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しおりを挟む「待ってぇ! 待って、お姉さまっ!」
と声が聞こえてきたのはそのときである。馬車の席に腰かけながら見ると、なんとシャルロッテその人だった。後ろからジェラールが追いかけてきている。
さて、ここで我が妹、麗しのシャルロッテ・ルイーゼ・フォン・ワルグナーのことを描写しよう。彼女はアマルベルガとは正反対の少女である。
金を溶かしてはちみつを振りかけたような渦巻く金髪。小さな顔の中の完璧な目鼻立ち。目は深い海のようなサファイア色で、光の加減によって緑にも青にも見える。唇と頬はいつも薔薇色。性格は天真爛漫で純粋無垢。大振りのレースもリボンも似合えば大きなつばの帽子にこれでもかと花を飾っても見劣りしない、まさしく天性の美少女。
父が溺愛するのも無理はない、彼女は美しく操りやすく、ありていに言って馬鹿だった。
「お姉さまっ、お姉さま行ってしまうの? そんなあ……シャルのせい? シャルが皇子様に愛されたから、お姉さま悲しくなって行ってしまうのね!」
と彼女は馬車の扉にしがみつき、アマルベルガに抱き着かんばかり。
私はため息つくのをこらえる。勘弁してくれ。でも彼女は……彼女は本気なのだった。本気で姉を慰めようとして飛び出してきたのだ。
昔からシャルロッテには人の心を解する力が欠けている。自分が嬉しいならその人も嬉しい、悲しいなら悲しいと思い込んで動くことはない。まあよく言えば裏表がないのだった。そういうところがあの鉄壁な皇子の心を溶かしたのだと言えなくもないわけだけど……。
「あなた皇子のお部屋にいるんじゃなかったの。いつ戻ってきたの?」
「さっきですう。あたくし、あたくしね、侍女からお姉さまのことを聞いてぇ……びっくりして。うえええん、お姉さま行かないでっ。行かないでええ。たった二人の姉妹じゃないの。仲良くしよぉ?」
「ジェラール!」
と私はようやく追いついてきた弟の方に手を振った。ちなみに彼らは双子で、ジェラールは正真正銘アマルベルガとシャルロッテの弟だ。
「父上がお怒りになられてよ。監督責任を問われるわよ」
と、シャルロッテからスカートの裾を引きつつ顎をしゃくる。彼はかっとなった顔をしたものの、私の言うことは間違っていない。
「シャル、シャル。もう行こう。こんな女におまえの慈悲を与えてやる必要ないぜ。これからの俺たちにはなんの関係もない女だ――」
「いやあああっ、お姉さまぁ。お姉さまぁ」
私は御者に合図した。ジェラールはシャルロッテを無理やり抱きしめて馬車から引き剥がす。ごとり。車輪はまわる。骨の馬は歩み始める。
鎧戸の窓を閉め、レースのカーテンと厚手のも閉め、私はぐったりのびた。アマルベルガはきっとこういう侍女のやる仕事はできなくて、ずっとガラスごしに人々の好奇の視線を受けながら修道院に行ったんだろう。それが彼女のプライドだった。
それにしてもシャルロッテ。おっそろしい女だ。私は腕組みして考えこんだ。
シャルロッテは本気だった。本気で異母姉であるアマルベルガを心配し、自分の魅力が悪いのだと考えていた。そこに他意も悪意も一切ない。シャルロッテはいつだって、裏表のない清純なる少女なのだ。
彼女は生まれたときから父の公爵に愛されていた。彼女が日輪のような金髪で、サファイア色の瞳で、それは綺麗な赤ちゃんだったからである。その容姿はワルグナー家の特徴だった。公爵の母親も、そのまた母親もそうだったという。
つまり異質なのはアマルベルガの方なのだった。母方の血が濃く、同じ金髪でもほとんど白に近いまっすぐな髪質に、仄暗い曇り空の青灰色の目。加えて、母親は彼女が十歳にも満たない頃に死んでしまい、後ろ盾はない。
アマルベルガには一通りのものと教育が。シャルロッテにはすべてが与えられた。周りの大人たちを責めることはできない、どう考えたって父親に愛され、後妻に成り上がった元妾の母親に守られたシャルロッテに尽くす方が出世の見込みがあった。シャルロッテがほしいと言えば、王宮に咲く紫色の露の花さえ公爵は手に入れた。
母親はひたすら彼女に説いた、美しくあれ。無邪気に品よく幼げに麗しくあれ。シャルロッテはその通りに育った。
アマルベルガは自分ひとりで怨嗟と孤独と劣等感と恨みつらみを増幅させ、その結果があれだ。公衆の面前での婚約破棄。一応は婚約者として慕わしく思っていた皇子からの徹底的な拒絶。
――あなたは立ち位置を間違えた。戦い方を間違えた。
――私は死にたくない。だからアマルベルガ……私はあなたの身体で、あなたの人生で、これから先を戦うから。
王都の喧噪が窓と戸を通して聞こえてくる。今やすっかり日が昇り、いつもの日常がはじまる時間。だのに骨の馬なんて不吉なものが通るから、人々が困惑し早口にささやきあうのさえ目に浮かぶ。……あれはいったいどこの罪人だ?……なんでも公爵様のお姫様だというよ。一番上の……。
がたごとがたごと。馬車は進む。私が暗殺されるまで、あと一か月もない。それまでになんとか、生き残る道を探さねばならない。
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