嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸

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二章:貴方に報復を

父の資格

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「それは結構だ」

エーデルの言葉に反応したように周囲に風が舞い、一人の男が姿を現した。

「え、エーメリー公爵……!」

バルツァー公爵が驚きのあまり、声を出す。そんな父とは対照的にロベルトはほっとしたように胸を撫で下ろした。

「エーメリー公爵、僕は──」

「君のことは聞かせて貰った」

「フレイアのことならなんとかすると仰っていましたよね。今回も公爵様のお力で……」

ロベルトが媚びるような目線をエーメリー公爵に向ける。
エーデルの背に悪寒が走った。こいつは何を言っているんだ、と。相手方の前で堂々と開き直るなんて、通常の感性を持っている者ならばできたことではない。

「ロベルトッ……!」

両親二人の止めにも応じず、ロベルト達の会話は進んでいく。

「君はフレイアのことをどう思っているのだ?」

エーメリー公爵の問いにエーデル達の顔が青くなる。
エーデルたちは余計なことを言うな、という視線を必死で送るがその努力も虚しく、ロベルトは曇りなき眼でこう答えた。

「フレイアは素敵な女性だと思います。但し……彼女の真面目さが僕には重荷だったのです」

「……そうか」

エーメリー公爵は微かに笑った。
ロベルトは至って真剣な様子で彼を見つめる。しかし、彼は気づかなかった。エーメリー公爵の笑みが嘲笑だということに。

「純愛、とは言いません。けれど彼女マーガレットととの事はきたないものではない!これだけは忘れないで頂きたいです」

「……」

ロベルトの言葉一つ一つを噛み締めるように聞いていたエーメリー公爵が微笑みを浮かべた。ロベルトが安心したように笑う。

「フレイアの事をとりなしてくれるのですね」

「安心してくれ」

彼の言葉にロベルトは頬を緩めた。

「公爵には分かっていただけると思っていました。勿論、フレイアの事も幸せにします」

「君が私の家と懇意にすることは二度とないだろうからな。君は君でを続けてくれ」

エーメリー公爵が放った言葉にロベルトの頰が引き攣った。

「今、なんと仰ったのですか……?」

「君のような愚かな人間には利益が見込めないと判断したまでだ」

ロベルトから滝のように汗が噴き出す。

「僕の家との商談もありますし、利益が見込めると思うのですが」

「君はもう必要ないんだ。開拓の件も失敗したようだし、な」

ちらりとエーデルの方を見る。エーデルは背筋を伸ばし、頭を下げた。

「私の愚弟が申し訳ございませんでした」

「エーデル、何言って……」

狼狽えるロベルトの横にエーデルが立ち、頭を掴んで下げる。
そして拳を弟の顔面目掛けて振り上げた。ロベルトの美しい顔に拳がめり込む。

「なッ……」

「申し訳ありませんが、お帰りください。公爵様にこれ以上醜いものを見せたくはありませんので」

ポタポタ、と血が地面に落ちる。
エーメリー公爵はあまりの痛みに動かなくなったロベルトを一瞥し、こう言った。

「近々私の娘が君に会いに行くだろう。を持って」

“一枚の紙”それが何を意味しているのか、皆分かりきっていた。婚約破棄書。貴族なら皆が持ちたがらない紙。
エーメリー公爵は続けた。

「それでは帰らせていただこう」

呆然としていたバルツァー公爵は慌てて頭を下げる。イライザも静かに礼をした。


屋敷を出たエーメリー公爵は帰るため魔法陣を描き始めた。そして一瞬その手を止める。彼の脳裏に幼かった頃の娘の笑顔が浮かんだのだ。

失ったものは戻らない。かつて愛した妻のように。

私がどれだけ欠片を積み上げても“父の資格”を取り戻す事は一生ないのだろう。

エーメリー公爵家の当主──ハインツは空を見上げた。

彼の瞳に映ったのはどこまでも暗い灰色の澱んだ空だった。



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