18 / 29
二章:貴方に報復を
父の資格
しおりを挟む
「それは結構だ」
エーデルの言葉に反応したように周囲に風が舞い、一人の男が姿を現した。
「え、エーメリー公爵……!」
バルツァー公爵が驚きのあまり、声を出す。そんな父とは対照的にロベルトはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「エーメリー公爵、僕は──」
「君のことは聞かせて貰った」
「フレイアのことならなんとかすると仰っていましたよね。今回も公爵様のお力で……」
ロベルトが媚びるような目線をエーメリー公爵に向ける。
エーデルの背に悪寒が走った。こいつは何を言っているんだ、と。相手方の前で堂々と開き直るなんて、通常の感性を持っている者ならばできたことではない。
「ロベルトッ……!」
両親二人の止めにも応じず、ロベルト達の会話は進んでいく。
「君はフレイアのことをどう思っているのだ?」
エーメリー公爵の問いにエーデル達の顔が青くなる。
エーデルたちは余計なことを言うな、という視線を必死で送るがその努力も虚しく、ロベルトは曇りなき眼でこう答えた。
「フレイアは素敵な女性だと思います。但し……彼女の真面目さが僕には重荷だったのです」
「……そうか」
エーメリー公爵は微かに笑った。
ロベルトは至って真剣な様子で彼を見つめる。しかし、彼は気づかなかった。エーメリー公爵の笑みが嘲笑だということに。
「純愛、とは言いません。けれど彼女ととの事は穢いものではない!これだけは忘れないで頂きたいです」
「……」
ロベルトの言葉一つ一つを噛み締めるように聞いていたエーメリー公爵が微笑みを浮かべた。ロベルトが安心したように笑う。
「フレイアの事をとりなしてくれるのですね」
「安心してくれ」
彼の言葉にロベルトは頬を緩めた。
「公爵には分かっていただけると思っていました。勿論、フレイアの事も幸せにします」
「君が私の家と懇意にすることは二度とないだろうからな。君は君で穢くない恋愛を続けてくれ」
エーメリー公爵が放った言葉にロベルトの頰が引き攣った。
「今、なんと仰ったのですか……?」
「君のような愚かな人間には利益が見込めないと判断したまでだ」
ロベルトから滝のように汗が噴き出す。
「僕の家との商談もありますし、利益が見込めると思うのですが」
「君はもう必要ないんだ。開拓の件も失敗したようだし、な」
ちらりとエーデルの方を見る。エーデルは背筋を伸ばし、頭を下げた。
「私の愚弟が申し訳ございませんでした」
「エーデル、何言って……」
狼狽えるロベルトの横にエーデルが立ち、頭を掴んで下げる。
そして拳を弟の顔面目掛けて振り上げた。ロベルトの美しい顔に拳がめり込む。
「なッ……」
「申し訳ありませんが、お帰りください。公爵様にこれ以上醜いものを見せたくはありませんので」
ポタポタ、と血が地面に落ちる。
エーメリー公爵はあまりの痛みに動かなくなったロベルトを一瞥し、こう言った。
「近々私の娘が君に会いに行くだろう。一枚の紙を持って」
“一枚の紙”それが何を意味しているのか、皆分かりきっていた。婚約破棄書。貴族なら皆が持ちたがらない紙。
エーメリー公爵は続けた。
「それでは帰らせていただこう」
呆然としていたバルツァー公爵は慌てて頭を下げる。イライザも静かに礼をした。
屋敷を出たエーメリー公爵は帰るため魔法陣を描き始めた。そして一瞬その手を止める。彼の脳裏に幼かった頃の娘の笑顔が浮かんだのだ。
失ったものは戻らない。かつて愛した妻のように。
私がどれだけ欠片を積み上げても“父の資格”を取り戻す事は一生ないのだろう。
エーメリー公爵家の当主──ハインツは空を見上げた。
彼の瞳に映ったのはどこまでも暗い灰色の澱んだ空だった。
エーデルの言葉に反応したように周囲に風が舞い、一人の男が姿を現した。
「え、エーメリー公爵……!」
バルツァー公爵が驚きのあまり、声を出す。そんな父とは対照的にロベルトはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「エーメリー公爵、僕は──」
「君のことは聞かせて貰った」
「フレイアのことならなんとかすると仰っていましたよね。今回も公爵様のお力で……」
ロベルトが媚びるような目線をエーメリー公爵に向ける。
エーデルの背に悪寒が走った。こいつは何を言っているんだ、と。相手方の前で堂々と開き直るなんて、通常の感性を持っている者ならばできたことではない。
「ロベルトッ……!」
両親二人の止めにも応じず、ロベルト達の会話は進んでいく。
「君はフレイアのことをどう思っているのだ?」
エーメリー公爵の問いにエーデル達の顔が青くなる。
エーデルたちは余計なことを言うな、という視線を必死で送るがその努力も虚しく、ロベルトは曇りなき眼でこう答えた。
「フレイアは素敵な女性だと思います。但し……彼女の真面目さが僕には重荷だったのです」
「……そうか」
エーメリー公爵は微かに笑った。
ロベルトは至って真剣な様子で彼を見つめる。しかし、彼は気づかなかった。エーメリー公爵の笑みが嘲笑だということに。
「純愛、とは言いません。けれど彼女ととの事は穢いものではない!これだけは忘れないで頂きたいです」
「……」
ロベルトの言葉一つ一つを噛み締めるように聞いていたエーメリー公爵が微笑みを浮かべた。ロベルトが安心したように笑う。
「フレイアの事をとりなしてくれるのですね」
「安心してくれ」
彼の言葉にロベルトは頬を緩めた。
「公爵には分かっていただけると思っていました。勿論、フレイアの事も幸せにします」
「君が私の家と懇意にすることは二度とないだろうからな。君は君で穢くない恋愛を続けてくれ」
エーメリー公爵が放った言葉にロベルトの頰が引き攣った。
「今、なんと仰ったのですか……?」
「君のような愚かな人間には利益が見込めないと判断したまでだ」
ロベルトから滝のように汗が噴き出す。
「僕の家との商談もありますし、利益が見込めると思うのですが」
「君はもう必要ないんだ。開拓の件も失敗したようだし、な」
ちらりとエーデルの方を見る。エーデルは背筋を伸ばし、頭を下げた。
「私の愚弟が申し訳ございませんでした」
「エーデル、何言って……」
狼狽えるロベルトの横にエーデルが立ち、頭を掴んで下げる。
そして拳を弟の顔面目掛けて振り上げた。ロベルトの美しい顔に拳がめり込む。
「なッ……」
「申し訳ありませんが、お帰りください。公爵様にこれ以上醜いものを見せたくはありませんので」
ポタポタ、と血が地面に落ちる。
エーメリー公爵はあまりの痛みに動かなくなったロベルトを一瞥し、こう言った。
「近々私の娘が君に会いに行くだろう。一枚の紙を持って」
“一枚の紙”それが何を意味しているのか、皆分かりきっていた。婚約破棄書。貴族なら皆が持ちたがらない紙。
エーメリー公爵は続けた。
「それでは帰らせていただこう」
呆然としていたバルツァー公爵は慌てて頭を下げる。イライザも静かに礼をした。
屋敷を出たエーメリー公爵は帰るため魔法陣を描き始めた。そして一瞬その手を止める。彼の脳裏に幼かった頃の娘の笑顔が浮かんだのだ。
失ったものは戻らない。かつて愛した妻のように。
私がどれだけ欠片を積み上げても“父の資格”を取り戻す事は一生ないのだろう。
エーメリー公爵家の当主──ハインツは空を見上げた。
彼の瞳に映ったのはどこまでも暗い灰色の澱んだ空だった。
662
あなたにおすすめの小説
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる