む外国勢力だとか、そのへんが接触してくる可能性に賭けるのも無駄じゃない、はずだ。
実のところ、私は自分がここまでできるなんて思ってもみなかった。本当の私、弱っている社畜の身体の私だったら泣き崩れていただろう。アマルベルガの肉体だからふんばれるのだ。そりゃ、確かにシャルロッテに比べたらつまんない容姿かもしれないけれど、それだって左右対称で白くて凹凸がハッキリしていて、元の私より数段いい。乗馬や小型ドラゴン飛行を嗜んでいたおかげか体幹が鍛えられていて、この塔の長い螺旋階段を上らされたときも、手摺に縋らなくてすんだ。何よりドレスの裾をいっぺんも踏んでない。
すごいことだ。マール、あなたはすごく努力していた。私にはそれがわかる。
パンはぱさぱさ、チーズはかぴかぴ、金属製の食器どころかお皿もない。自殺を懸念されているのか、あるいは。でも私はまだ生きていて、こうして顔をしかめながらも食事している。このまま生き延びるために、必死で原作小説のストーリーを思い出そうとしている。
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