【完結】時計台の約束

とっくり

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プロローグ

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 アメリアは片手に小さな鞄を提げ、足早に歩いていた。

 港が見える時計台の前で、早朝に待ち合わせている。
夜中から乗り継いできた馬車を、少し前に降りたばかりだった。目的地までは、ここから歩いて向かう。

 時計台までの道は、ゆるやかな坂道だ。
石畳で整えられた舗道はぬかるみもなく、平民の履く薄底の靴でも難なく歩ける。

(あと少し……急がなくちゃ)

 アメリアはそう思いながら、鞄を持つ手を入れ替えた。

 貴族のご令嬢というわけでもないし、体力には自信がある。
歩くのは得意なほうだ。
白い息を吐きながら、わずかに息を切らせつつ、彼女は待ち人の姿を思い浮かべる。

 ――ルーカスは、もう着いているだろうか。

 予定の時刻は、とうに過ぎていた。
アメリアの足取りには、自然と焦りがにじむ。

 鞄ひとつに詰め込んできたのは、身の回りの品と――彼女の全てだった。

(こんな小さな鞄の中に、私の人生のすべてがある)

 もともと物には執着しない性分だった。
欲しい物も、あまりなかった。
けれど、ただひとつだけ。どうしても欲しいと願ったものがある。

 ――それが、ルーカスだった。

 ルーカスさえいてくれれば、他に何もいらない。
それが、アメリアの偽らざる気持ちだった。

 冬の早朝は、まだ夜のように暗い。
闇の中から吹きつける冷たい風が、まるで薄布のようにアメリアの体にまとわりつく。
その冷えは、骨の奥まで沁みわたった。

 朝日はまだ昇っていない。
今日の天気は――。

 そう思った瞬間、頬にひとしずく冷たいものが落ちた。
空から降ってきたそれは、雨だった。

 いまはまだ、ぱらぱらと落ちてくるだけ。
けれど、このまま本降りにならないようにと祈りながら、アメリアは歩を進める。

 ルーカスは、右手を怪我している。
この寒さは、きっと彼にはこたえるだろう。

 自分のことには無頓着な人だから、手袋なんて持っていないかもしれない。
だったら――自分のを貸してあげればいい。

 そんなことを考えて、アメリアの唇がわずかに緩んだ。

 会いたい。

 一刻も早く、彼に会いたい。

 たとえ、ルーカスが自分を愛していなかったとしても。
彼が選んだのが自分であるのなら、それだけでよかった。

 一緒に生きていけるなら、それが幸福だった。

 たとえ、彼の心の中に別の女性がいたとしても――。

 アメリアが彼を愛している。それだけで、十分だった。

 これが、私の幸せ。

 ――はやく、会いたい。

 坂道がカーブを描き、時計台の姿が視界に入ってくる。

 アメリアは自然と走り出していた。
曲がり角を越えれば、道はまっすぐになり、時計台のふもとが見えてくる。

 その場所に、きっとルーカスはいる。

 あるいは寒さに耐えきれず、座り込んでいるかもしれない。

「遅いよ、アメリア」

 きっと、そう言いながら。
眉を下げて、力なく微笑む彼の姿が、そこに――。
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